≪カオス≫
ゼクウの動きがピタリと止まる。
先程までの嫌な予感が嫌が応にも増していく。
何か見落としがある。
一体何を見落としている?
思い出せ。
ここは横島の内面世界だ。
ならば答えは横島の普段の行動や思考形態から導き出されるはず。
横島は何を気にしていた?
何を考えていた?
酷く内罰的で、そのくせ他者には寛容であった。
何故、内罰的なのか。
何かしらのトラウマ、あるいは負い目があるからか。
これまでの六道は曲りなりにも答えをだしていたのではなかったのか?
ならば、……
動きが止まったゼクウに小首を傾げながら代わりに門を開けようとする冥子のてをゼクウが本気の速さで振り払った。
冥子はそれに驚きキョトンとした表情を見せる。
「……申し訳ありませぬ。ここまで来れれば充分です。後は某達にお任せください」
ゼクウのその言葉を理解し、押し問答になる前に私は手を大きく打ち鳴らして注目を集めた。
「正直に言ってもらおう。その扉の奥はワシらでは耐え切れぬのだな?」
台詞は疑問系。だが意味は断定だ。
「曲りなりにもここまでの道程において横島は解決、とまでは言わぬまでも何かしらかの結論を導き出していた。だが、その割には普段の横島は内罰的が過ぎる。解決できていない問題があり、その答えがこの奥というわけか。ま、予想はできるよ。この奥にあるものこそ横島の持つ絶望、即ち極少数の者しか知らぬ横島の過去があるというわけだ」
門を見上げる。
十の恐怖に震え拒絶していた
百の憎悪が身を焦し懺悔した
千の憤怒が無念を残していた
万の狂気に侵されて自責した
億の慟哭が心を占め諦観した
兆の虚無は全てを喪失させた
その何れをもってしても
その全てをもってしても
絶望に打ち勝つ事は出来ず
打ち勝つ事は出来なかった
恐怖、憎悪、憤怒、狂気、慟哭、虚無。
これらは全て横島の心の吐露であり、軌跡であった。
横島の過去を知る私はその過程を知っている。
だが、一体横島は【何に】絶望したというのだ?
無論、あ奴の過去は絶望するにたる理由がある。
だがしかしだ、私の見た過去を現すのであれば6つで足りる。
即ち、全てをなくし、殺し殺され続けた過去なれば虚無までで現されるのだ。
それに対して横島は何がしかの回答を出している。
ならば、横島は何に対して絶望したというのだ?
私が見落としているソレこそが横島を取り戻す重要な鍵になる。
私はゆっくり頭を振った。
「……耐え切れぬわけではありません。ここまでの道程で如何なることがあれ、マスターは皆様方を害さぬことは証明されてきました。だからこそ問題なのです。この門を開け、マスターが内にしまいこんでいた悪意が漏れ出したとしても皆様方は無事でございましょう。なれど行き場を失った悪意が外の無秩序に漏れ出してしまえば先の大霊障など問題にならぬほどの混乱が人界を覆いつくし、ソレが呼び水となってかつてマスターの体験した三界の崩壊に至る……」
「……パンドラの箱か。私たちにかの娘を嘲ることはできぬな。……何かがひっかかっておるのだ。横島の過去は【絶望】するに足りる。なれど横島はソレには絶望していないのだ。横島は【何】に対して絶望したというのだ? クソッ! 答えを得るための条件が揃っている感覚はある。……答えは目の前にあるのにそれに気がつけていない。ええい、忌々しい。己の無智を呪うのは随分と久方ぶりだ」
私の思考を手を打ち鳴らす音が妨げた。
「たいしたものです。知恵の実の祝福を最も受けた人間、ドクターカオス」
「せやな。ワイらも横島が過去に絶望したわけやないっちゅうことに気がついたんは最近の事や」
先程まで気配すらなかったというのに。
今はその圧倒的なまでの存在感でその場に二柱の存在が顕現していた。
ちぃっ、ここまで来て横槍が入るか。
「そう警戒する必要はありませんよ」
「横島だけをスケープゴートに仕立て上げるいう愚をわいらもゴメンさかいな」
「……どういうことかな? 二柱よ」
