2008年2月1日……イラク/甲09号・フェイズ5ハイヴ攻略戦 G弾の投下を受けた分、他の同規模のハイヴより幾分弱体化気味だとはいえ、BETAの存在数が元々多いこともあり、個体数が少ないとは微塵も感じられない。現に戦術機のセンサーは、殆ど常時、感知限界に近いかそれ以上のBETA反応を捉え続けていた。そんな中を、門ゲートより突入を果たした、フェンリルとヴァルキリーズの2部隊は、正に疾風迅雷を体現するが如く、途轍もない短時間で主広間メインホールに到達してみせた。 一昔前の現実を肌で知っているヒュレイカはこの現実に、「10年前とは雲泥の差だね」と、静かに呟きを漏らしていた程だ。確かに10年前程は、数百単位の戦術機が突入しても、半分も行ければ行幸な程であった。それは、ほんの数年前でも変わらないことだったが。 僅か14機で、主広間メインホールまで到達できる事が可能になった要因は様々に存在する。 第4世代戦術機の性能は勿論の事だろう。過去、未だ未熟だった七瀬中尉達が、シミュレーターとはいえ厚木ハイヴ最下層まで到達できた位なのだから、熟練衛士が駆る第4世代戦術機の性能はそれこそ突き抜けている。これを作り上げた焔は、各方面から絶賛されたものだ。もっとも、焔自身にしてみれば、この評価は過分に過ぎると思っているらしい。 焔自身が語ったことだが――結局、新しい技術というのは、積み重ねの繰り返しの上に成り立つものであり、過去のノウハウがあってこそ、第4世代戦術機は完成したのだと。 焔が蓄えている技術も、過去があったからこそ持ち得るものであり、彼女はその辺を驕って考えたりはしていない。だからこそ過去の全てを大切にしてそれを取り入れ、現代式に活用していくことで基盤を築いてきた。 第4世代戦術機も、武の世界の技術やBETAの技術をふんだんに活用しているが、基にあるのはこの世界で培われてきた技術の集大成であり、結局は人類全ての成果だと焔は思っている。もっとも、自分が凄い事は否定しないそうだが……。 だが、それ以上に大きいのは、XM3――新型OSと、それに付随する新戦法だ。これは最早、語るまでもないことだろう。 これの存在が、戦術機の性能や戦術を劇的に変化させ、結果その戦闘能力は飛躍的に高まった。 例として、武達や他の熟練衛士達が、XM3完全対応型の最新式の撃震(既に第1、第2世代の生産は終了しているので、存在する中での最新式)で、シミュレーターでのフェイズ3クラスのハイヴ攻略を可能としている。 これらの他にも、様々な要因が、現在の人類の強さの根幹なのだ。 そして更に、近年衛士の力を高めている大きな要因が、もう1つ存在する。それは、シミュレーターの進化だ。 第4世代戦術機用シミュレーターを作った際に、焔が新しいシステムとプログラムを組んだのだ。このプログラムは、焔が武の居た世界のゲームを参考に仕上げたもので、実用性溢れる作りとなっている。 まず難易度設定が、初級(訓練兵用)、下級、中級、上級、熟練上級として分けられ、その中でも更に5段階の等級に分けられている。 そして、戦場パターンや状況パターンも大幅に増え、内容にバリエーションが齎された。 更に、『Unintentional emergency』アンインテンショナル エマージェンシー(無作為な緊急事態)と言うプログラムも作られている。 このプログラムをONにすると、難易度と等級及び、プログラム自体に設定する発生率に応じて、ステージ上に無作為に緊急事態を生成する。これは、緊急時の対処行動の訓練及び、訓練に緊張感を養う事を狙って作られたものだ。 他にも、ハイヴの構造をランダムで組み替えるプログラムなどがある。現在のハイヴの構造情報が100%完璧には解析不可能なので、道が違っていた場合の訓練や判断力底上げに役立つ。 対戦や操縦トレース用に、武達第28遊撃部隊全員の操縦記録や、仮想対戦プログラムなんかも入っていたりする。 これだけでもかなりのものだが、焔が作った中には、更に凶悪なプログラムがある。 それは『BETA戦術プログラム』である。 その名の通り、BETAに戦術行動を取らせるプログラムだ。 これは、焔が危惧している、何れ来るであろう『BETAの進化』に対応できるようにと作ったものだ。 BETAが進化した後で、対処を取り始めても、その時には被害が膨大になってしまうだあろう。ならば、最初から対策を立てておけばよいということで作り上げた。 