【エミ】
そこにあったのはまたしても小さな門だったワケ。
まるでさっきの門と同じように見えるけど、扉の文面が違う。
葬送の人は列を成し
贖罪の人は列を成し
断罪求めて列を成し
手足を縛る鎖は自戒
鎖に繋がる錘は後悔
其身を焦す焔は破壊
列成す人の望は苦界
「順番に行くなら、ここは【憎悪の瞳】を象徴する世界なワケ?」
あたしの問いにゼクウさまは深く頷いた。
「その通りです。あの全てを燃やしつくさんとする煉獄の、いえ、終末の焔の源がここにはあります」
ゼクウさまの言葉に軽い眩暈を覚えた。
見た感じだけなら7つの霊波刀の中で一番攻撃能力のありそうな【憎悪の瞳】がここでは表層から2番目に過ぎないのだ。奥に行けば行くほど厄介になると決まったわけでもないが、その可能性は忠にぃの性格、厄介なものほど自分の内面に溜め込む性格を考えればそうなる予感がビシバシするワケ。
扉を開け放った眼前に広がる光景をなんと例えればいいのだろうか。
そう、焦熱地獄としかいえないような光景だった。
暑い。いや、熱いと言うべきなのだろうか。
紅い空と無限の荒野。
黒い焔をあげる溶岩の川。
溶岩を生み出す巨大な火口。
そしてその溶岩の川、流れる溶岩でできた道をただ黙々と歩き続ける長蛇の列があった。
列を成すのは西洋の葬儀で墓穴を掘る墓堀人夫の格好をした男達。
ただ、手枷、足枷が付けられ其々に重そうな錘を付けられた墓堀人夫達は、肩に棺引き摺るために鎖、真っ赤に焼けた鎖を担ぐように持って、黙々と溶岩の道を歩く。
足が溶岩に焼かれ溶け落ち、足が無くなると鎖を口で咥え両腕で這い摺り、棺を溶岩の源、火口まで運び終えると火口の縁に棺を安置し、そこで力尽き手も足も焼け溶かされた姿で火口に落ちていく。
その時目深に被った帽子が外れ、忠にぃの顔が現れる。
視界に収まる限り続く長蛇の列。
その全てが忠にぃの顔をしていた。
「う、うおぉぉぉぉおおお!」
突如、タイガーが咆哮した。
全身が虎と化すほど霊力を搾り出したタイガーは馬鹿らしいくらいに巨大な幻影を作り出した。
「ちょ、タイガー!」
私の制止も聞かずにタイガーは幻影を作り出すことを止めない。
鈍色に輝く鉄と思しき金属が巨大な火口を埋め、視界に入る限り続いていた溶岩の川さえ浸食した。
しかし、それでもなお忠にぃは燃え続け、火口に落ちる代わりにその骸を燃やし尽くすまで焔を上げていた。
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【タイガー】
わっしの精神感応は横島さんが教えてくれた通り出力の方に特化していて感受性は他の霊能力者に比べて少しいい程度しかないですジャー。
じゃけっど、今の横島さんを見たらわっしにも判る位極端な感情だけに支配されておりますケン。
『許さない。許さない。許されない。許されちゃいけない』
わっしには、わっしにはそれがどうしても我慢できまっせん。
わっしは、わっしは。
わっしはわっしの持てる全霊能力を振り絞って幻影を作り出したんジャー。
じゃけっど、横島さんの自身に向けられた憎悪はわっしの幻影程度で収まるものじゃなかったんジャー。
じゃから、わっしは。
いまだ燃えようとする横島さんの肩を掴んだんジャー。
横島さんを燃やしつくさんとする焔に触れてもわっしは火傷ひとつ負わないですケン。
何で、何でこんな状態でまでわっしらを傷つけられない優しい人が自分のこととなるとこうなってしまうんジャー。
「横島さん。もう止めてつかぁさい。わっしは、わっしは横島さんのそんな姿を見たくありませんケン。どうして横島さんは他人を許せる優しい人じゃのに自分のことは許せないんジャー」
わっしはわっしを傷つけないためにわっしが触れた箇所が燃えていないのを感じて、横島さんを抱きしめるように焔から守る。
