≪ゲソバルスキー≫
「しぶといものですねぇ。勝ち目などあるはずもないというのに」
タコ禿は剣を杖の代わりにすることでどうにか倒れずにいる俺を見て呆れるように言う。
嬲殺しにされているおかげで身体に重大な欠損こそないが、血が足りねえ。
「うるせえ、こっから大逆転してやるから黙ってろ」
気合だけしか残っちゃいねえがそれでもどうにか両の足だけで立つと剣を大上段に構える。
「何を馬鹿なことを。そんな状態で私の人形を突破できるわけないでしょう。まして欠陥品のあなたが」
「突破できるさ」
「……馬鹿馬鹿しい。愚者の思考は私には理解できませんね」
馬鹿は十分承知だ!
「武士道とは信念に死ぬことと見つけたり。なれば騎士道とは、己が信念貫き通すことと見つけたり!」
ゲソバルスキー達を無視して、タコ禿だけを目指して突進する。
この剣で切る前に串刺しにされて俺は死ぬだろうが、死ぬ前に剣を投げてタコ禿と相打ち、せめて痛手を負わせる。
「これ以上付き合っていられませんね。処分しなさい」
鮮血が舞う。
7人のゲソバルスキーの剣は悉くタコ禿、ドクターヌルに突き立てられた。
「な、馬鹿な」
驚愕にひきつるタコ禿。
驚いたのはこっちも同じだが、千載一遇のチャンスを逃せない。
「喰らえタコ禿!」
驚愕に態勢を整えきれてなかったタコ禿は俺の剣で真っ二つにされた。
それと同時に満身創痍の俺は仰向けにぶっ倒れた。
その俺を覗き込むように取り囲む。ゲソバルスキー達。
「どうしてヌルを裏切った? ま、俺が言えた台詞じゃねえけどよ」
「俺たちもまた、下種であるより騎士でありたかったのだ」
「ま、その気持ちはわからねえでもない。というより分かりすぎるくらい分かるわ」
ちっ、もう目が霞んできやがった。
「俺たちはタコ禿の呪縛を破った兄上と違い、ヌルの分身という呪縛から逃れ切れていない。本体であるヌルが消えた以上遠からず消える。あんな奴に殉じるのはゴメンだ。だから兄上、俺たちも連れて行ってくれ」
声が聞こえたと思うと視界がハッキリし始めた。
だが、そこにゲソバルスキー、弟達の姿はない。
ゆっくりと立ち上がると自分の剣を拾い上げた。
体には傷一つない。
「せっかく騎士らしく死ねると思ったのに余計なことしやがって」
大きく伸びをすると剣を担ぎなおして歩き出す。
「弟達の命を使って繋いだ命だ。もう少し騎士らしいことをしねえとな。我が麗しの主君の故郷いまだ窮地なり……か」
命があるなら戦おう。
この身のいっぺんでも動くのなら戦おう。
封はもうこれ以上無いというくらいもらっちまったんだ。かえさなかったら不忠の誹りを受けてしまう。
「騎士というのも因果なものだ」
この身は次の戦場を求めて行った。
・
・
・
≪将門≫
千人所引磐岩を動かすと真っ先に現れたのは小船で構成された船団だった。
「クカカカカカカ! 戦ノ無念ハ見事、見事晴ラサレハシタモノノ我ラハ武士。今一度、今一度戦場に出ラレルトハ望外ノ思イヨ」
揚羽紋を掲げた船団。
アレは平氏の船団か。
「私も出ようかしら」
弁財天殿が文珠を使うと一度は十二単を纏った美しい貴婦人の姿をとるが、すぐさま左手に弓・刀・斧・羂索、右手に箭・三股戟・独鈷杵・戦輪をもつ八臂の龍の下半身を持つ女神にへと姿を変える。
あの姿は水軍神、龍神としての旧い姿のサラスヴァティ。
サラスヴァティが光を放つと平氏の怨霊たちはかつての姿を取り戻した。
「オン・ソラサバタエイ・ソワカ! 我らが氏神、水軍神弁財天様の加護を受け、我らの無念を単騎ではらした横島忠夫の旗の元戦える。これ以上の戦が望めるものか! 平氏の益荒男よ。今こそ我らが力を見せる時ぞ」
サラスバティに誘われた平氏の船団は西へと飛んでいく。
そう言えば、平家の氏神は厳島神社に祀られし弁財天。
技芸学問の神としてではなく水軍の神としての弁財天であったか。
対する源氏は弁財天の神威を恐れ、日本最大の湖、琵琶湖の竹生島弁天を勧請して江ノ島に祀ったのが日本三大弁天の発祥だったか。
「やれやれ、平家にばかりいい格好はさせておけませんね。私たちも出ます。今こそ坂東武者の強さを知らしめる時ぞ!」
