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No.12590の一覧
[0] 【完結】Muv-Luv Unlimited -円環の欠片- (冥夜エンドAfter、悠陽ルート)[牛歩](2009/11/07 22:17)
[1] 【ネタ】Muv-Luv Unlimited -円環の欠片- 第02話[牛歩](2009/10/10 16:47)
[2] 【ネタ】Muv-Luv Unlimited -円環の欠片- 第03話[牛歩](2009/10/10 17:43)
[3] 【ネタ】Muv-Luv Unlimited -円環の欠片- 第04話[牛歩](2009/11/07 22:55)
[4] 【ネタ】Muv-Luv Unlimited -円環の欠片- 第05話[牛歩](2009/10/12 01:48)
[5] 【ネタ】Muv-Luv Unlimited -円環の欠片- 第06話[牛歩](2009/10/17 21:52)
[6] 【ネタ】Muv-Luv Unlimited -円環の欠片- 第07話[牛歩](2009/10/12 01:51)
[7] 【ネタ】Muv-Luv Unlimited -円環の欠片- 最終話[牛歩](2009/11/14 21:39)
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[12590] 【ネタ】Muv-Luv Unlimited -円環の欠片- 第03話
Name: 牛歩◆42d60b86 ID:27c2e476 前を表示する / 次を表示する
Date: 2009/10/10 17:43
その男はかつて自分の言葉から投獄された元国連兵のことなどすっかり忘れ、一帝国軍人として職務に励んでいた。
彼に最初の転機が訪れたのは半年前のこと。〇四式基幹算譜の正式採用と前後して閉職に回されてしまったのだ。
栄達の道が閉ざされたことにやりきれぬものを感じるも、それでも彼は新たな職務を忠実にこなした。

二度目の転機が訪れたのは、第二次明星作戦後だった。
軍の再建が始まろうとした矢先に、彼だけが予備役への編入を言い渡されたのだ。
激しい口調で詰問する彼に対し、上官は上からの命令としか答えない。
翌日には僅かな退職金と私物と共に駐屯地を追い出され、彼は途方に暮れてしまう。
BETAの東進によって親類縁者を全て失っていた彼には、行く宛も頼る相手も残されてはいなかった。
職を探そうにも、徴兵年齢を引き下げてまで軍の再建が急がれる時期に、五体満足で予備役へ編入された者を雇おうとするものはいない。
軍で何かやらかしたに違いないという色眼鏡。口の悪い者からは売国奴とまで呼ばれる始末。彼が身を持ち崩すのに、たいして時間はかからなかった。

そうして彼が行き着いた場末の酒場で泥酔し、夢と現の狭間を漂っていたときのことだ。それを見つけた。見つけて、しまった。
その店の片隅に置かれたTVに映っていたのは、悠陽から勲章を授与される武の姿。
優しい笑みを湛えた殿下が、その男の挙げた成果を湛え、今までの尽力への感謝の御言葉をかける姿。
戦術機に新たな命を吹き込んだ〇四式基幹算譜を発案したその見識を褒め、ハイヴを攻め落としたその武を讃える。
殿下が口を閉ざしたあともアナウンサーが続ける美辞麗句の数々を、彼は受け入れられない。信じられない。

―――彼こそは、帝国軍人の白眉。夷を狩る銀の御剣。帝国の武神。

嘘だ、嘘だ。

帝国にその身を捧げ続けた俺が軍を追われ、罵られて避けずまれ、こんな所で安酒を飲むことしか出来ずにいるのに、あの裏切り者が、米国に尻尾を振った屑が、麗しき殿下から勲章を賜っている?

何故?何故だ!?

人々の心無い仕打ちに荒み、酒精に濁った心は疑問に、憤怒に、嫉妬に、やがて怨嗟に塗り潰される。

あいつさえ、あいつさえいなければ!
あぁ、そうか貴様か!貴様が俺を帝国軍から追い出したんだな!?

