≪横島≫
ただ守り、いや、守ることしかできずそれでも守りきれなかった圧倒的戦力差は覆り始め、攻勢に転じる場所すらあった。
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北海道。
最北極寒の地にして、ロシア方面から侵入を試みる悪霊、妖怪を防ぐための防衛の拠点。
そこを守るのは北海道駐屯の陸上自衛隊北部方面隊。及びロシア正教会から派遣されたエクソシスト。
自衛隊を中心にした防衛戦力は圧倒的な戦力差の前にずるずると後退せざるをえなかった。
そこに変化が起きたのは森の中から一羽の大きなシマフクロウが飛び立ってから。
シマフクロウは悪霊たちの姿を見るや一声大きく鳴く。
すると北海道中の森から、集落から、海から彼らが現れた。
シマフクロウ(コタンコルカムイ)は村の守り神。
カムイ達は人間の開発を嫌い身を潜めていると松五郎さんが言っていたが彼らは自分達の土地と北海道に住む人を守るために戦うことを選んでくれた。
オキクルミ(英雄の霊)、ワッカワシカムイ(水の霊)、ペトルンカムイ(川の霊)、キムンカムイ(山の神、熊の霊)、レプンカムイ(海の霊)、ユッコルカムイ(鹿の霊)、シトゥンペカムイ(黒狐の霊)、チェプコルカムイ(魚の霊)、ヌサコルカムイ(蛇の霊)、アユシニカムイ(病気を避ける霊)、ネウサラカムイ(話し相手の霊)、レプンシラッキ(アホウドリの霊)、キムンシラッキ(キツネの霊)、ホイヌサバカムイ(雨乞いの霊)、アペフチカムイ(火の神)、チェプカムイ(神の魚、鮭の霊)、シランパカムイ(樹木の霊)、エチリリクマッ(夫婦の霊)、チセコロカムイ(家の守護霊)、コロポックル(蕗の葉の霊)、ホロケウカムイ(狼の霊)カンナカムイ(雷の霊)、アパサムウンカムイ(狸の霊)、イモシュカムイ(大蓬の霊)、ウパシチロンヌプカムイ(オコジョの霊)カパッチリカムイ(大鷲の霊)、レプンリリカタイナウウクカムイ(鯨の霊)、カパプカムイ(蝙蝠の霊)、ヤトッタカムイ(鳶の霊)。
他にも様々なカムイが現れ、戦いを始める。
次の変化は将門公が千人所引磐岩を動かしてから。
守護霊たちが神社、仏閣の結界が壊れむき出しになった人間達を守るために戦い始めた。
彼らの存在、多くは肉親であったり、可愛がっていたペットが自分達を守ってくれている姿に人々は感謝と安堵を得る事が出来た。
そして北海道の最東端、ロシア方面からの防衛最前線を守る存在が現れた。
第二次世界大戦時の大日本帝国陸軍、独立歩兵第282大隊であり、戦車第十一連隊、通称士魂部隊の兵士達だった。
彼らは終戦直後、千島列島の占守島に侵入してきたソ連軍から祖国を守るために戦い、ソ連軍との戦いにおいて唯一の勝利戦、それ以上にソ連軍の北海道進攻を防いだ功績を残す部隊であったが、停戦後(戦闘開始時点ですでに敗戦国であった日本に戦術的勝利はあっても戦略的には敗北が決まっていた)シベリアに抑留され、日本に帰ってこれた僅かな者達も戦後の反戦思想の中で白眼視されたという。
それでも彼らは鬼籍に入りなおも祖国を守るために現世に戻り来た。
俺は彼らに最大限の敬意を感じる。
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東北地方を守るのは自衛隊東北方面隊と三沢基地の米軍。
それからプロテスタント各宗派からの武装牧師。
比較的敵、味方ともに少なかったこの地域はかつての奥州の王、伊達政宗が率いる伊達、最上の連合軍が登場したことであっさりと趨勢を入れ替えた。
青葉神社に祀られる神でもあった伊達政宗は脇侍に片倉小十郎、留守政景を従え、悪霊たちを雲霞の如く切り払い、駆け抜ける。
「馬鹿目! 貴様らがごとき負け犬が数を頼みにしようと幾許たりとも恐ろしくはないわ。竜を喰らえると思い上がるならかかってくるがいい。この独眼竜が逆に食い散らしてくれるわ」
地の利を完全に理解している伊達政宗は一見蛮勇に任せて突撃を繰り返しているようで悪霊たちを分断し、自衛隊の守りが厚いところに誘いこみ、守りが薄いところには逆に囮となって誘き出し、伏兵を用いて挟撃し、散り散りになったところを各個に撃破していっている。
