11月25日「全く、何だってこんな事になったんだ。」アキトは不知火の改装計画を立てていた。本来、契約ではここまで協力する事にはなっていない。にもかかわらず、気がつくと協力することになっていたのだ。「コンピューター、解析はすんだか。」肯定の答えが返ってくる。「制御システムが古すぎるか、ソフトを書き換えは可能か?」ハード面の処理速度の問題が生じ、効果が薄いとの答えが返る。シミュレーションを繰り返す。戦術面からデータリンクシステムのバージョンアップ、ブースター部の改良、姿勢制御システムの改良。どう煮詰めても結局はコンピューターの処理速度、工作精度、稼働時間の問題にぶつかる。工作精度はいずれどうにかなるかもしれない。稼働時間はどうにもならない。もともと、アキト達の持つ技術は重力波によるエネルギー供給が前提となっているため稼働時間に対する認識が低い。単独行動も視野に入っている機体もあるが、この世界の技術では作れない。作れそうな部品で転用可能なのは、空戦フレームのジェットエンジンくらいだが出力は高いが燃費が悪い。「どうにもならないか。」ため息をつき、アキトは自室を出て夕呼の部屋に向かった。武はアキトの五感が狂っていくのを見ていた。火星の後継者に拉致され、実験の対象にされる。それがナノマシンを使って脳を弄繰り回される。「ほう、まだ生きているのか。」アキトをさらった男が言う。武は北辰というこの男に嫌悪感を覚える。「ええ、よくもってくれます。お陰で研究も最終段階に入れそうです。」うれしそうに白衣を着た男が答える。武がアキトの記憶の中で見ただけでも、両手の指に余る人間を廃人にした男だ。なのに、どこのも罪悪感は感じられない。武は、正義感はここまで人を歪めるのかと、恐怖すら覚える。「数日中にはこの施設を引き払って、ユニットのある施設に移ります。」ユリカが連れ出される。「・・・・」アキトが叫ぶ。だが、声は殆ど出ない。実験により狂った神経が体の自由を奪っているためだった。(そうだ、前に夢に見た光景だ。)前に見たときと視点が違うことに武は気付いた。「あら、今日は一人?」部屋に入ってきたアキトを見て夕呼が声をかける。「ああ、珍しく寝坊しているようだ。問題はないだろう?」努めて冷静に答える。「まあね、問題はないわ。今日はピアティフ中尉について技術部に言って頂戴。」夕呼は当たり前のように言う。アキトは渋い顔をするが拒否することは出来なかった。爆発音と銃声が響く。武は何が起きたのかと思う。しかし、アキトは反応しない。「隊長、生存者を見つけました。」どうやらこの研究所は制圧されたらしいと、武は思う。しばらくして姿を現した隊長、ゴート・ホーリー を見てアキトがはじめて反応した。「ユリカはどうした?」その問いにゴートが答えることは無かった。救出作戦は続く。生存者が発見されるが、その殆どが植物状態である。「よし、撤収する。A級ジャンパーは意識のあるテンカワアキトを優先、後は可能な限りでいい。後は制圧部隊が到着後だ。」アキト達はそのままネルガルの月面ドックに移送され治療を受けた。アキトはピアティフ中尉について地下にいた。ユーチャリスの入ったドックと同じ階にあるドックだ。敵の地下施設を接収した物だというがその広さは不自然なものだ。「それにしても広い施設だな。」決して小さくないユーチャリスが直接入れる地下施設。元の世界でも戦艦が入れるドックは多くない。「はい、実機演習も可能です。ご協力いただけたら速やかな実験が可能です。」言われたアキトは苦笑する。「問題が生じているという事だが、何があったんだ?」アキトの問いかけにピアティフは答える。「はい、シミュレート段階では問題はなかったのですが・・・」ピアティフの説明が始まる。モーターの出力がテスト時ほど上がらない事、機体の反応が低下していること、姿勢制御の不安定さが、問題になっているとの事だった。その説明に、アキトはユーチャリスのメインコンピュータによる予測を、思い出す。「とりあえず、こちらの端末になるバッタをテスト機に接続して実験を行いたい。」