彼は絶叫し、取り乱す。
そんな彼に優しく声をかけてきた男に、彼は胸のうちを全て吐き出し。
翌日自宅で目覚めた彼は、軍において長年愛用した拳銃が卓袱台の上に置かれているのを見つけることとなる。






武が撃たれる数日前。米国ミクロソフト社が戦術機の画期的な新OSを開発したと発表する。
その名はXM3。それは動作の先行入力とキャンセル、更にはパターン認識と集積による機動の最適化を行うという、〇四式基幹算譜と瓜二つのものだった。
米国国防省も時同じくしてXM3の正式採用を発表する。
更には流出したXM3の実験データを基にしたコピーであるとして、〇四式基幹算譜を独力開発したとする大日本帝国を非難する声明を発表する。

これに対し帝国は激怒するが、国力が疲弊しきっている現状では、強気に出ることが出来ない。
軍の再建に伴い大量配備する予定の不知火弐型の生産には米国製の部品が欠かせぬし、また戦費調達の為の対米債務も嵩んでいる。
そういった弱みに付け込み、米国はあまりにも傲慢な2つの要求を突きつける。
1つ目は〇四式基幹算譜を破棄し、XM3を採用してライセンス料を払えということ。
2つ目は賠償金を請求しない代わりとして、電磁投射砲を譲渡しろということ。それも実物だけでなく、生産ラインを米国に移設しろという。


始まる日米交渉。
それは一方的な米国の通告から始まり、それを何とか撤回させようと帝国交渉団が言葉巧みに交渉する場だった。
だが圧倒的な軍事力という背景を持つ米国が譲歩するはずもなく、場は膠着状態に陥る。
それを打開すべく、交渉団長として参加していた榊是親元首相は、XM3の開発の経緯と経過、今後の扱いについて質問する。
それに対し、米国交渉団の団長ラムズフェルドは予め用意してあったシナリオを返した。
XM3の開発は当初F-22ラプターの開発計画に含まれていたが、開発費の高騰によりOSの新規開発は中止された。
その後F-22の開発計画から切り離し別途開発予算を獲得、2003年からテスト運用を開始し、今回実用化に至ったのがXM3なのだと。
そしてXM3の搭載を持ってF-22は真の戦域支配戦術機として完成するのだと、ラムズフェルドは話を統括した。
事実、F-22開発計画の中からOSの新規開発が外され、既製品の小規模な改修に留まっているのは周知の事実だった。

その後も榊はXM3が〇四式基幹算譜のコピーだという言質をとろうとするが、都合の悪い部分は軍事機密で逃げられてしまうとあって、決定打を得られない。
そんな中、交渉団の随伴員が慌てた様子で榊の元に駆け寄り、耳打ちする。
白銀武大尉、暴漢に撃たれ重態。
その知らせにまず榊が硬直し、更にそれを聞いた帝国交渉団の団員たちは動揺する。

自国の軍人崩れに算譜推進の旗印をもう折らせるとは、仕事が速いですな榊さん?

その言葉に疑惑の視線が榊に集まる。
それを受けてなお榊はラムズフェルドを睨み付けると、何も語らずに退室した。
こうして日米交渉一日目は終わった。


控え室に戻った榊は交渉団員からの疑惑を一喝して晴らし、少し1人にして欲しいと、交渉会場のホテルに用意された自室に引き上げた。
人払いをしたはずの部屋に入ると、そこでは1人の男が待っていた。
榊はそれに驚いた様子も見せずに、室内では帽子を取れとその男、鎧衣左近に注意する。
それは失礼、と言いながら帽子を取った鎧衣は、幾つかまったく関係のない話をした後に、榊に再度窘められてようやく米国の思惑について報告を始めた。
XM3は間違いなく〇四式基幹算譜のコピーであるが、ハードは量子電導脳を元に米国が独自に設計、製造したものである。
ソフトは半年前の〇四式基幹算譜正式採用時の、最適化の完了していないF-15J陽炎Ver.をF-22向けに改修したものであるが、CPUにはG元素を、常温超伝導体であるG9を使っているので、処理速度が圧倒的に速いのだと。
ハードウェアの差から総合性能では負けており、それを持ってコピーゆえの劣化と言われる可能性も高い。
ただし、XM3を使用した米国の戦術機パイロットたちはCPUの高速化に伴う反応速度の向上に満足してしまっており、コンボどころか先行入力とキャンセルすらまともに使いこなせていない。
それでも従来より飛躍的に性能が向上したのは確かであり、米国では衛士も研究者も全員が満足してるという。
また、三次元機動などまったく理解しておらず、近接戦闘を好む連中のクレイジーな操縦方法としか思っていないというのだ。
物が手に入っており、その性能に満足している現状では新OSは完全に言いがかりであり、日本を交渉の席に座らせるためのブラフだ、と。
もっとも、今までは各国が戦術機を独自開発しようと、基本特許、基本技術を抑えている米国には多大なパテント収入があった。
その一角である戦術機のOSが、〇四式基幹算譜によって崩されようとしていることが彼らにとって面白くなかったのも確かでしょうな、とも鎧衣は付け加えた。