あと十年早く生まれていたら天下をとっていたという話も強ち与太話でもなさそうだ。
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北陸地方を守るのは北陸地方に駐屯する中部方面隊第10師団の一部と東部方面隊第12旅団。それにイスラム教徒たちだった。
東北地方についで被害の少ないこの地域はほぼ沈静化しているといっていい。
イスラム教徒たちの数が多く、自衛隊も二つの方面隊から派遣されてきたために戦闘域を狭くすることで作戦行動が迅速に行われることとなった。
さらに、新潟県には軍神の誉れ高き上杉謙信、石川県には前田利家が軍を率いたことによって優勢は決定付けられた。
越後の名軍師直江兼継、天下の大不便者前田慶次といった戦国時代を代表する家臣に加え、戦国最強とも言われた上杉軍団。さらには上杉謙信自身と彼らが大いに信仰していた毘沙門天直々の加護があるのだからその戦いぶりは天に昇ろうとする竜の如くといったところか。
「我が軍が是とするは【破邪顕聖】の四字。兼継、慶次、ゆくぞ」
「邪破りて聖きを顕す。全ては【義】なのですね」
「ま、難しい理屈はあとにしようや。喧嘩ってやつは勝っても負けても楽しいが、この戦は負けると後味が悪くなりそうだ」
攻勢に出るのが上杉家なら守勢を取るのは前田家。
前田利家には華々しい戦功こそ少なかったがそれは偏に織田信長の親衛隊に近い役割の赤母衣衆であったためであり、防衛線にはむしろ向いているといえた。
現に、北陸方面には人的被害はおろか、建物への被害も最小限にとどめられている。
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関東は神奈川以南、そして中部の静岡県東部を守るのは自衛隊第1師団の一部とアメリカ軍第7艦隊の一部、第5空母航空団、座間キャンプに米陸軍第1軍団が派遣され、仏教系、神道系G・Sの一部が積極的に攻勢に出る。
それに加えて源義経率いる源氏の郎党が防衛線を築いていた。
ここは東京以南の防衛の拠点として多くの戦力が割かれていたにもかかわらず劣勢にたたされている。
単純にこちらの戦力より敵方の戦力のほうが多かったためだ。
源氏が増援に現れていなかったら戦線は崩壊し、東京はさらに泥沼の苦戦に陥っていただろう。
その中でもひときわ異彩を放ち戦線の防衛に貢献しているのは源義経その人であり、彼を守る巨漢の僧兵弁慶。そしてこちらは源氏ではなく平氏なのだが鎌倉景政、通称鎌倉権五郎。
五月の時も思ったのだが、歌舞伎は侮れないな。
鎌倉権五郎が殆ど演目の【暫】と同じ格好だ。
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甲信越地方を守るのは自衛隊東部方面隊第12旅団の一部。それから山岳信仰系の宗派の術者や山伏、チベットから来てくれた密教僧達だ。
ここは圧倒的劣勢だった。
何故なら自衛隊が殆ど戦力外にされてしまったからだ。
その理由は死津喪比女。
彼女の花粉により近代兵器の殆どが無力化されてしまい、ユリンが消耗作戦で死津喪比女の注意をそらしているが、それ以外の悪霊、妖怪の数が多く自衛隊の防衛能力が低下している状態で、三都に次ぐ激戦地と化していた。
そこに現れたのが甲斐の虎、武田信玄と騎馬軍団だった。
「人は城、人は石垣、人は掘り、情けは味方、仇は敵なり。ワシの王道は夢半ばにして病におちたものの、今を生きるものたちに王道の道を指し示すのも悪くない。ワシの王道が今を生きる者たちの心に根ざせば王道が天下を取ったも同じこと。そうは思わんか? 幸村」
「はっ! 御館。王道の志、必ずや今を生きるものたちの心に残ることでしょう」
「幸村さま~、早く行かないと戦終わっちゃいますよ。こちらの負けで」
「はっはっは、そいつはいかんなぁ。さて、甲斐の虎の戦、始めるとしようかの」
「御館様、この幸村、額の六文銭とこの槍にかけて」
「うむ。幸村」
「はっ!」
「今日もワシは、格好良いよ」
「お、御館様」
「ほら、幸村様も呆けてないでお仕事お仕事♪」