言いながら、バッタをテスト機に張り付かせる。その結果は予測を裏付けた。「やあ、テンカワ君、調子はどうだい?」明るくアカツキ・ナガレが入ってくる。加療中のアキトが調子が良い訳もなく黙っている。「五感の殆どが利かないんだって、機を落とさないようにね。なあに、IFSがあるからね。味覚と嗅覚以外は機械サポートで何とかなるさ。」アキトが黙っていようがお構いなしに話を続ける。「それと、艦長なんだけど、あの研究所からは見つからなかったよ。」そこで、はじめてアキトが反応する。「どういうことだ。」アカツキに顔を向ける。「おや、やっとこっちに向いてくれたね。まあ、あそこのコンピューターはデータが消されていて苦労したよ。艦長はどうやらあの研究所から別の研究所に移されたらしいね。ヒサゴプランの研究所のどっからしいよ。」アカツキが一気にまくし立てる。さらにアカツキの話は続くがアキトは聞いていなかった。「原因は解りましたか?」実験後、ピアティフが聞きにくる。「ああ、モーターの効率が上がった分、機械制御が追いついていないんだ。そのため、コンピューターによる負担率が上がったがソフトが追いついていない。ソフトを変えても今度は操縦系との不具合が出るな。機械制御部分を改良するしか手がないな、それでも現行の操縦系では不具合が生じる可能性があるな。」アキトは事前のコンピューターの予測をそのまま話す。操縦系の改良は、IFS制御技術の実験艦であるユーチャリスには難しかった。「さてと、ここからが本題だが、テンカワ君、君、このまま引き下がる気じゃあ無いだろうね。もし、その気なら協力してもいい。」アカツキが問いかける。「何が条件だ。」アキトは不機嫌に返す。「話が早いね。今回の事はクリムゾングループが裏にいてね。このままにしておくと、ネルガルはこのままずっと表舞台に立てないどころか、間違いなく潰される。それだけで済めばいいんだけど、そうも行きそうに無い。先手を打とうにも潜伏しちゃって表立っては動けない。そこでだ、テンカワ君、君が彼らを燻り出してくれると僕たちも都合がいいんだよ。ついでに、新造艦とエステバリスの次世代機の実験をしてもらう君にとっても悪い話ではないはずだよ。」アキトは考える。悪い話どころではない。無償協力といってもいい位の内容、それだけに素直に信じることが出来ない。だが、アキトに選択肢は無かった。「快諾してくれてうれしいよ。細かいことはエリナ君に聞いてくれ。」そう言ってアカツキは部屋から出て行った。入れ替わりにエリナが入ってくる。五感をサポートするための服も用意されていた。エリナの案内によりダック内を移動する。移動中、エリナはアキトの事を見ないようにしていた。そして、大型の艦艇ドックに到着する。「実験艦ユーチャリスよ。」エリナは中を案内する。格納庫内にはエステバリスとバッタが並んでいた。「あなたのエステバリスよ。改装済みだから現行機との差はないわ。それと、次世代機のテスト機よ。現行機と違うのは単機によるボソンジャンプを可能にした点ね。可能な限り、この機体を使って頂戴。問題が出たら最優先で修理、改装を行わせるわ。」ブリッジへと移動する。「狭いな。」アキトが思わず声に出す。そこは戦艦のブリッジにしては狭い空間だった。5,6人が入れればいいほうだろう。「ええ、ワンマン操鑑の実験艦なの。今回の目的にぴったりのはずよ。」ブリッジ中央にアームで支えられた椅子が下りてくる。そこには一人の少女が座っていた。「紹介するわ。彼女はラピス・ラズリ。この艦とバッタの制御を行うわ。」ラピスは純夏と話していた。話す、と言うと御幣があるかもしれない。夢の中に彼女が出てくるようになったのだ。そして、いつも一方的に話してくる。内容はいつも「武ちゃん」の思い出話。最後は武ちゃんに会いたいで終わる。夢と言うにはあまりにも鮮明。だから、メインコンピューターに自身を監視させた。彼女はどうやらこの基地の地下にある反応炉と呼ばれる物の情報端末として使われていることが判った。