このプログラムが作られたことで、衛士達はBETAが戦術を使ってきた時の恐ろしさを実感し、より一層の訓練を行う様になって、焔の狙い通り、将来への布石と、衛士の実力底上げが成されたのだ。 後は勿論の事、従来のシミュレーターにも対応しているし、従来のシミュレーターに存在したプログラムも使用することが可能だ。(第4世代戦術機の出現に当たって、初期は第4世代戦術機専用シミュレーターが作られていたが、それでは効率が悪いというので、従来型のシミュレーターを改造して使える様にもした) これらシミュレーターの進化によって、衛士達の実力は着々と底上げされており、現在に至っているのだ。 (因みに、難易度の熟練上級は、『無茶苦茶レベル』とも呼ばれ、『Unintentional emergency』や『BETA戦術プログラム』を設定すると、強制的に高レベル設定となる。武達でも、その両方をONにするとレベル4をプレイして70%の確率で全滅する程の難しさだ) ◇◇◇主広間メインホール 「それでは任せたぞ」 「しっかりやんなさいよ白銀」 「解ってますって。速瀬大尉達も、護衛の方頼みますよ」 「了解了解。地味な仕事はあんたに任せて、私は派手に暴れてるわ。その間に、ちゃっちゃと済ませてきなさい」 伊隅、速瀬と会話しつつ、両者からS-11を受け取る。その横では武と同様に、月詠と響の搭乗する機体が、他の者よりS-11を2発ずつ受け取っていた。 「では行って来ます」 「なるべく急いでくれ、余裕はあるが、帰還の事も考えれば、万が一の事態が起こることも想定に入れておきたい」 「いや、伊隅少佐……流石にシミュレーションでのようなことは、滅多に起こらないかと。……まあでも、急げって事は同感ですので、なるべく早く仕掛けてきますよ」 伊隅の言葉に、シミュレーターでの訓練が蘇る。 熟練上級での、『Unintentional emergency』アンインテンショナル エマージェンシーは、設定にも寄るが、物凄い過酷な状況を頻繁に作り出す。 2万、4万規模の援軍は当たり前で、挟み込まれたり、地下から襲撃されたりと、気を抜く暇が無い。斬り合いの時に長刀が突然折れたり、掃討している時に突撃機関砲が故障したりと、此方側の不具合も演出する。更には、稼動中に突然、主腕や主脚が故障したり、跳躍中に噴射装置が爆発したりと、戦闘中現実に起こったら真っ青もののトラブルなども様々に起こるのだ。 こんな状況で衛士達は気が抜けるはずも無く、訓練に身は入るわ、油断は無くなるわ、即応性は向上するわ、トラブルに強くなるわ、etc.etc. 兎に角、衛士達は逞しく成長しているのだ。 まあ、現実ではこんな事態は滅多に起こらないであろうが……戦場に『絶対』という言葉は無い。万が一の時の為にも、未来での選択肢を増やす為も、武は伊隅の言葉に同意したのだった。 2つの手に確りとS-11を握らせ、反応炉へ向かって機体を駆る。自らの役目は、味方が押し寄せるBETAを押さえている間に、S-11を反応炉へ設置すること。同様の役目を負った、月詠と響も数瞬遅れ、武の後を追う形で反応炉へと機体を進め始めた。 入り口から中央の反応炉までは、そう距離は無い。途中、元々内部に存在したBETAに襲われることもあったが、腰部突撃機関砲での攻撃と回避運動、更には柏木・壬姫・風間による、正確無比な援護射撃によって、問題無く反応炉に到達した。 戦術機に搭乗していても、見上げる程に大きな反応炉の存在は相変わらずの威容で、やはり何処と無く神経を擽る感じを齎す。不快感か威圧感か……それがどういう感情から来るものかは煩雑として判断は出来ないが、兎に角神経に触れるものが感じられるのだ。 「やっぱり如何見ても、蜜に群がるカブトムシとかクワガタだよなぁアレ」 「その意見には否定せぬがな……」 前回――厚木ハイヴの反応炉でも思ったことだが、改めてそう思ってしまった。反応炉の威容と、感じる不快感で肌を粟立てつつも、思ってしまった事は抑えること叶わず、今回は以前に比べれば大分余裕があったこともあり、口に出して言ってみる。 意見を求めた訳ではなかったのだが、月詠も少なからずそう思ってはいたのか、武と同様、装備する武器で反応炉に取り付くBETAを駆逐する傍ら、呆れながらも答えを返してきた。月詠からみても、BETAが反応炉に取り付く様は、そのように見えて仕方が無いのであろう。 「武少佐は兎も角、月詠中佐まで……。