武田騎馬軍団の戦闘能力と武田信玄の軍略は圧倒的な劣勢を覆すには至らぬものの、劣勢なりに膠着状態を作り上げることに成功していた。
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中部地方を守るのは中部方面隊第10師団とユダヤのラビ、インドのバラモン。
名古屋を中心に攻勢をかけてくる悪霊たち。
中部方面隊の多くを裂いたが為に生み出された均衡ではあるが、盛大に弾丸を吐き出し続けたが為に銃弾を大量に用意したとはいえそこは本来であれば使いどころの少ない銀や精霊石弾頭の銃弾の底は見え始めている。
「うぬらは、何を望む?」
織田信長はすぐに参戦することなく、眼下に犇く悪霊たちに問いかけた。
「信念、泰平、宿命。一切の観念より解き放たれなお妄執に己を捨てるうぬらは何を望む?」
その存在に気がついた悪霊が信長を喰らわんと襲い掛かる。
「……無価値」
交錯の一閃で切り払われる悪霊。
「うぬらの妄執、そこに価値があるというのであればこの信長に見せてみよ。無しというなら……殺すまでよ」
「地獄の果てまでついてきて、現世に戻ってもまた戦……けど、嫌いじゃないわ」
「信長様の敵……蘭が討ちます」
「かわいらしいことよ。お濃、お蘭、しかとついてまいれ」
魔王の軍勢は悪霊たちを巻き込み地獄の戦場を作り出していった。
しかし、地獄なのは戦場のみで、市街地の多くは敵の数に比すれば驚くほどに被害が少なかったことは明記しておく。
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近畿地方には東京に次ぐ戦力を配備されていた。
自衛隊の中部方面隊第3師団の多くと、近畿地方に本山を置く多くの仏教系G・Sや神道系のG・S。
そして京都には大掛かりな結界が張ってある。
しかしそこは魔都とも言われる京都であり、日本第2の商都大阪。
襲い掛かる悪霊の数も多く、悪霊よりも手ごわい妖怪の数も多くいた。
戦況はやや不利な状態で推移していたが、ここにも死の国よりの救援は訪れた。
「よっしゃ、わしらも参戦して泰平の世を守るんじゃ。ねねは安全な少し離れたところにいてくれ」
「私も一緒に行くよ、お前様。愛するお前様のためならいくらでも守ってあげるからね」
「ねね~、嬉しいぞ~。で、本音は?」
「あなたが今の子達と浮気しないか近くで見張るため……ってちがう! もう、何を言わせんのよ」
「秀吉様、おねね様。戦わないなら下がっていてください。普通に邪魔です」
「やれやれ、殿も苦労するね」
大阪を守るのが豊臣家なら、京都から滋賀にかけては浅井家が守っていた。
「市、そなたはもはや私の妻ではない。浅井の家ももはやない。そなたがこの戦場に出てくる必要はないはずだ。すぐに柴田殿の下に戻るのだ。柴田殿は無骨な方だが必ずそなたを守るだろう」
「いいえ、長政様。長政様はお優しいお方。例え浅井の家が無かったとしてもこの地に生きるものがいる限り自分の意思で、自分を殺して守ることを選ぶのでしょう。勝家様も私の夫。あの方も不器用で優しい方です。あの方はお兄様のために自分で考えることを止めました。私は……お兄様の妹として生きてきていつも詮なきことと諦めていました。そのためにお兄様の心も、お姉さまの優しさも、長政様のことでさえ本当に理解することは出来なかったのかもしれません。長政様、私は守られるでもなく、諦めるでもなく、私の意思で子々孫々たちの生きる今の世を守りたいのです。それに私は今でも長政様の妻のつもりです」
「市。……某も、市と誓った永久の愛の誓い、忘れたこともない」
二つの影が一つになり、数瞬の後に名残惜しそうにまた二つになった。
「某は義兄上に刀を向けるという不義を行い、結果市の愛にも背を向けることでを義も愛も失った。しかし人の世を守るという義、そして市の愛があればもはや某は何者にも負けぬ。市、しかと見届けてくれ」
「はい、長政様」
追記すれば、嫉妬にかられた悪霊たちはこぞって二人を狙うのだったが一定距離以上近寄ると途端にそこから近づけなくなっていた。
二人だけの世界は一種の結界なのだろうか?