中長距離からの銃砲撃戦を主眼においている米国としては電磁投射砲は喉から手が出るほど欲しく、今回の二つの大きな目的の一つはこれなのだと鎧衣は告げる。
電磁投射砲の開発に米国は行き詰っている。
一部の部品の製造に特殊な技術と設備が必要なうえ、職人芸に頼る部分が多々あった為に米国は自力開発(模造)と独自規格化(類似特許の取得)を諦め、帝国から正々堂々、奪い取りにかかったのだと。
これには世界の富と技術を米国に集中させ、BETA大戦における後方供給地(世界の工場)たらんとする米国の世界戦略が根幹にあるのだという。
もう一つの目的は?という榊からの問いかけに、鎧衣はすぐには答えない。そしてしばし睨み合った後、鎧衣は口を開いた。

白銀武の抹殺。

今後彼を旗印に、反G弾の風潮が強まることへの危惧。
ハイヴ攻略後のBETA駆除に失敗したとはいえ、通常兵器のみでハイヴを攻略した事実は消えない。
G弾関連の企業と親密な関係にある米国現政権にとって、時間がかかっても一つずつ、通常兵器で落としていこうという戦略は、到底受け入れられないのだ。
しかも反G弾の旗印となる英雄殿が他国の人間であり、イエローモンキーだというのが面白くない。
更にそのJAPが画期的な新OSを提唱し、開発したという事実が気に食わないという、感情的な理由も見え隠れしているという。
他国の英雄など邪魔なだけだ。汚名を被せ、歴史の闇の葬ってしまえ、という訳だ。
しかもこれには日本国内においても彼を煙たく思っている帝国軍の上層部、大本営も一枚咬んでいると言う。

日本人の特徴とでも言うべきか、慣習による人事の硬直は、国家存亡の時にあっても帝国軍を内から蝕んでいた。
人事の慣習化は組織から大胆さを失わせ、将校達は作戦が失敗しても馴れ合いでその責任と問題を揉み消し、次の作戦に生かさない。
そういった兆候が帝国軍内部には見られ始めていた。
更にそういった者達や、そうなろうとしている者達は、自分達が一歩々々積み重ねてきた、積み重ねるだろう階梯を踏まずに一気に躍り出る才傑を煙たがり、潰しにかかる。
その対象は若き英雄、白銀武であり、また若くして政威大将軍という大日本帝国の頂点に立っている煌武院悠陽だった。
結果、武はその命を狙われることとなり、5年前に齢16にして政威大将軍となった悠陽は実権を奪われたのだ。

志半ばで死してこそ汝、真の英雄たらん。さすれば煌武院の小娘と共に、祭り上げてやろう。

それが帝国軍大本営の思惑だった。

その報告を聞いて、榊は新たな方針を決めた。



翌日、交渉開始前の会談の場にて、白々しくも武の容態を心配するかのように聞いてきたラムズフェルドに榊は愚痴を溢す。
あんな男、死ねば良いのに、と。
虚を突かれて反応できないラムズフェルドに対し、榊は続ける。
曰く、白銀武が元々は香月夕呼の色小姓であり、彼女を誑しこんで横浜基地の、榊の娘のいた訓練小隊に潜り込んだ。
そこで訓練小隊の5人をも誑しこんで好き放題やっていたのだと。
それを知った彼は、娘がそんな男に引っかかったことに臍を噛んだ。
帝国軍にその白銀や娘が転属になり、嬉々として引き離したが結局娘に泣きつかれ、仕方なく転属命令を出したらBETA襲来で有耶無耶になって、いつの間にか第一防衛ライン唯1人の生還者になってしまった。
そのせいで富士教導隊に白銀は目をつけられて祭り上げられてしまい、同じ部隊になれなかった娘に嫌われてしまう。
しかもあろうことか、白銀は自分が御輿になったのをいいことに、斯衛軍への出向を買って出ると、そこで麗しき将軍殿下にまで手をつけるという暴挙に出た。
恋愛沙汰に免疫のない殿下が簡単に篭絡されて白銀を伴侶に、と言い出すにいたり、彼をそれに相応しい英雄に祭り上げなくてはならなくなった。
お陰で彼は佐渡島では後詰にいたにも拘らずハイヴ攻略の英雄に祭り上げられた。
その後の本土防衛戦では危機に陥った白銀のいる部隊を助ける為、お忍びで付いて行った殿下が出撃してしまう始末。
あんな男、死ねば良いのに、ともう一度言って、榊は更に愚痴を続けた。

