≪ミーア≫
「オラ!」
あたしの拳の一撃で悪霊が存在できなくなり、消える。
あたしは六道ケミカル近くの寺の防衛にまわされたんだが、元々六道ケミカルは南部グループの建物を流用しているから他の六道グループの社屋と違って霊的に弱い。
だからまぁ、近くの寺に避難して、あたしは中に入れないもんだから外で警備してたんだがどうにもこの寺、ナリは立派だが生臭寺だったらしく、かなり脆かった。
普通だったら中に避難していた人間は大惨事のはずなんだが。
「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ!」
社長、横島大樹の某星で白金な幽体なみの拳が親玉格の悪霊をズタぼろにしていく。
あれは並みのG・Sじゃ払えないくらいの悪霊だと思ったんだがねえ。
他の悪霊にしても、
ギンッ!
副社長、横島百合子が一睨みしただけで悪霊は他のまっとうな避難民に近寄ることすら出来ず、あろうことかそれだけで消えちまうような連中もいる。
社長秘書の黒崎とか言う男も寺の防衛に回っている自衛隊員の合間を縫うように走り回り絶妙なタイミングで補給の弾薬を渡しているので自衛隊員は弾切れの心配なく銃を乱射している。
「まぁ、あいつの両親だってんだからまともじゃないのは判ってたけどあんたら本当に霊力のない素人なのかねえ」
どちらかというと人間止めちゃってるような気すらするけど。特に副社長。
霊的格闘の師範とか魔眼持ちの魔女って言われたほうが絶対納得いくのに。
ここら一体の悪霊が一時的に祓われたのを見計らって近くの別の寺に非難することになった。
幸い、六道ケミカルにはあたしの他にも何人か人外の社員がいたからできる芸当なのかもしれないけどその中でも一番の戦力は社長と副社長。
いや、副社長と社長だった。
まぁ、あいつの身内に関して野暮なツッコミを入れても仕様がないね。
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時間は少し遡る。
横島所霊事務所においてこの一週間に姿を消したものが二人いた。
一人は愛子。
もう一人はタマモ。
皆それに気がついてはいたが探そうとはしなかった。
逃げたとは思わない。
ただ信じていた。
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≪愛子≫
「どうかお願いします」
私は目の前にいる幼女に土下座をして頼み込んだ。
「愛子お姉ちゃん。私たちが基本的に悪い妖怪だってちゃんと理解してるの?」
赤いスカートに白いブラウス、おかっぱ頭の少女であり、学校妖怪の中で最も知名度を持つ彼らのまとめ役。
花子さんだった。
花子さんだけではない。この場にいるのは。
ブキミちゃん、やみ子さん、おハルさん、れい子さん、ゆう子さん、ひとみお嬢さん、みよちゃん、やす子さん、みか子さん、お岩さん、よし子さん、三番目のリカちゃん、一郎さん、つよし君、太郎さん、次郎さん、糞かけばばぁ、痰壷ばばぁ、足売りばばぁ、メリーさん、赤マント、青マント、赤いちゃんちゃんこ、赤半纏、青半纏、赤い紙、仮死魔霊子、カシマさん、テケテケ、パタパタ、シャカシャカ、コトコト、カタカタ 、肘かけ女、ひじかけババア 、ひじ子さん 、足取り美奈子、森妃姫子、一寸ババァ、十二時ばばぁ、三ばばぁ、四時ばばぁ、五時ばばぁ、五時じじぃ、ヨダソ、紫ばばぁ、赤い紙青い紙、カミをくれの怪、メゾピアノ、眼の光るベートーベン、哂うモナリザ、歩き回る二宮尊徳、歩き回る校長像、動き回る石膏像、動く骨格標本、動く人体模型、ドリブラー、13階段の怪、異界に続く階段の怪、ムラサキ鏡、紫の亀、黄色いハンカチ、真夜中の合わせ鏡の怪、異界に続く鏡の怪、アギョウさん、トコトコ、校庭から伸びる手、体育館の首吊りロープ、プールで足を引っ張る手の怪、他にも私ですら知らない学校妖怪がそこにいた。
そして花子さんが言うとおり、その伝承の多くは学生を殺す、あるいは危害を加えたり、かつての私のように異界に引き込むもの。
学校妖怪の多くは生徒に危害を加える。
学校を愛する私にとってそれは認めたくない事実。
そして自分もかつてそうであったという紛れもない現実。