次いで現れたのは竜胆紋の武者。
それを率いしは大柄な僧兵を従えた青年。
彼らは南へと飛んでいく。
次に出てきたのは毘の旗印を掲げた一段だった。
「オン・ベイシュラマンダヤ・ソワカ! 見よ! かにおわすは我らが守護神、毘沙門天。我らに毘沙門天の加護ある限り負けはない」
「ワシはこのままのほうが良かろうな。小次郎殿、北陸の守りは任せられよ」
「行くぞ。兼継、慶次。毘沙門天の加護ぞある 」
「は、謙信公。この兼継、鬼籍に入ろうとも義のため尽くす所存」
「やれやれ、死んでもう一度戦場に立てるたあ粋だねえ。いっちょ大暴れしてやるか」
戦国武将の列は続く。
「やれやれ、あ奴は死んでも元気じゃのう」
「馬鹿は死っななっきゃ治らない~♪ 戦馬鹿は死んでも治らない~♪ ニャハン♪」
「御館様、謙信公に負けてはいられませんぞ」
「やれやれ、幸村。おことは死んでも硬いのう。ま、ワシも格好いいとみせちゃおうかな。ワッハッハッハ」
風林火山の旗印が過ぎた後には天下布武の旗印が続いた。
「信長様、わしらも負けてはおられませんなぁ」
「無価値……だが、たまにはそれも良かろう。猿、お前は自分の城を守りに行くが良い。安土へはお濃とお蘭がついてくれば良い」
信長は大黒天を一瞥すると西へと飛んでいく。
「第六天魔王信長、ここに降臨せん」
「お前様、私もついてくからね」
「秀吉様、兼継と幸村に東の守りを任せれば十分でしょう」
「よっしゃ、ワシらは今までどおり、皆が笑って暮らせる世を作るために頑張るんさ。孫市も手伝ってくれよ」
「やれやれ、ダチの頼みじゃ断れないな」
豊臣の後には島津が続く。
「まるで地獄のような風景じゃな。だが、地獄であるならこの戦場は鬼のもの。我らこそは鬼島津。豊久、今を生きるものたちに鬼の戦を見せてやろうではないか」
「はっ、叔父上」
「チェストオォオオ!」
「チェストーー!」
戦国武者達が続いた後には軍靴の行進が続いた。
軍靴の行進は二手に分かれて消えていく。
その後に続いたの様々な霊たち。
彼らは子孫を、かつて可愛がってくれた飼い主を守るためにそれぞれの場所へと飛んでいく。
さらにはかつて悪霊であったものたち。
・
・
・
≪リエルグ≫
キルティングで出来た鎧下の上にチェインメイル。その上にブレストプレートを身につけ、グリーブ、ガントレットをつける。
騎馬がないためフルプレートは諦めて、やや軽装ではあるがこの感覚、懐かしく心地よい。
心は高揚し、思いは戦場にはせる。
「リエルグ様」
私の愛剣を捧げ持つシルビア。
そうだったな、忘れてはいけない。
騎士は戦いに己の価値を見出すかもしれない。
だがその全ては守るべきものを守るからこそ誉がそこにあるということを。
「シルビア、私は彼に受けた恩義をかえさなくてはならない」
「私もお供させてください」
「……そうだな、お前がいれば私は再び戦を求める悪霊にはなれない。後方の安全なところにいてくれ、お前を失えばまた私は悪霊に戻るだろうからな」
「ハイ、リエルグ様」
・
・
・
≪将門≫
一人のメイドを引き連れた西洋の騎士が鬨の声を上げ戦場へと疾走していく。
数多の獣の霊に囲まれた女童が空に舞う。
この世に未練を残し悪霊としえ祓われるか、魔に堕ちるか。
その二択しか突きつけられなかったものたちが不意に差し出された第三の選択肢。
この世の未練も、犯した罪さえ許され、心から冥福を祈ってくれる存在に見送られての昇天。
困窮の時に差し伸べられた手に人は恩義を忘れない。
永劫続く苦しみの中で差し出された手はどれほどの思いを生み出すものか。
彼ら全てではなくとも彼らの何割かは願った。
恩義に報いたいと。
平氏の怨霊然り、先程の西洋騎士然り、女童然り。
ただそれだけじゃあない。
かつて横島忠夫や氷室キヌに救われた怨霊、悪霊もまた然り。
黄泉比良坂から群雲の如く元悪霊たちが飛び出すのを境に黄泉比良坂から味方が出てくるのは止まる。
だがその奥底からまだ音は響く。
穢れを纏う女の声、戦装束の擦れ合う音。雷の轟音。
黄泉醜女、黄泉軍、八雷神。