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中国、四国地方を守るのは自衛隊第13旅団、第14旅団。米軍第1海兵航空団。
それから山陰は出雲神道、山陽は伊勢神道、四国には神道いざなぎ流や四国の密教僧。それに中国や朝鮮半島から道士や風水士がこの一体を守っていた。
京都に似せて作られたと地方都市が多く、京都ほどに怨念を溜め込んでいないこの地に京都を模して張られた四神の結界。出雲大社を筆頭に神社仏閣が多く並び、術士の数が多く、懸念されていた黄泉津比良坂からの黄泉の軍勢は神田神社で開かれたためにこちらに現れる様子もない。
そして海の守りをサラスヴァティに守られた能登守平教経率いる平氏の大船団が本土に近寄らせまいと奮戦しているためその数は少ない。
平氏の船団は一時期、釣瓶火やシャンシャン火、筬火、蓑火、不知火、遊火、遺念火、姥ヶ火、舞首などを従えた火車の襲撃により燃えやすい小船に乗った平氏の水軍は窮地に陥ったのだが、
「千早振る 神も見まさば 立騒ぎ 天の戸川の 桶口あけたまへ。理や 日の本ならば 照りもせめ さりとては又 天が下とは」
龍神の姿から十二単を纏った伝説の美女、龍神の生まれ変わりとも言われた世界三大美女の一人、小野小町。
その彼女が神仙苑で雨乞いの時に歌ったとされる和歌がこの二首。前者は小町集、後者は謡曲雨乞い小町で。いずれにしても、人の身でありながらその言霊で天地を動かした小野小町は水神、サラスヴァティとして祀られ神となった身。その言霊が天を動かすは道理、途端に振り出した豪雨のおかげで妖怪たちが死ぬわけではないが、船に火が燃え移ることも無く。船が転覆するほど降り続く前に平氏の怨霊、もはや御霊となった彼らは平教経の武勇もあって火車をはじめ多くの火妖を調伏していた。
「見よ! 我らの氏の神、水軍神弁才天の加護よ。かの源氏との戦に破れしはやつらにも弁才天の加護があったからにほかならぬ。なれば此度の戦は弁才天の加護ある我らに敗北は無いわ」
平氏一門の意気高く、中国、四国地方は今日本で一番安全な地域となっていた。
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九州、沖縄地方には自衛隊第4師団、第8師団、第1混成団、米軍第7艦隊の一部、第3海兵師団。
それからヴァチカンからのエクソシストたちや琉球神道の神主に、東南アジアのモーピー、各地の原始宗教の神官達。
この地にこれだけの戦力を置いたのは大陸方面からの進攻を恐れたためなのだが悪い予感は当たり、朝鮮半島や大陸から多くの悪霊や妖怪が流れ込み、日本全体で見ても3番目の激戦区となっていた。
そんな中でひときわ異彩を放つのは島津家と大友家の軍勢。
島津軍は島津義弘を総大将におき、伏兵をはじめとした多くの軍略と、島津義弘や東郷重位をはじめとした薩摩隼人の武勇をもって戦場を駆け巡った。
またそれに対抗するように、立花道雪率いる大友軍は、立花道雪が輿に乗って指揮をとり、娘の千代が最前線を任されていた。
「今を生きるものたちの多くは篭っておるばかり、戦うものも戦の仕方を知らぬと見える」
「伯父上!」
「泰平の世に安穏と暮らしているばかりのやつらが気に入らんのだ。ま、嫉妬だよ。気にするな豊久。せめて戦う気概がある連中に鬼の戦を教えてやるさ」
言うや否や、真っ直ぐに戦場に駆け出し、近寄る悪霊、魑魅魍魎の類を瞬く間に蹴散らしていく。