だけど、
「だけどあなたたちが学校から離れないのは学校が好きだからじゃないんですか!」
「……離れられないくらい学校を恨んでるっていう可能性は考えなかったのかな? そうだね、例えば私の伝承の一つだと、学校の先生に自慢の髪をトイレで切られて自殺しちゃったんだよ? 他にもイロイロ諸説はあるけどね。ここにいる皆は殆どそう。あなたみたいに生徒の愛情がこもった付喪神と違ってただ怖がられるだけの存在」
花子さんは瞳を緑色に光らせながら妖しく微笑む。
「私たちの怨嗟を受け止めてくれるなら手伝ってあげてもいいよ」
花子さんの手が私の首に伸びる。
「首絞め遊びして遊ばない?」
ここでイイエと答えれば彼女は手を出さない。
しかし協力も得られない。
けど、ハイと答えれば私は花子さんに縊り殺される。
だけど……。
「いいわ、遊びましょう」
途端に花子さんの手が見た目からは想像も出来ない力で私の首を絞める。
他にも髪を毟り取られ、足を切り落とされ、汚物をまかれ、わけのわからない異界に閉じ込められ、首には何本も刃がつきたてられた。耳にはひたすらピアノの音。
足は切り落とされるたびに生え、髪はむしられてもむしられても伸び、首に刺さる刃はいくらでも刺さり、首の骨は何度となく折られた。
メゾピアノの弾くピアノの音は喧しいだけで実害なかったけど。
「苦しい? 苦しいでしょう? あなたも私たちと同じになれば苦しみから解放されるわよ? 一緒に堕ちましょうよ」
耐え難い苦痛の中から花子さんの容姿に似あわない蠱惑的な甘い声で私を誘う。
楽になれる。
その甘い響きに堕ちそうになる心。
けど、その後の言葉が私の心を奮わせた。
「学校を恨めば楽になれるよ、愛子ちゃん」
学校を恨む。
それは私を大切に使ってくれた皆を、無理やり攫い偽りの学校に閉じ込めた私を笑って許してくれた高松君たちを、妖怪の私をクラスメートとして受け入れてくれた六道女学園の友達を、私に陽のあたる場所をくれた横島さん達を裏切ること。
……そんなの、青春の過ちじゃあ許されない。
私は学校が好き。
私は学校が好き。
私は学校が好き。
私は学校が……。
気がつけば苦痛は感じられなくなっていた。
私は……無傷?
「学校というのは一つの異界よ」
今まで私の首を絞めていたはずの花子さんが私に無邪気な笑みを見せる。
「校門という賽の神に閉ざされ、極一部を除けば子供しかいない仮想のネヴァーランド。故に悪意に染まりやすく、闇が淀みやすい。そこは陽気溢れる子供の世界だからこそ陰も出来やすい。私たちは悪意に侵され、淀みに浸り、噂という言霊に象られし彼らの恐怖の象徴。だけど同時に学校という存在に括られ学校の存在なく在ることの出来ない存在。恨みと愛情は物事の表裏であり、恨むと同時に私たちもまた学校を愛していた。けどあなたは違うわ。あなたは良いことも悪いことも含めて学校の全てを愛している。恨むことなく。学校という異界はそれに応えた。故に学校に属する存在は悪意を持ってあなたを傷つけられない。怨嗟や淀みに負けた私たちではね。おめでとう、あなたはたった今から私たちのリーダーよ。さしずめ夜の学校の生徒会長。何なりと命令するといいわ」
「命令……これは命令じゃなくてお願い。私の望みは今学校に通う生徒達を、かつて学校に通った生徒達を、これから学校に通う子供たちを助けて欲しい。どうか私のお願いを聞いて欲しい」
私は花子さんたちに頭を下げてお願いをした。
「いいの? 命令なら逆らわないけど、お願いなら聞くかどうかわからないわよ」
花子さんの問いに首を振る。
「私が生徒会長だというのなら私が出来るのは命令じゃない。学校をより良くして行く為の提案でありお願いよ」
「……そう、あなたはやはり横島所霊事務所の一員なのね」
「横島さんを知っているの?」
「彼に助けられた学校妖怪は多いわ。お願いだったら命令と違ってそれ以上のことをしてあげてもかまわないわよね? 知り合いの口裂け女や人面犬に声をかけてくるわ。同じ都市伝説のよしみで」
花子さんは艶然と微笑む。
私は試されていたのか。
……ありがとう、横島さん。
「それじゃあ私も知り合いのミミズバーガーと猫バーガー声を」