千鶴が絶交状態であった父、是親のいる首相官邸へ帝国軍復帰後に肩を怒らせて3年ぶりの帰宅をしたのは事実であったし、彼女が武に好意を持っていたのもまた事実だった。
ただし、帰宅は自分の、自分たちの帝都守備隊への配属について抗議する為だったし、武への想いも一方通行のままだ。
しかしその娘の想いも、更には主君である悠陽の想いまでも利用して武を貶す事で、榊は彼の保身を図った。
肩を落としなおも愚痴を続ける榊に対し、ラムズフェルドは最初は形式的に慰めていたが、同じ娘をもつ親として共感するところが大きかったのだろう、その態度は徐々に軟化、親身なものになっていった。

その後の交渉では榊が電磁投射砲の技術供与を匂わせつつ、甲20号目標、鉄源ハイヴの脅威と帝国軍の現状、帝国の財政状況から死ぬ死ぬ詐欺の如き恥知らずな脅迫まで行ってみせ、更に裏では親馬鹿な発言をして白銀武という男の重要性をラムズフェルドの、ひいては米国中枢の中で急降下させた。
その結果、日米交渉は以下の様に纏まった。

XM3と〇四式基幹算譜はよく似たコンセプトの元に開発されている為に特性が似たものに仕上がっているが全く別のものであり、米国国防省の行った抗議は悲しい行き違いの結果であるので撤回する。
大日本帝国は電磁投射砲の輸出は米国に対し優先的に行い、またその技術を米国に供与し、更に改良発展させるために共同研究を行う。
共同研究の成果は両国で共有するものとする。


この結果、帝国は軍再建の当てにしていた〇四式基幹算譜と電磁投射砲による収入が大幅に減ることに肩を落とす。
〇四式基幹算譜は最大の顧客になるはずだった米国には売れなくなったし、その他の国々も同条件では米国製と日本製ではどちらを採るかは明白だ。
総合的な性能で負けている以上、安くする位しか日本に打てる手はなく、それでもどれだけ売れるか怪しい。
電磁投射砲もライセンス生産ではなく、技術供与になってしまった為に米国からはパテント収入が得られぬし、これまた米国製と競合することになって他国には高く売れない。
米国製の電磁投射砲の製造開始には早くとも1年はかかるし、国内配備を優先するだろうから輸出の開始ともなると2年か3年はかかるはずだ。
それまでにどれだけ売れるかが勝負だと、帝国の、特に通産省と大蔵省の官僚達は気を引き締めた。






一方、日本国内では白銀武大尉倒れる、の報は瞬く間に全国に広まっていた。
何せ彼は、慰霊式の式典会場である日本武道館に着いたところを襲われたのだから。
当然そこにはマスコミが山のようにおり、政府が緘口令を引くよりも号外が配られるほうが早かった。
一度出てしまった情報は隠しようがなく、事件の全容は調査の進展と共に世間にも明かされていった。
撃ったのは帝国軍予備役の男で、その動機は極論すれば逆恨みだった。
そして更に捜査が進むに連れ、帝国軍の恥部が明らかにされる。いや、されてしまう。
ある報道機関によって帝国軍が白銀武を含む、国連軍からの出戻り組に行った所業が明らかにされたのだ。
兵員の不足に悩む中でなお、後方部隊であるはずの整備兵や衛生兵、育成にコストのかかるCP将校と衛士を見殺しにした帝国軍を、人々は声高に非難し始めた。
その後は他の報道機関も続き、不正を暴き立てる。
国連軍の出戻り組を死に追いやった防衛戦のあと、唯一の生き残りとなった武が不当に逮捕されたことも公表された。
もちろん、その原因の一端を今回の襲撃事件の犯人が担い、更には捜査もせず逮捕し、罪をでっち上げた基地指令がいたことも。
その基地指令が白銀武の栄達を知り、誤認逮捕の責任を襲撃犯の男に擦り付けようと左遷し、更には予備役へ編入したことも。