まあ、見えると言うか、それ以外に見えないと言うべきか。私もその意見には同感です」 3者は同じ様な意見を持ちつつ、その感想を抱いた元凶である目の前のBETA群を、全て掃討し尽くした。途中幾らか、周囲からの攻撃があったが、それは仲間からの援護射撃で沈黙している。 「掃討完了だ、S-11のセットに入るぞ。今回は周囲への影響を考えなくて良いので、確実な数をセットする」 「現在手元にある9発全てですね、了解しました」 攻略後の調査は行うが、完全なサンプルは甲17号に多く存在しているので、戦闘時に起こる破壊での影響は今回考えなくても良い事になっている。反応炉へのS-11設置も、前回は威力の程を考慮して設置されたが、今回は確実に吹っ飛ばす様に、多めに設置するのだ。 6機から受け取った6発と、乗機である3機が持つ3発。合計9発全てのS-11を全て、反応炉の円周に添う様に設置していく。周囲では、他のメンバーが、流入してくるBETAを確実に押し留め、武達は一切の妨害も受けず、迅速に設置を完了させていった。 「よし、これで最後の1つ」 武は、仲間から受け取った2発を仕掛け終わり、自機から取り出したS-11のセットも終了させた。 「此方も終了した」 「私も完了させました」 見れば、武から見て左右で作業を進めていた2人も、丁度同じ様に作業を終えていた。 「簡単でしたね、もう少し梃子摺るかと思ったんですが?」 「シミュレーターの方が難しすぎるんだよ、実際はこんなもんだって」 「今は……だがな。将来的にあれと同様になる可能性は否定できない、それだからこそ、焔はあのシミュレーションを作ったのだ。楽観視しすぎて気を抜けば、将来のその時において確実な死がまっているぞ」 現在のシミュレーションの難しさは、将来的なBETAの進化を見越して、焔が設定したもの。そのお陰で現在のBETAは手応えが薄く感じるのだ。今回も、普段から過酷なシミュレーションを繰り返している響からしてみれば、簡単という訳では無かったが、実に呆気なく感じられてしまったのだ。 「了解。以後も将来に備え、日々精進を続けます」 「ふふ、その意気を忘れるな。武、タイマーの方は?」 「問題ないぜ。スイッチを入れた後、きっかり5分で爆発する」 「よし。伊隅少佐、設置終了した、これより合流する」 「了解しました、此方も集結を開始します」 月詠の通信を受けた伊隅は、武達が合流後、一気に脱出を図る準備として、主広間メインホール入り口に散って敵の流入を食い止めていたヴァルキリーズを集結させる。ヒュレイカ、御無、柏木の3人も、同様に集結を開始した。 それを確認するまでも無く、月詠と響も、ヴァルキリーズと合流するべく機体を駆らせようとしたのだが……。 月詠が伊隅と通信を行っている時、念の為として最後のタイマーのチェックをした武は、それを終えて機体を稼動させようとした。 しかし、その時に何かが頭に引っ掛かる。 肉声や痛みなど物理的な干渉ではなく、儚い、虚ろ、曖昧という言葉を思い起こさせるような感覚。何か心の琴線に触れる、既視感デジャ‐ビュとでも言えるような、不思議な感覚が。 (なんだ……?) 思わず、頭を振り返してしまう――と思っていたが、実際には機体ごと反応炉へ振り返っていた。心で思っていた以上に、この事態に体が反応している事に不思議を覚えつつも、やはりそれ以上に心は反応炉へと引き寄せられた。 (なんだこの感覚?) じくじくと心に浸透していく、正体が掴めない曖昧な干渉。それは物理的干渉を引き起こしてはいなく、あくまでも感覚的なものだとは理解できていたが。 干渉してくるそれは、遣る瀬無さ、怒り、悲しみ、絶望……それら様々な人間的な感情を含みながらも、それ以上に無機質さも同在している。その不可思議な感覚は、ファントムペインの様に体を蝕みつつ、武の体を侵食していく。 (反応炉……が、呼んでいる……のか?) まさかとは思いつつも、しかし頭の中に干渉してくる感覚は現実として感じられる。 これは自分の妄想か。最近はハイヴ攻略前で、体調管理を心掛けていたよな? と思い返しながら、疲れてるって事は無いよな……と、幻聴の類を否定してみる。 干渉は、明らかに感じるのだ。物理的なものでは無く、曖昧と言うに等しいのだが、確かに感じられる。 不可思議な感覚を抱く中、夢見心地な――まるで酒や快楽に酔ったような、茫洋とした意識で、自分の腕を反応炉に伸ばす。その行動をしたら、まるで何かを掴めるとでも言うかのように。 