伊邪那美神がかつて下した命令を忠実に守ろうとそれらはやってくる。
「ワシの出番ですかね」
大黒天殿が文珠を使用する。
その姿は神田明神に祀られている大穴牟遅神、平安時代の貴族、赤銅色の肌をした暴風神、青い肌の破壊神の姿を経て、手に武器を持った憤怒尊の姿をとる。
大黒天、大暗黒天、マハカーラ。
ヒンドゥーの三大神の一柱にして破壊神シヴァの憤怒の化身。
そして地獄の門を守る門番。
現れた門は応天門。
大貴族の伴氏が失脚する原因となった応天門の変の舞台にして伴氏が建立した氏の門。
七福神は同じく大貴族であり藤原氏に失脚させられた紀氏が作り出した大掛かりな御霊慰撫のために作り上げられたシステム。
その御霊は六歌仙。在原業平、僧正遍照、文屋康秀、喜撰法師、小野小町、大伴黒主。
伴氏(大伴氏)に大伴黒主という貴族がいたという記録はないが、これは伴氏全体を慰撫するために作り上げられた仮想の人間と聞く。
何よりその名は伴の字に大黒主、大黒天とそれに同一視された大国主の名を混ぜたもの。
故に、この応天門は伴氏の氏の門にして地獄門。
その門番と、閻魔大王、泰山府君とも習合された南極老人として祀られし在原業平、僧正遍照両伯叔父上、それにワシであればこの門を守りきることも出来よう。
「わしらも手伝うぞい」
布袋殿と恵比寿殿も文珠を使う。
布袋殿は平安貴族の青年、弥勒菩薩の姿を経た後に審判の神ミスラへ、恵比寿殿は平安貴族の男性から蛭子神へと姿を変える。
布袋殿は紀氏、恵比寿殿は文屋康秀の御霊を祀られた神。
「ワシらはちょっくら御母堂様を説得してくる」
蛭子神は伊邪那美神が伊邪那岐神に先に声をかけたが為に生まれ流された忌み子。
逆に黄泉の大女神である今の伊邪那美神であれば話を聞く位してもらえるだろうし、善神と悪神を仲裁するミスラ神の取り成しがあれば実りある交渉が期待できる。
ならその交渉が終わるまでこの場を守りきればいい。
地上のことは地上に任せよう。
この黄泉比良坂を通らずに現れた多くの増援の存在を感知しながらワシは奥に広がる闇を睨みつける。
・
・
・
≪ヒャクメ≫
神田神社から現れた援軍は一目散にかつて自分が守っていた土地に向かったのね。
でもその中に違う行動を取った一団もあった。
彼らは旧日本軍の兵士の霊なのね。
その一団はやがて二手に別れそれぞれ渋谷区と港区を目指し行進していったのね。
それと同時に、千代田区靖国神社からも同様に旧日本軍の兵士が現れ渋谷区、港区を目指していったのね。
・
・
港区赤坂、乃木神社。
旧大日本帝国陸軍の兵士たちがこの神社の主祭神、乃木希典の前に整列をする。
対する主祭神、乃木希典将軍は激怒を持ってそれを迎えたのね。
「貴様らは悪だ! 大日本帝国陸軍の誇りを汚した屑だ! 大東亜共栄圏。耳障りはいい言葉だが西欧の殖民支配から亜細亜を救うといいながら貴様らがやってきたことは亜細亜各国を日本の植民地に仕立て上げただけではないか。例え上層部がどうであろうとも貴様ら一人一人が士道を忘れなければあのような惨状を作ることはなかったはずだ! 貴様らは保護すべき隣国の民を虐殺し、敬意を払うべき文化を廃絶し、人の尊厳を踏みにじり、祖国を敗戦に追いやった負け犬だ!」
乃木将軍の一喝を微動だにせず聞き入る兵士たち。
「異議があるというのなら見せてみろ! 貴様らが祖国を、この日の本を護りたかったという意思が真実であることをわしに示してみろ! 本物の鬼畜に蹂躙されようとしているこの国を護って見せろ!」
兵士たちは敬礼を持ってそれに応えたのね。
・
・
渋谷区神宮前、東郷神社。
旧大日本帝国海軍の兵士たちはこの神社の主祭神、東郷平八郎の前に整列する。
対する主祭神、東郷平八郎は皇居のほうを向きながら静かに黙祷をささげる。
「言いたいこと、思うこと、皆それぞれあると思う。だが今一度祖国を護るために戦える誇り、ともに示さん」
こちらでも敬礼でもって兵士たちは応えるのね。
人間達と、かつて人間であった者達の戦力は整ったのね。
だけどそれだけじゃない。
この国にはもっとたくさんの力があることを私の目は見逃さないのね。