≪雪之丞≫
「良いか? 接近戦は厳禁だ。横島の霊波刀はどれも必殺。遠距離でも霊波砲やサイキックソーサー、無形霊波刀、伍の型。離れていても凶悪な技は多いが定型霊波刀を食らうよりは幾分ましなはずだ。それと攻撃よりも足止めに集中しろ。足止めできるのであれば攻撃せんでもいい。無駄に終わってしまうのだからな」
攻撃が無駄に終わる?
あの黒い炎に燃やされるか虚無にのまれりゃそれも当然か。
恐怖に跳ね返されるかもしれないし。
やり辛い。
師匠は俺達のほうを見ていない。
ジルの方を見ている。
気にいらねえ。
「そういうのはわっしの得意分野ですジャア!」
「タイガー君。少し時間を稼いでくれたまえ。僕の用意は少し時間がかかる」
「任せてくんシャイ!」
「ボクも行きます!」
タイガーとピートが真っ先に仕掛ける。
タイガーは獣人化をさらに進めてもはや完全な虎になるまで集中を高めた。
ピートは自分の体を無数の蝙蝠に変える。
二人のこのパターンははじめて見た。
「GRAAAAAA!」
虎の咆哮と共に師匠の周囲から白く輝く、恐らく銀で出来た針が針山地獄のように師匠に襲い掛かる。
師匠の無形式がモデルなんだろうがこれが本当に幻覚なのか?
ピートが変じた蝙蝠は師匠のもとに飛んでいくと何匹かの蝙蝠が突然爆ぜた。
やられたのかと思ったがどうも様子がおかしい。
爆ぜた蝙蝠は師匠に赤い液体、血液を撒き散らした。
蝙蝠はやがて集まって再びピートの姿をとる。
「血よ! わが意に従いて拘束せしめよ」
ピートの血が蠢き師匠を拘束するように動く。
恐らく物理的な拘束力もあるのだろう。
「……タイガー! 俺の術も騙してくれよ」
血の拘束、針の拘束に合わせて雷を放った。
タイガーの銀は俺の術も見事に騙し、銀の針に沿うように雷が纏わりついた。
「援護するで!」
これまた万本単位の針が師匠に向かって飛来する。
針は容赦なく師匠の体に降り注いだ。
「AMEN!」
「カアッ!」
止めとばかりにピートの神術とカオスの魔力波が師匠に襲い掛かるが師匠は無傷のままゆっくりとジルのほうに歩き出す。
ジルはその姿にピクゥと震える。
……気にいらねえ!
西条の旦那はさっきから黙っていたが急に何かを唱えだした。
「我は法の番人にして弱者を守る力たらんとするものなり。なれど我は猟犬にあらず。我、猟犬の爪と牙を差し出す代わりに、弱者を守る絶対なる壁とならんことを誓う……」
旦那の霊力の質が変わったように感じる。
旦那は懐から銃を出し剣を抜く。
だが、いつものそれではない。
「コルト・シングルアクションアーミーに刃を潰した七星剣。いつものジャスティスと銃はどうしたん?」
「今の僕では使えないんだよ。いや、銃の方は問題ないが攻撃的な霊力を完全に封印してしまっていてね。ジャスティスも鈍らと変わらない」
「どういうことや?」
「攻撃せずとも戦いに勝つ方法はあるってことさ。僕はICPOの捜査官だよ?」
旦那は師匠に向かって銃を発射する。
弾丸は師匠には当たらず直前ではじけた。
弾から物理的にありえないほどの鎖が飛び出し師匠を拘束する。
さらに旦那が銃を発射するたびに拘束する鎖は増えて撃ちつくすころには師匠を埋め尽くすほどになった。
「弾の一発一発が下級魔族であれば捕らえることが可能な結界で出来ている。6射あれば中級魔族も取り押さえられるはずだ」
「西条、お前は結界師なのか?」
「僕の前世は陰陽師、とりわけ結界と禁術に長けていたらしい。斉天大聖老子との修行後に得た力は結界と封印術。僕はさらに自分の攻撃的な霊力を封じることでさらにその力を特化させた。コルト社製のシングルアクション・アーミー。通称ピースメイカー。鬼道君のウィンチェスター1866同様まだ銃に魔力があった西部開拓時代の名品なら僕の結界を弾丸にして撃ちだすことも可能だった」
「……ふむ。その為に護国の剣で霊力をカバーしておるのか。して、おぬしはあの鎖のほかに何種類の封印術と結界術を使える?」
「まだ何種類か用意できますが、いくら横島君でも地力では中級神族には及ばないはず」
「阿呆! 横島は非常識が服を着てあるいとる様な男だぞ。今の横島は即死させる以外にとめる手立てはないわ。わしらが出来るのは時間稼ぎのみ」
カオスは師匠の太極文珠を手にする。
あれを使うつもりか!?
ベキッという音がした。
鎖の球から腕が伸びる。
腕は鎖を千切り、毟り取り、掻き壊し鎖は見る見る小さくなり無傷の師匠の姿が現れた。
その視線の先にいるのはやはり……。
気にいらねえ。気にいらねえ!
カオスが太極文珠を投げつける。
大気圏に突入した怒露目を封じ込めた結界ですら時間稼ぎにしかならなかった。
「今の横島に同じ攻撃は二度と効かん! 何でもいいから別の周囲の攻撃に切り替えよ」
カオスの言葉どおり、なぜか師匠には同じ攻撃はよけるでも守るでもなく、効果がなかった。
俺も霊波砲、雷、音波、突風、炎、可能な限りの攻撃をかますし、他のみんなも同じだ。
初見ではあったがピートの血液を使った術はどれも俺の術と同程度の凶悪さを持っていてそのバリエーションも豊富だったがやがて底を尽き、タイガーの幻覚ももはや届かない。鬼道の針とライフル弾が功を奏したのも最初だけで、豊富な術でかく乱していたが術を使いすぎて札が尽きた。旦那の結界術、封印術も二回目は目くらましにもならなかった。ただ硬いだけの結界を銃弾としたりしても結果は同じ。
俺達が攻め疲れてなお、師匠は無傷のままジルのほうを見てる。
気にいらねえ! 気にいらねえ! 気にいらねえ! 気にいらねえ! 気にいらねえ! 気にいらねえ! 気にいらねえ! 気にいらねえ! 気にいらねえ! 気にいらねえ! 気にいらねえ! 気にいらねえ! 気にいらねえ! 気にいらねえ! 気にいらねえ! 気にいらねえ! 気にいらねえ! 気にいらねえ! 気にいらねえ! 気にいらねえ! 気にいらねえ! 気にいらねえ! 気にいらねえ! 気にいらねえ!
「てめえ! 何様のつもりだ!」
俺は魔装術を纏うと真っ直ぐに師匠に突っ込んだ。
「ばか者! やめるんだ雪之丞」
カオスの声が聞こえるが躊躇はしない。
「あんたが、あんたがいつもずっと遠いところを見続けていたことくらい知っている! だけどなぁ、今この瞬間くらいこっちを向いて俺達のことを良く見やがれ!」
師匠が俺に向けて黒い腕、とんでもない斥力を持った恐怖の腕を向ける。
良くて吹き飛ばされ、悪くすれば握りつぶされてそれで終わり。
だけど今の俺は止まらない。
右腕にありったけの霊力を込めると師匠に愚直なストレートを伸ばす。
大きく吹っ飛ばされる。
俺に殴られた師匠が。