≪エミ≫
まずいワケ。
幸い、カオスの作った指輪をはめているみたいだから何かがもれてきているわけではないけど不吉な予感は抑えられない。
だって、目の前の悪魔なんかよりも遥かに不吉なのだから。
「カカカカカ、また獲物が舞い込んできたわ。美神令子を捕獲するために来たがこうも獲物が多いと少し遊んでみたくなるのが人情。そうは思わんか?」
万単位の悪霊が忠にぃに襲いかかる。
やめて。逃げて。
あたしはそう思わずにいられなかった。
けどその思いは届かない。
悪霊たちに憐憫すら感じる。
悪霊たちに飲み込まれた忠にぃ。
そこから、水の中に落ちた墨汁が真水を侵食するかのように黒い炎が広がった。
黒い炎は悪霊を燃料にして燃え広がり、わずかに正気を残し逃げ惑い始めた悪霊にも次々飛び火して飲み込んでいく。
それは一方的な虐殺だった。
確かに、悪霊は他者を殺してでも自分の苦しみを和らげようとする連中だから滅ぼされても文句は言えないと思う。
でも、あれはない。
抵抗も出来ず、一方的に滅ぼされていく。
あぁ、こんな仕事をしている以上まっとうな死に方は出来ないかもしれない。
でもあんな殺され方はしたくない。
死ぬなら人間らしい死に方をしたいものだ。
あんなふうに、物のように壊されたくはない。
いけない。
混乱していたらしい。
黒い炎はその役目を終え消滅し、その中央に黒い鱗模様の帯のタトゥーの入った忠にぃは泰然とその場に立っていた。
一歩も動いてはいない。
頭では理解していた。
忠にぃがG・Sの仕事に殺戮という手段を用いればどれほど効率が良いか。
効率?
なんと吐き気のする言葉だろうか?
何かを殺すというときに表現をする言葉としてこれほど怖い言葉はない。
「てめえ、何もんだ!」
フルーレティと名乗った魔族は理解の出来ない事態に混乱をきたしたみたいなワケ。
当然だ。あんなこと人間が出来ることではないのだから。
正気の人間はあんな真似はできはしないのだから。
人間が持つことの出来る力ではないのだから。
「……」
忠にぃは答えない。
ただ能面のような瞳で見つめるだけだった。
「ふざけるな! 人間風情が」
私達をいたぶっていたときとは違う。
それよりも遥かに大きく数も多い雹の豪雨が忠にぃを襲った。
だが、忠にぃの持つ霊波刀から燃え立つ黒い炎はそれが忠にぃに触れる前に燃やし尽くした。
よしんば黒い炎を掻い潜ったとしても果たして効果があるのだろうか?
あの状態の忠にぃは大気圏突入を果たしても無傷だったというのに。
「……この化け物が!」
フルーレティに先ほどの余裕はない。
「……」
忠にぃは能面の表情を変えない。
泰然と立っていた忠にぃが突如動いた。
動いたのだろう。
気がついたらフルーレティの正面に立っていた。
あたしの目には何も映らなかったワケ。
「な……」
『もう、誰もいない。 (悲しみに終わる白き世界)』
どこからか聞こえた『悲しみに終わる白き世界』という声と共に【慟哭の声】がつきたてられ、氷の悪魔、フルーレティは真っ白く凍りつき次の瞬間砕け散った。
万単位の悪霊も、人界に現れる中では最上位に近い魔族も、殺戮を手段とした忠にぃの前ではただの一撃で倒されてしまう。
忠にぃはいったい何を失くして、ここまでの力を求めたのだろう。
・
・
悪いことは続くものだ。
「美神令子、大丈夫か!」
何の因果か今、この場に現れてはいけないものたちが顔をそろえてしまった。
小竜姫、ワルキューレ、ジーク、リリシア、ジル、五月。
恐らく私たちの救援に来てくれたのだろう。
なんと間の悪い。
時間が凍りつく。
能面のような顔の忠にぃがゆっくりとそちらを向いた。