そして、先程と同様、武の意志が現実の行動にまで影響を及ぼすに至ったのか、その行動の意志が思考制御で伝達され、戦術機の動作にも影響を与える。 コクピットの中で、反応炉に向かい右手を差し伸ばした武と同様、武雷神の右主腕もが、薄く明滅する反応炉に向かって差し伸ばされたのだ。 反応炉に、武雷神の右手が添えられる。 武はその時、茫洋とした意識の中で、戦術機の腕を通し、感じるはずも無い反応炉の鼓動と、その先に存在する、自分に干渉してきた『何か』の意志を、確かに感じていた。 そしてそのまま、その不可思議な意識に飲まれるかのように、瞳から意志の光が消えて…… 「武少佐! なにやってるんですか!!」 意識が霧の様に霞む中、その濃霧を割って入った大声に、正気を取り戻した。 「あれ……、俺は一体何を」 「何をじゃありません、何やってるかはこっちが聞きたいくらいです。集結は完了しています、急いでください。BETAが迫ってるんです!」 「あ……ああ、了解」 切羽詰った響の声に、状況を確認してみれば、少し向こうでヴァルキリーズやフェンリル隊の皆が、既に集結を終えていた。そして、出入り口から次々と流入してくるBETAが、此方目指して迫ってきている。 何故か意識が飛んでいたようだが、状況から見てそれも短い間らしい。致命的な遅れでないことに安堵を覚えつつ、合流するために機体を駆った。 「すまん、遅れた」 「言い訳は後だ、突破するぞ」 「タイマー起動。残り300秒!」 「全機全速離脱、一気に地上へ向かって突破する。遅れたやつは置いていくぞ」 《《了解!》》 武が合流した一同は、その武への追及も後に、一気に地上への脱出を開始する。 そして一同は、やはり問題無く、地上への生還を果たしたのだった。◇◇◇掃討戦後 反応炉を破壊した後、逃走するBETAを殲滅するべく一大掃討戦が行われた。 甲17号の時と同じく、逃げるBETA群に多大な損失を与えた人類は、ハイヴ攻略という事実と合わせ、その功績を称え合い、皆が喜びを噛み締めていた。 だが、その中にあって、憂いを表情に表すものが1人。月詠は、先の不可思議な行動の事もあり、その人物に向かって、問い質すように声を掛けた。 「武……」 「ああ、真那か」 「覇気が無いな、先程の不可思議な行動といい、一体如何したのだ?」 感情が揺れ動いてはいたが、バイタルは正常値だった。あの時、武は一体如何したというのか? 多少の恫喝を含めながらも、武自身それを理解し反省しているだろうと、大部分を心配する感情で包み問い質す。 「それが、よく覚えていないんだよ」 「覚えていない?」 「ああ、なんか不思議な感覚を感じた所までは覚えてるんだが、それ以後の事は霞が掛かったように。自分のやった事は把握してるんだけど、なんでそんなことをやったのかは……」 首を捻る武。この時武は、反応炉で感じた不可思議な干渉の事は、すっぽりと忘れてしまっていた。覚えているのは、反応炉が自分を呼んだ様な事、そして自分の意識が曖昧になり、変な行動を取ったこと。 それを聞いて月詠は、難しい顔をして考え込む。 「まさかBETAからの干渉か。やつらが、人類にコンタクトしてきたと?」 「さあ……、その時の感覚がすっぽり抜け落ちちまってるんだよなぁ」 「焔の仮設では、反応炉はエネルギー炉と同時に、通信装置のようなものも兼任している可能性が高いと言う、だとすれば干渉してきたのは、他のハイヴに存在するBETAか、又は……」 「上位存在ってやつか……」 その言葉で、2人の間に沈黙が落ちる。 如何せん曖昧な事実ではあったが、武が反応炉を介して、なんらかの干渉を受けた事は事実なのだ。だとすれば、その干渉を掛けてきた存在とは…… 「武、この事は誰にも喋るな。取り合えず、焔に話すのが先決だ。私達では判断がつきかねない」 「そうだな、他の皆にも口止め頼んどく。それにしても、BETA側からの干渉か……」 「焔が言っていた、BETAの進化……どうやら、今以上に気を入れなければならないようだな」 沸き返る兵士達を見渡しながら、月詠は呟く。 BETAが人類に興味を持ったという事は、BETAが人類を観察している事……。それが事実かは分からないが、兎に角も、焔が予測した未来が、現実に近付いたということなのだろう。 将来にやってくるであろう、その時を見据え、武と月詠は勝利の中で唯2人、未来にたちこめる暗雲を幻視するのであった。