2007年……11月1日、ミャンマー/甲17号・フェイズ5ハイヴ攻略戦 凄乃皇弐型の第1砲撃から数時間が経過した。 2度目の荷電粒子砲発射の後に、後続として控えていた戦術機甲部隊が上陸し、更なる戦線を展開。初期上陸部隊の約半数が休んでいる間に、3度目の発射を成功させる。 その後は、各部隊によるローテーションを組んだ波状戦法によって、衛士達に休息を取らせながら戦闘を継続。それでも疲れは蓄積されては行くものの、士気の高さも相俟って、損耗率を極力低く保ったままの戦闘が続けられた。 凄乃皇の荷電粒子砲発射も問題無く継続され、つい先程6度目の発射が終了する。 そして武達は、当初の予定通り、6度目の発射を合図に後退を開始。後方にて長い休息と、ハイヴ突入の為の準備と最終確認を行っていた。◇◇◇後方仮設補給地点 「怪しいわね……」 「怪しいよね……」 「怪しいですね……」 通信越しに映る眼前の光景を見詰めていた3人は、ポツリと呟く。 「………………」 「………………」 「………………」 そしてまた無言で見詰め続け……。 「やっぱり怪しいわね……」 「うん、怪しすぎるよね……」 「すっごく、怪しいですねー……」 再度その事実を確認するように、やはりポツリと呟く。 目の前に映るのは、武と月詠の2人。ハイヴ突入作戦に向けての準備中、2人で軽い打ち合わせをしていたらしいのだが、何時の間にか軽口での話し合いとなっている。 未だ戦闘は続き、周囲に緊張感溢れる中、2人が醸し出す雰囲気はそこだけを別の空間へと変えているように思えてならない。武はともかく月詠も、戦闘時とは違ってその雑多な表情の中、3人にも判る位にそこはかとない嬉しさが見え隠れしていた。 3人は、そんな2人の様子を盗み見聞きしながら、秘匿回線で密談を交わしている。 「あの2人、仲良さ過ぎだよね~。同じ部隊って理由だけじゃ納得できない位だよ」 「仮に特別気が合ったとしても、それだけじゃあの雰囲気は説明できないわね」 「やっぱり……2人とも特別な関係なのでしょうか?」 「「「………………」」」 直接的な言葉を避けた言い回しでありながら核心を突くタマの言葉に、3人は重苦しい雰囲気で顔を見合わせる。 「あ……あっでも! でも武さんは、冥夜さんと慧さんの事を大切に想っていたし、やっぱり違いますよ、ね……ね!」 「う~ん、判んないよ。男の人の想いと体は別物だって言うしね。武だって長いことしてないと……」 「ちょっと……そういう生臭い言い方はやめて!」 「そうですよ! 武さんに限ってそんなことは…………多分ありません!」 「説得力無いわよ珠瀬……でもまあ、その意見には私も賛成だけど。白銀は、あれで結構、恋愛に関しては真面目な男なのよね」 「鈍感だけどね」 美琴の一言に、皆揃って昔を思い出し苦笑う。武の鈍感に、当時の自分達はどれ程振り回されたか。秘めた想いを告げる事は結局無かったが、武の優柔不断さや八方美人さにはやきもきさせられたものだ。 その武が、月詠に特別優しげな雰囲気を傾けているという事は…… 「ということはやっぱり……」 「そういう関係なんでしょうね……」 「けど~相手は月詠中佐ですよ? 冥夜さんの事をあんなに大切に想っていた月詠中佐が、冥夜さんと付き合ってた武さんとそういう関係になるなんて……」 言外にありえないというタマ。3人はそれに納得し、ではどういうことだ? と言った感じで唸る。 「想いが募れば抑えきれない心もあるってことだよ。どんな人物でも、本気で好きになったら想いを忍ぶことは苦痛になる。あの2人は、特に色々事情があったからね。恋は曲者、恋は思案の外、恋は盲目、恋ひ余る、そして、恋は魔法……昔から言われているように、常識や理性では測りきれないのが恋ってものじゃないのかな?」 ――とそこへ、急に割り込んでくる通信。3人は呆気に取られた表情で開いたウィンドゥ画面を凝視する。 「柏木さん!」「柏木大尉!」「晴子さん!」 「ははは……大尉は止してよ、堅苦しいのは苦手だしね」 「っ……そうじゃなくて! 何で秘匿回線に割り込んでこられるのよ?」 「ああ、それは上位者権限だよ。私達の権限は最上級クラスの物が与えられているからね。後は、第4世代戦術機製作者、焔博士直伝の裏テクって所かな」 「ええ~、そんなのがあるの! ねえねえ、ボクにも教えてくれる?」 