「わっしは、わっしは見ての通りの体格ですケン、それに感情が昂ると虎に変わってしまいましたジャー。普通の人から見たらわっしは化け物みたいなものでっす。じゃけっど、横島さんの両親が、横島さんが、エミさんや事務所の皆はわっしを自然に認めてくれたんジャー。わっしがその時どれ程嬉しかったかわっしは言葉では言い尽くせまっせん。わっしがどれ程横島さんの懐の深さに救われたかわかりません。わっしだけじゃありませんケー。幽霊が、妖怪が、魔族が、忌み嫌われた者が横島さんにどれだけ救われてきたかわっしにはようわかります。自分の罪を横島さんに許されて、慰められて救われた者がどれだけいたか、わっしにはあん人たちの気持ちが理解できるんジャー」
今のわっしが居られるのは、受け入れてもらえるのは間違いなくあの時、ジャングルへ逃げたわっしを追いかけて手を差し伸べてくれた横島さんのお陰ですジャー。
じゃから、わっしは少しでも、ほんの少しでも横島さんに恩を返したいんでっす。
記憶も、思いも持って消えてしまうなんてあんまりジャー。
その時、わっしが横島さんの心の中に憎悪以外の物。憎悪の根源を見つけられたのは奇跡かもしれまっせん。
それは優しさであり、良心ジャった。
それが憎悪の根源となって焔を燃え広がらせているのが判りましたケン。
わっしは頭の出来がよくありませんケン、何でそれが核になっているのかはわかりまっせん。
じゃけっど、自分を傷つける優しさや良心なってもんは絶対に間違っているってことは判りますジャー。
わっしは、横島さんを解放すると、横島さんの前で土下座した。
「たのんます。この通りですケー、自分も許してやってつかぁさい。わっしは馬鹿ですケー、横島さんがなんで自分の対してそんななのかは判りまっせん。じゃけっど、わっしは横島さんのそんな姿は見たくありまっせん。どうか、どうか自分の心から逃げないで欲しいんジャー!」
コトンと軽い何かが落ちる音がしましたケンわっしが頭を上げたらそこにはもう横島さんはいませんでしたケン。
代わりに音の元、恐らく横島さんはさっきみたいに消えてしまったんジャー。
わっしはそれを拾う。
【甘/受】
そう力の込められた双文珠ですジャー。
わっしがそれを拾うと横島さんの心、残留思念のようなものを感じたんですケン。
『タイガー、お前がその力を持ったことにはきっと意味がある。もし意味がないならお前の手で作ってしまえばいい。お前にはそれが出来るんだ。お前みたいに気の優しい奴が受け入れられないなんてそんな馬鹿なことがあるもんか。だからもっと自信を持て。お前はもう張子の虎じゃないんだから』
わっしはそれを感じて溢れる涙が止まらんかったんジャー。
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≪カオス≫
号泣するタイガーから文珠を受け取る。
【甘/受】
甘んじて受け入れる。
自らの罪を受け入れ、前には進むがあくまで許す気は無いということか。
あの頑固者め。
まぁいい。
人と関わる【勇/気】を。
そして、己の罪、憎悪と向き合い否定するでなし【甘/受】するだけでも前進だろう。
私は文珠を持って扉に近寄る。
すると例によって扉の文面が変わった。
果てしなく憎悪に身を焦して
尽きることなき憎悪に溺れて
許すことも許されることも忘れていた
俺は許されちゃいけない
許されるわけがない
許せるはずもない
その先に続く道がないとしても
そして扉に文珠をはめ込むと続く文面が現れた。
その先に続く道がないとしても
行かなければならない
進まなければならない
罪に託けて立ち止まれない
道が無ければ切り開く
先が無ければ作り出す
贖罪は出来ずとも成せる事はある
成さねばならない
その為ならば受け入れよう
立ち止まることなど出来ないのだから
ふん。
あいつらしいな。
たまには立ち止まって、周りを見回す余裕を持てば良かったものを。
どうせ私や皆に、どれ程必要とされていたかも理解しようともしなかったんだろう。
立ち止まらずに前に進もうとも、私たちから逃げられるとは思わぬことだな。