「それ役に立たないから」
メゾピアノの申し出は丁重に断った。
・
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・
≪タマモ≫
栃木県那須郡那須町湯元。
二度と戻りたくはないと思ったこの地に私はいる。
この地は私の墓所にして、恨みの宿る場所。
だけどこの場所でしか出来ないこともある。
再生してから数年立っても私の記憶が戻らない理由を、力が戻らない理由をずっと探していた。
かつて三国(日本、中国、インド)に並ぶものなき大妖怪であったにも拘らず、今の私は並の妖狐より少し強い程度でしかない。
だから調べた。
幸い、時間も手段も豊富にあった。
そして気がついた。
今の私は不完全なままに再生した欠片に過ぎないということを。
そこで私はかつての力を取り戻すことを一時諦めていた。
自分とはいえ今の自分と異なるものを統合して今の自分でいられるとは思えなかったから。
だけど今私はここにいる。
美作国高田(岡山県真庭市勝山)、越後国高田(新潟県上越市)、安芸国高田(広島県安芸高田市)、豊後国高田(大分県豊後高田市)。
これらをまわってかつて玄翁和尚に砕かれた本物の殺生石の欠片を取り戻すために。
一つの欠片は女だった情の欠片。
一つの欠片は怨念だった魔の欠片。
一つの欠片は狐としての私という欠片。
その三つがそろって初めて金毛白面九尾狐は復活する。
私は、今度は諦めなかった。
あの男があまりにも馬鹿だから。
私の中の本能が告げる。
あの男は極上だ、至上だ、最上だ、強さという意味でその上を望むべくもなく、扱いやすさという意味でこれ以上なく、そして、私を愛してくれるということにおいて疑いはない。
だが少し脆すぎる。
自分以外を愛しすぎるあまり、自分の心や体が欠けるより、他者の命が欠けることによりダメージを負う。
故に、あの極上の獲物を逃さず、欠かさず私のものにするには力がいた。
だから失われた自分を取り戻す。
横島やカオスが言っていた言葉を信じて。
「大切なものは忘れない」
そして私は眠りについた。
魔に堕とされた私が言う。
「人間に復讐せよ!」
私はその言葉を受け止め、否定する。
「それは私の意思じゃないわ。私を魔に堕としめた人間が作り上げた虚像。私を堕としめた人間の思い通りになんかならないで。私たちが堕ちれば奴らの思い通りよ」
男を堕落させる妖婦の私が言う。
「男をたぶらかし、骨の髄までしゃぶりつくせばいいじゃない」
私はその言葉を受け止め、修正する。
「そんなことをしなくても応えてくれる男はいる。誑かされた男よりも、自分の意思で愛してくれる男のほうがずっと魅力的よ」
私であり、私でない二人に今まで横島や、横島の回りにいた人間達がわたしにくれたものを二人に見せる。
それはかつての私が魅了させた男達が差し出す宝物なんかよりずっと価値のある私の宝物。
その宝物を見る二人の瞳が輝く。
それはかつて私たちが求め止まなかったもの。
そしてとうとうかつての私が手に入れることが出来なかったもの。
その輝きに魅せられた二人は口々に文句を言う。
「「自分ばかりずるい」」
訳せばつまるところのこんなもの。
私が、私たちが望んだものがここにあるなら無理をする必要はない。
だから私は私たちに提案する。
「一緒に、生きましょう」
口々に文句を言うのは素直でない証拠。
彼女達も私なんだ。
そして意識は覚醒する。
「Solomon!! I have now returned! (ソロモンよ、私は帰ってきた)……不覚、私までヒノメの影響を受けるなんて」
ちょっと自己嫌悪に陥りながらも残る時間を三つに分かれてしまった魂の統合にあてる。
私が一人救えば横島の心はそれだけ欠けない。
その分の横島を貰ってしまったってそれは正当な取引というものだものね。
本来の力と姿を取り戻した私の微笑はそれだけで男を魅了する。
この場に男がいないのが僥倖だ。
「とりあえず目下の敵はリリシアね。悪女タイプの女は二人いらないわ。淫魔の王女? 上等よ。天狐、空狐にも匹敵する金毛白面九尾大妖狐の力、見せてやろうじゃないの」
それは何か違わない? と自分の中の自分が突っ込みを入れていた。