「あはははは……一応機密情報だけど、ヴァルキリーズの皆なら別に構わないんじゃないかな。武も知っているから、彼に教えて貰うと良いよ」 「ちょっと柏木! 鎧衣も、もう……」 好奇心旺盛に、手を上げ振って明るく頼む美琴に受け答えする柏木。そんな2人を見て呆れる千鶴だが、彼女自身もちょっぴり興味があったので、疚しい心ゆえに強くは言えない――後で白銀に教えて貰おう――と密かに心に誓った。 「あの……それじゃ柏木さん。やっぱり武さんと月詠中佐は――」 その中で、1人思案に明け暮れていた千姫が話を当初のものへ引き戻した。脱線していた2人の思考も、それで瞬時に元の案件の事へシフトしてくる。2人は、千姫が提示した質問に、柏木がどう答えるかと固唾を呑んで見守った。 静寂が――唾を飲み込む音が大きく一度響いたくらいの、短い静寂だったが――広がる。 柏木は、神妙な表情で自分を凝視する3人に対して気負う風も無く、極淡々とその返事を返す。 「うん、付き合ってるよ。――と言うより凄く愛し合ってるね。所謂相思相愛……エレメントを見ても解るけど、凄く深い所で解り合ってる間柄だよ」 「やっぱり、そうなんですか……」 目に見えて気持ちが落ち込む千姫や2人。武が冥夜と慧と深く愛し合っていたのを見ていた3人にしてみれば、その事実は至極複雑な事情だったからだ。 そんな3人を見た柏木は、「仕方ない」というような感じの表情を浮かべながら、諭すように――心に染み渡らせるような語感を持って語りだした。 「何を考えているのかは解るけど、心配は無いと思うよ。武は、今でも御剣と彩峰の事を愛し続けているからね」 「え……それ本当! 柏木さん!?」 「本当だよ。私だって横浜基地で、武と2人の事を見て知っていたからね、武の気持ちが、あの当時と変わらない事くらいはわかるよ」 「じゃあ……、何で武さんは月詠中佐と恋人同士になったんでしょうか?」 「そこに関しては、2人に聞いてみないと本当の事は解らないよ。でも、月詠中佐は、武が好きな事や、武と付き合う事に凄く悩んでいたから、きっと色々悩んで悩み抜いて、それでも今の答えを出したんだと思うよ。武だって、御剣と彩峰の事を今でも愛しているのは変わっていない、それでも武が月詠中佐の事を愛しているということは、それだけの決心を固めたということなんじゃないかな」 そうだ……白銀は、人を弄んだり、一時の感情で傷つけたりするような男ではない。彼が納得して付き合っているということは、それなりの理由と想いがあったからこそなんだろう―― そんな風に納得し、3人は溜息を吐く。 「はぁ……。まったく白銀は仕方ないわね、節操がないんだから……」 「武さんですもんね~」 「ほんとだよ……冥夜さんと慧さんが帰ってきたら、なんて言う心算なんだか……」 美琴の何気なく出した一言で、3人は今気付いた様にハッと顔を見合わせた。 「……修羅場ね」 「……修羅場だよね」 「修羅場ですね~」 その場面を思い、ガクガクブルブルと体を震わす。悪鬼羅刹の如くの2人と、血溜まりに沈み込む襤褸雑巾の様になった武の姿を幻視した……。 「た……武……。大……丈夫だよね?」 「き……きっと、ふ……2人とも、付き合うには何か理由があったんですよ。それを説明すれば、冥夜さんと慧さんも……」 「でも、その理由ってなに? さっき柏木が言ったみたいに、唯の恋慕の情だけだったら……」 「「「……………………」」」 「問い詰めましょう」 「うん……それが一番だね」 「つ……月詠中佐にも、き……聞いておかないと……」 「そうね……2人一緒に聞きましょう。元207部隊の仲間として、御剣と彩峰の親友として、私達には聞く義務があるわ!」 力強く宣言する千鶴。彩峰が親友と、何時もは気恥ずかしくて言えない本音が何気に出ていることからして、結構意気込んでいるらしい。半分は使命感で、半分は好奇心と言った所か? 3人は、戦闘が終わったら、絶対に2人に問い詰めようと心に誓うのだった。 (因みに柏木も、それを聞こうと、静かにほくそ笑むのだった)*** 『HQより全軍へ通達――BETAの地表存在数増加に伴い、これより荷電粒子砲の第7砲撃過程に移行します。全軍は従来通り、指揮に従いBETAの誘導を開始して下さい。尚、当初に定められた通り、第7砲撃後、突入部隊がハイヴ内へ突入を開始します。