「ふん。戦場は島津とか言う戦屋の独壇場だな」
「だからといって島津ばかりに任せて良いというわけでもあるまい。かつての仇敵であることは間違いないが今この場限りにおいてやつらも同胞だ」
「……人が真摯に生きるためには何事にも囚われてはおられぬ、か」
「輿を義弘殿の元に寄せよ」
立花道雪の命により、輿が最前線の島津義弘の元に寄せられる。
「ほう、道雪殿。かつての決着でもつけに参られたか?」
「それはそれで心躍るものがあるが、今はそのような時でもあるまい。何、手を組まんかといいに来たまでよ大友と島津の兵、合わされば面白いと思わんか?」
「成るほど。博打だが、だからこそ面白い。良いだろう、わしは最前線にて大友の兵を借りる。道雪殿は全体の指揮を執ってもらおうか」
「ともに戦うのは不本意だが仕方ない。だが、私は戦屋などと馴れ合わんからな」
「そうか、それは仕方ないのう」
「だ、だが、それでは役目に支障がある。貴様が頼むなら親しくしてやってもいい」
「そうか、立花のお嬢は優しいのう」
「優しくなど無い! あ、あくまで支障が無いように仕方なく、だ」
「ふむ、千代の婿は島津からとるべきだったかもしれんな」
「父上!」
大友(実質的に立花)と島津が組むや否や、吸収は拮抗状態に趨勢を取り戻した。
その場その場において悪霊たちは駆逐されるのだがその都度別の場所から進入してくるための拮抗だった。
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東京、及び北関東を守るのは自衛隊第1師団の大半と、横田基地の米軍第5空軍。
それから日本ゴーストスイーパー協会のゴーストスイーパーの多くとオカルトGメン、ザンスの精霊騎士。
狭い地域に過多とも言える防衛網だが、それでも均衡、ややもすると劣勢に陥るほどに悪霊、妖怪、魔族の侵入を許していた。
東京は徳川幕府と怪僧とも言われた天海上人が作り上げた四神相応の地、南に東京湾、西に東海道があり、東は利根川の流れを変えて大河として据え置き、北には西にある富士山に負けぬように徳川家康を東照大権現として日光連山に祀り、山の格を高めた。
しかし、その結界はすでに破られている。
南の東京湾に臨海副都心が出来た為に南の平地(もしくは池や湖、湾のように波の少ない水地)が崩されたからだ。
東京湾から進入してくる悪霊たちに対して海上自衛隊が大掛かりな結界を張っていたが、それも物量に押されて破られてしまっている。
それでも均衡を保っていられるのは乃木希典率いる陸軍、徳川家康率いる武士達が合流したおかげである。
「天下泰平。その志という重き荷を背負い、歩み進んで勝ち取った平和。例えこの身が死んだとしても譲れるものではないよ」
「流石は我らが殿におわす」
「父上、稲もともに参ります」
「うむ。忠勝は徳川の守り神、頼むぞ。稲も自愛することだ。半蔵!」
「ここに」
「半蔵は撹乱を頼む。期待しておるぞ」
「御意」
日本第一の激戦区。建造物への被害は大きいものの、人的被害はかなり食い止められているのが救いだった。そして、日本が全体を通してある程度の均衡状態を保っていられるのは外海で進攻を防いでいる海上自衛隊や米国海軍、東郷平八郎率いる日本国海軍の働きが大きい。
だけどまだ足りない。
俺が残した策を発動するためにはもう少し趨勢をこちら側に引き寄せる必要があった。
そしてそれを実現させるかのように、捨てたはずのカードが戦場に現れたのだった。