人々の間に、帝国への不信感が募る。
更にそれを後押しするように、先の横浜防衛戦の情報がリークされる。

帝国軍の支援も碌に受けられず、それでも帝都に近い横浜にハイヴを再建させてなるものかと国連軍は奮闘するも、数の暴力には抗うこと敵わず、基地内部に侵入を許したこと。
彼らはなおも必死の抵抗を続けたが全滅は必至であり、それ故に国連軍横浜基地パウル・ラダビノッド少将はG弾の使用を決意したのであろうことが。
第二次明星作戦の発令後も彼らは残された僅かな兵力を駆使し、直接戦闘能力を持たない後方要員の少なくない数を脱出させた。
そして、ラダビノッドとその配下の将兵達は英霊となった。
その彼が、最後の通信で残した言葉が、その後の帝国の方針にも影響を与える。

『地球を、頼む。』

その最後の通信記録を聞いて、帝国民は理解する。
彼らは決して、米国の狗などではなかったのだと。
国の枠を超え、世界を、地球を守ろうとしていたのだと。
それに対し、帝国軍のなんと浅ましいことか、と人々が思い始めるのにさして時間はかからなかった。



武の運び込まれた城内庁病院へ駆けつけた悠陽は、治療を終えた武を見舞った。
彼は腹部に2発、腕に1発の銃弾を受けたがいずれも貫通するか掠めただけであり、運良く重要な臓器や血管に損傷はなかった。
その無事を泣いて喜ぶ悠陽を武は茶化すが、それを悠陽は涙を流したまま怒る。本当に、心配したのだと。
その地位ゆえに式典を中座することも出来ず、武の身を案じ続けたが為に慰霊の祈りも心籠らぬ、形だけのものになってしまったと武を責める。
こんな様では政威大将軍失格です、と悠陽は肩を落として自嘲する。
その言葉にそんなに心配しかけたか?という武の問いに、悠陽は肯いて答え、言葉を続ける。
横浜防衛線を控えての慌しさの中、碌な挨拶もせずに別れてから3ヶ月が経った。
顔を合わせることも出来ず、また文の一筆も頂けず寂しかったのだと。
武様に新任教官の教導をお願いしてお忙しくしたのは私ですのにね、と儚く笑う悠陽の顔を見て、武は一つの決意をする。
そんなに俺に会いたかったのか、という武の問いに悠陽はすぐに肯定の言葉を返す。
悠陽は俺のこと、愛してくれているのか、と続けての問いかけに、悠陽は愛しております、と返した。
うん、そうか。それじゃあ、結婚しよう。
その言葉に悠陽は目を見開き、硬直する。
結婚しよう、ともう一度武が言うと悠陽は一度は止まった涙を再度流し、武の胸に顔を埋めた。
武の胸で泣く悠陽から色好い返事を貰った武は、これでもう寂しい思いはさせないからな、とその髪を撫でる。
その言葉に悠陽は更に武の上着を濡らした。

一通り泣いてすっきりした悠陽はそのまま武に身を任せ、髪を撫でる武の指の感触を楽しんでいた。
しかしそれも長くは続かず、ノックの音に破られる。
廊下から時間を告げる真耶の声に悠陽は顔を上げると、また来ますねと武に告げて病室を後にした。
病室を後にした悠陽は、今回の事件の裏には米国と共に帝国軍大本営も絡んでいることを真耶から聞くと、これを奇貨として帝国軍の抜本的改革を断行し、軍の実権を取り戻すことを決意する。
その為の第一歩として、武は意識不明の重態であると発表するよう、真耶に指示を出した。


それから1ヶ月。その間に悠陽は帰国した鎧衣左近を通じて情報省を使い、情報を小出しにして世論操作を行う。
そして機が熟すまでの間、毎日のように武を見舞い、逢瀬を重ねた。
もっともこれには榊のラムズフェルドへの愚痴の裏付けを米国情報部に取らせるという意図と共に、悠陽と鎧衣の情報交換の場として丁度よかったことや、調査した帝国軍内部の実情を纏めた資料の置き場にも武の病室は適当だった、という事情があった。
こうして再生医療のお陰もあって翌週には完治していた武は、諸々の事情により1ヶ月間入院することになる。