私としたことが一言口を利くだけでこれほどまでに精神力を必要とするとはな。
「ドクターカオス。あなたは横島の過去はどの程度まで見せられていますか?」
「私が見せられたのは横島がこちら側に至るまでの過程になる」
「そこまで知っておるんやったら野暮なことは言わんでもわかるやろ? わいらも知っとるさかいにな。
……正味の話しで横島にはワイらも負い目がある」
「ここで消えて欲しくはないんですよ」
二柱のうちの一柱が右手をゆっくり上げると、外にいたはずのマリア達が、マリア達だけでなく横島の両親を初め、横島とかかわりの深い者たちが集められていた。
「あなた方が中で体験したことは彼らも追体験の形で知らせていますから説明は結構です」
「これから見せるんはワシらの他には竜神王とオーディン、ハヌマーンしか知らされていない神族、魔族にとっても秘中の秘や、ま、他にも何柱か知っておる奴もいるけどな」
「その扉を開けるとして、中から漏れ出す【悪意】をどう処理する気だ?」
「それに関しては心配無用です。私たちが一時的にソレを受け止め、あなた方に追体験させた後はアッちゃんや大ちゃん、べーやんやルーちゃんが媒介して全ての神族、魔族を受け皿にする予定です」
「ホンマはわいらだけで受け止めよう思ったんやけどな。どう計算し直しても足らんかってん」
「すると、私たちは変圧器のような役割というところか」
横島の絶望は『私たち』は壊さない。一時的に圧力の下がった悪意を全ての神族、魔族を受け皿にすることで分散させる。横島の抱え込む【悪意】も一箇所に集まってこその災厄。分散させてしまえばあるいは……。
「安心してください。世界のバランスを崩す程の混乱は起きません」
「那由他の果てほども計算してんで、安心してくれてかまへんわ」
しかしこの違和感は何だ?
横島の事を知り得、協力をしてくれるところまではわかる。
だが、神族、魔族の双方が総出になってまで協力をするのだ?
……まぁいい、こちらに対する回答を導き出すための情報は恐らく揃っていまい。
理由、経過はどうであれ横島を取り戻す前の些事よ。
そこでふと、一つの可能性が頭をもたげる。
「外での準備は出来ているのかな?」
私がそう言うと二柱は一瞬顔を見合わせて、そして頷いた。
「天津神族に国津神族、オリンポス神族、ラー神族、プリギュアの大女神にも手を貸してもらってます」
「こっちもロキとその家族、ナベリウス、アーマンにしくじるように言うたったわ」
※作者注
「それは重畳。私たちも振り返らぬように気をつけよう」
さて、何れにせよこの扉を開く必要が出来たわけだ。
私は今度こそ、己の意思を確認すると扉に手をかけた。
中書
……ほぼ半年振りです。いかがお過ごしでしたでしょうか?
私は筆が進まなかったり、仕事が忙しかったり、筆が進まなかったり、プロットが緩かったり、筆が進まなかったり、作品見直してたり、筆が進まなかったり、昔の文章で身悶えたり、筆が進まなかったり、新しいネタ思いついたり、筆が進まなかったり、新しく思いついたネタとプロットが上手くかみ合わなかったり、筆が進まなかったりでした。
すみません!(ジャンピング土下座)
い、一応筆が進まなかった部分は解決の方向に向かいましたのでここまで次回の更新はここまで遅くならないはずです。メイビー。
※作者注 有名な復活神話がある方々です。伊邪那岐の黄泉下り、大国主の蘇生、オルフェウスの冥界下り、ファラオ復活神話、キリストの復活の原型になったキュベレとアッティスの復活神話等。それに天宇受売命が外で踊っていました。これも太陽の復活神話ですので。ロキとその娘のヘルはバルドルの復活を邪魔した神で、ナベリウスは別名地獄の番犬ケルベロス、アーマンは死者の復活に適さぬ魂を食べる魔獣です。復活神話は失敗するものも多いのですが邪魔が入らねば成功する確率は高まります。横島の復活を神話になぞらえて成功させようとする試みを、神族、魔族の協力から読み取ったカオスがソレを示唆しました。