それに伴い変更される作戦方式についても大きな変更は無いですが、若干の修正と臨機応変な対応がなされる可能性も見込まれます。各部隊隊長及び各員は留意しておくよう注意して置いてください』 指揮所からの通信が全軍へ響き渡る。 エルファは、余裕がある時などは、命令口調ではなく懇願に近い口調で通信をする。当初は叩き上げできた彼女の癖でもあったのだが、今では意識してそれを使っている。自身の声の質が齎す効果を自覚している為、それを上手く活用する術としてだ。実際、彼女の通信は兵達に好評で、その美しい風貌も相俟って、この作戦後はマレーシア連合の兵だけではなく、全軍の間でアイドルに対するが如きの隠れファンが増える事となる。 通信を受け、武達突入部隊は休んでいた肉体に気を入れ直した。 再度機体の最終チェックを行い、問題無い事を確認する。 今回は、ハイヴ内最下層近辺のアトリエで、最低15分程は調査を行う予定となっている。湯水の様に敵増援が湧き出てくるハイヴ内、しかも下層付近での足を止めての防衛戦だ。第4世代戦術機と言えども、下手をしたら即数の暴力に飲み込まれてしまう。装備・準備は、過剰なくらいが丁度良いだろう。 武達はその間調査に専念するので、直接防衛戦闘に参加する訳ではないが、それでも装備弾薬は満載しておく。同行するアトリエ調査部隊の数機が調査機材などを運搬するので、対処能力が下がる彼等の護衛など、やることは多い。 最後にもう一度、予備弾倉や、肩に装備した散布式銃弾砲のチェックをしていると…… 「わー、凄い!」 「はわ~、綺麗ですね~」 美琴とタマの感嘆する声が耳に入ってくる。何事かと、今までチェック項目を表示していたディスプレイから目を上げた武が目撃したのは、突入部隊周囲に次々と降り立つ純白の騎士達だった。 快晴たる青空の下、燦々と降り注ぐ光の粒子を照り返し輝く、白銀の装甲と金色のアクセント。その殆どの機体が、BETAの返り血に濡れ土埃に塗れているのに、荘厳さは損なわれては無く、寧ろ壮絶なる戦いの痕跡が、騎士を象徴する機体に強靭たる趣を与え、その風貌を更に引き立たせていた。 「あれが……王立国教騎士団……」 降り立った機体群の威風堂々としたその様に、千鶴もヴァルキリーズの面々も、息を飲み込むように見入る。武御雷や武雷神とはまた違う趣を持つ、ロンゴミアントやカリバーン、『世界最強の戦闘集団』――正に、そう言われる者達が駆るに相応しい機体の威容が、目に付いて離れなかった。 その集団の中で、一際目立つ数機の戦術機。白銀に赤、白、紫の彩を1色ずつ加える戦術機の中央に、黄金色を交えた白銀の機体が立っていた。 位置的には周囲の戦術機に守られているようだが、その機体が放つ異様なオーラに、見るもの全てが違う陣容を見る。あれは率いる者だと……部下を従え、道を示すものだと……。そんな風に感じられる、確固たる寄る辺ない根拠が、あの機体からは発せられている。 そして、その機体が、武と月詠の機体に目を向けた。 「武少佐、月詠中佐……久し振りだな」 「王女殿下……お久し振りで御座います」 「ほんとに久し振り。2年振りだな」 「ああ、あの事件から2年……。私にとっては苦労や困難の連続で、長いようで短かくも感じられる時間だった」 機体が目を向けるのに合わせるよう、繋がれた通信。懐かしき人物との再開に、両者共に相好を崩す。あの事件が終わってから約2年間、3人は一度も顔を合わす事は無かったからだ。 彼女は1度も防衛基地にはやってこなかった。勿論本人は防衛に参加したかっただろう、彼女の気質からしてその想像は間違いではないと確信できる。 しかし、彼女には大事な役目があった。ある意味、戦いよりも重大で困難な役目が。相好を崩しながらも、しみじみと過ぎ去った激動の2年間を思い返す彼女の様相が、辿ってきた道程の程を表していた。 「王女殿下が、同盟間や諸外国間の軋轢を押さえたり調停に走ってくれていたお陰で、この2年間何事も無く準備が進められてきたんだ。殿下は大変だったんだろうけど、俺達は凄っげぇ感謝しているんだぜ」 「殿下は止せ。それに武少佐なら、戦場やプライベートなら呼び捨てでも構わん、貴方には並々ならぬ恩もあることだし、何より私が気に入ってしまったからな。まあ……それはそれとして、調停は何も私1人で行った訳ではない。