意識不明の重態ということになっている武は手紙を出すことも出来ず、新規カリキュラム作成という職務が滞ることを憂慮するが、通い妻と化した悠陽から状況を聞いて安堵する。
武と共に〇四式基幹算譜を作った教導隊の面々や技術者まで巻き込み、三次元機動をより分かり易く理論立てて再構築しているのだという。
悠陽が持ってきたマニュアルの下書きは武の直感的で感覚的な説明が多かった今までのそれとは違い、理詰めで構築されたマニュアルとなっており、武にとっても分かり易かった。
俺がいない方が良い物が出来そうだと凹む武だったが、人には得手不得手がありますゆえ、と悠陽に窘められて苦笑する。
そして武がいたからこそ〇四式基幹算譜ができ、三次元機動という概念が生まれた。
それを彼らに教えたのは武であり、その教え子たる彼らの出した成果がこのマニュアルだ。
後は彼らが何を成し遂げるか、それを見守りましょうと諭されるにいたって、武は安心して入院生活という名の久しぶりの休暇を楽しむことにした。
彼の入院の真相を知らず、マニュアル作りに一念発起していた面々には可哀想な話ではあったが。


そうして武の襲撃から一ヶ月が経った2005年4月。
世論操作の結果も十分に出ていた。
国連は米国の狗だという認識はだいぶ緩和できたし、横浜防衛線におけるラダビノットの言葉のお陰で寧ろ好感を持つ人々が増えた。
これには鉄源ハイヴさえ攻略できればBETA大戦の主戦場は海外に移るので、それまでに国際機関である国連との痼りを取り除いておきたいという意図があった。
その頃には順調に行けば帝国軍は再建が済んでいるだろうし、国連の旗を帝国もまた利用するだろうという皮算用があったのだ。
最も主目的は別にあり、現在帝国軍において実権を握る大本営に対し、国民の不信を集めることにあった。
元国連軍軍人に対する仕打ちや武の誤認逮捕、更には横浜防衛線では当初兵を動かさず、悠陽の勅命があって初めて町田にわずかな数を派遣したという事実は、国民に大本営への不信感を抱かせるのに十分だった。
だが老獪な大本営の面々に対し決定的な証拠を押させることが出来ず、それ故に悠陽は行動に移れない。

しかし転機は突然訪れる。
慰問先の帝国軍の軍病院において、帝都守備隊の沙霧尚哉大尉から受け取った軍内部の不正を告発する血判状には、横浜基地縮小にあたり返還される人員の扱いを巡る大本営の議事録や、彼らの署名の入った実際の命令書といった、闇に葬られたと思われていた書類の隠し場所が記されていたのだ。
それらを手に入れた悠陽は行動に移る。
武は悠陽の勅令を手に一ヶ月ぶりに病院から出ると、その足で拘束されていた沙霧を開放し、血判状に名を連ねていた戦略研究会の面々を招集する。
そして彼らを率いて陸軍省と海軍省を制圧、大本営の面々のほか、それに加担していた者達を拘束しにかかる。
帝都で戦術機まで持ち出しての大捕物に、今回の一件に関与していない帝国軍帝都守備隊や近衛軍の部隊が反応し、不穏な空気が帝都を覆う。
しかし紫の武御雷を駆る武が勅令による行動であると喧伝すると、彼らは矛を収め、静観に徹した。
勅命の証として、武は武御雷を持ち出したのだ。その効果は絶大だった。
なにせ帝国軍と近衛軍は、大本営から出されたクーデター発生の一報と賊軍討伐の命令を完全に無視したのだから。
かくして帝国軍を牛耳っていた大本営は解体され、その構成員たちは軍事法廷に送られた。
そして軍の中枢にいた者達の半数近くが予備役編入か左遷されるに至り、帝国軍は刷新され、組織の大規模な再編が断行されたのだ。


榊元首相の辞任で戻った政務の実権に加え、軍務の実権もまた政威大将軍の元に戻った。
国民から帝国への不信も大本営という分かりやすい黒幕が政威大将軍の勅令で排除されたことにより、払拭された。
そして実権を完全に取り戻し、帝国を掌握した悠陽は佐渡島ハイヴ攻略以降、実情にそぐわなくなっていた防衛ラインを再編、京都に鎮守府を設置して九州及び中国地方で鉄源ハイヴから襲来するであろうBETAを迎撃することを発表する。
それに伴い、京都以東の退避勧告の解除と復興の開始もまた宣言される。
更にはハイヴ攻略の英雄と政威大将軍の婚約を発表するに到り、帝国はそれまでの憂さを晴らすように祝賀ムードに包まれた。



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