将来の女王としての勉強の意味合いも含め、病床の女王陛下に代わり私が全権を務めさせてもらったが、政治に関しても人としても、まだまだ若輩である私がそうそう事を上手く運べる筈も無い。優秀な側近や、部下達が居てくれたからこその成果だよ。それに、調停に走っていたのは我が国だけでは無い、同盟に参加した諸外国――その全ての方々が協力してくれたからこそだ。私1人が行える事など、高が知れている。私はまだ、母様……いや、女王陛下の手腕に追い付こうと必死なのだから……」 イギリス現女王は病魔に犯されている。病床に就くことになったのはここ2年辺りなのだが、移民船団に参加しなかったのも、当時から病気を押していたからだと噂されている。なのでここ2年間は、同盟中心国として、クレア王女が諸外国間を飛び回り、各方面の軋轢を解きほぐしていたのだ。 「いやいや、それでもクレア王女は凄げぇよ。正直、政治の世界は俺には良く解んねぇけど、各国の意見を纏めるのが大変だって言う事くらいは大体解る。それを2年間も遣り通しているんだから尊敬するぜ」 「信用に足る人物だからこそ、誰もが王女殿下の下に集い惜しみなく力を発揮する。この2年の平和は、皆様方の協力の賜物でもあり、確かに王女殿下が紡ぎだした成果でもあると私は思います。武の言うとおり、私達は皆貴女様を含め、皆様方に感謝しております」 「そうか……そう言って頂けると有り難い。皆の協力に報いるためにも、この戦い、絶対に勝たねばならんな。私達は突入部隊の露払いと、第10層までの中継基地確保を命ぜられた」 「そうですか。では突入までの護衛、お頼み申し上げます」 「承知した。王立国教騎士団の名に賭けて、掠り傷も付けさせはしない」 「ははっ、世界最強の戦闘集団が護衛とは心強いぜ」 お互いに、見えない握手を交わすように、相手を信頼し合う。 両者は、互いの強さを肌で知っている。各人の役目に専念する為に、余計になる事は完全に相手に任せても大丈夫だと確信している。相手に信を置き、身を任せることこそが最大の評価の証だとでも言うように、両者は判断を下したのだった。*** それから数十分後、荷電粒子砲の第7射が発射された。 眩いばかりの破壊を撒き散らす光跡は、今までの砲撃と同じく、地表BETA群を軒並み薙ぎ倒し塵芥に還元させる。 ハイヴ中央に聳え立っていた地表構造物モニュメントは既に跡形も無く、その場所には巨大なクレーターが穿たれ広がっていた。 『HQより北部突入部隊――突入を開始せよ、突入を開始せよ!』 「よし、とうとうこの時が来た。我々は囮部隊だが、ハイヴに突入するという事実は変わらない。厚木での借り、今こそ此処で晴らそうぞ――全軍突撃! 続けぇぇ!!」 荷電粒子砲の一撃によってBETAが一掃された地表を、突入部隊第一陣が駆け抜けていく。 第一陣、北部方面突入部隊の役目は囮である。南部方面から突入する部隊の負担を少しでも減らす為に、北部ハイヴ内を駆け抜け続ける。突入し、内部を蹂躙しながら10層付近で反転し地表に戻り、補給してから再度突入する。 構成は全て第4世代戦術機、搭乗するは、厚木ハイヴ攻略戦を生き残った猛者を再編成した部隊だ。 ファフニール大隊、ニーズヘッグ連隊、スキールニル大隊の3隊……厚木ハイヴという地獄の戦場を行き抜いた彼等の気概や技量は、既に他の衛士から群を抜いている。特に、ファフニール、ニーズヘッグに属する帝国軍衛士は、厚木ハイヴ戦後に東京の地下基地に所属し、第4世代戦術機や新兵器のテストパイロットとして過ごしてきた。 第4世代戦術機乗りとしては、テストタイプから乗り続け、武達に次いでその造詣が深い。技量も恐らく、帝国斯衛軍の精鋭部隊と同等クラスに匹敵しているだろう。 彼等はハイヴ内の恐怖をこの上なく知っている。そして、ハイヴ内という戦場も、その身に刻み付けている。だからこそ、彼等は再度の突入を行うのだ。 厚木で散っていった戦友の敵を取るために、彼等が築いた証を立てる為に。彼等が居たからこそ、今の自分達が在り、彼等の命を燃やした勇気ある行動があったからこそ、今の勝利への道筋が存在するのだ。 自分達は、戦う事によって、勝利する事によって彼等の死を……勇気ある戦いを誇らしく語り継ぐ。それこそが、彼らに対する最大の供養なのだから。 ……そして北部突入部隊は、人生で2度目のハイヴ突入を果たしたのだった。