≪ゲソバルスキー≫
「コスモプロセッサのおかげでどうにか復活を遂げましたか。すぐにでもあの男に復讐を果たしたいところですが正面から当たるのは避けるべきですね。人質をとっても無駄に終わってしまいますでしょうし。まぁあの男の身内を殺せば少しは溜飲も下がるでしょう」
あの男、横島忠夫。
その身内が死ねば……。
美神令子も悲しむ。
ならば、ならば俺の騎士道がとるべき道は一つ!
「あああぁ!」
大上段から振り下ろした大剣の一閃は僅かにかわされタコ禿の杖を握る右腕を切り落とすにとどまった。
「気でも違ったかゲソバルスキー!」
「正気だ。貴様に造られてこのかた一番まともだと言い切れるくらいにな!」
再度切りかかる俺の大剣が大剣に止められる。
俺とは別のゲソバルスキーの大剣によって止められる。
「あなたが私の脚の一本に過ぎないということを忘れましたか? ふむ。面白い趣向ですね。欠陥品はさっさと始末することにしましょう」
俺の剣を止めたゲソバルスキーの他に6体のゲソバルスキーが生み出された。
俺と同じゲソバルスキーを使って俺をなぶり殺しにするつもりだ。
下種のタコ禿が考えそうなことだが同じスペックだけに分が悪い。
だが、俺はこの期に及んで笑っていた。
「騎士として創造したあなたかこのような不忠を働くとは思いませんでしたよ」
嫌味に笑うタコ禿を俺は逆に嘲笑う。
「武士と違って騎士の鞍替えなんてそう珍しい話じゃないさ。同じ封建制度でも侍は主君に対して忠を尽くすが騎士は国に対し忠を尽くす。故に侍は二君に使えることを恥とするが騎士は違う。てめえのような下種のタコ禿を主とし、下種な黒騎士なんていう望まぬ封(生地=生命)を与えられたことに対する忠義よりも最高にいい女を主とし、己が望む封(死地=死に場所)をくれた上に俺の死を侍に例える名誉をくれた女に対する恩義に報いるほうが億万倍価値がある。この日本って国はその女、美神令子の故郷だ。てめえみたいな下種を野ばなしにゃあ出来ねえんだよ!」
「下らないですね。ゲソバルスキー達、その欠陥品をさっさと処分しなさい」
死して屍、拾うものなしってか。
タコ禿に向かう俺。
その俺を止める俺の分身たち。
「どけ! 同じスペックだからってなぁ。下種の操り人形なんぞに止められるわけにゃあいかねえんだよ!」
俺の体は俺と同じ姿の兄弟達に飲み込まれていった。
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≪将門≫
江戸総鎮守神田神社。通称神田明神。
関東一円の守護を任されしこの神社にも夥しい悪霊の群が襲い掛かる。
この神社を守る結界もいつまで持つかはわからない。
今は結界にかかる負荷を減らそうと人間の兵士や五月、それからおキヌが結界の外に出て奮戦しているが矢玉は何時か尽き、おキヌの霊力も長くは続くものではない。五月は武蔵坊が振るいし岩融の大薙刀を振るうが数の前にいずれは倒されるだろう。
そうなればこの神社に避難させている多くの氏子達も無事ではあるまい。
江戸総鎮守が落ちれば関東一円の霊的結界も要を失い瓦解してしまう。
そうなる前に手を打たねばな。
数に対するは数。
「宮司よ、この場は頼む」
「公はどちらへ?」
「なに、わしにしか出来ぬことをしにいくまでよ」
さて、いかに関東一円が死霊の王とはいえこの身に耐え切れるかどうか。
「将門公。私達もお供させてくださいませ」
宮司と話しているところに現れたのは何人もの黒い巫女装束の巫女を引き連れた赤い巫女だった。
「お前は? ……お前達は鎮魂の巫女、吉原の花魁か」
「はい。お初にお目にかかります。私は当代の陰の巫女を束ねさせていただいております東雲龍華ともうします」
「和魂のワシが会うのは初めてだったな。長きにわたりワシの荒魂を慰めてくれたこと嬉しく思う。……ワシがこれから何をするかわかって申しておるのか?」
龍華は真剣な面持ちで答える。
「将門公は関東一円の陰の王なればそのお助けをするのも穢れを慰撫するも我ら歩き巫女をその祖とする花魁の役目にございます」
陰の巫女の助力があればあるいは。
「ついてまいれ」
ワシの後ろを龍華を先頭に巫女達が静々とついてくる。
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死はどこにでもある。故に本来これはどこにでもあるものだろう。
だが事実としてこれはここにあり、ここ以外にも出雲にも、熊野にも、比婆山にも、京にも、奈良にも、日本中にこれはあり、それぞれ神社がこれを鎮めている。
どこにでもあるそれを現し、鎮めるために神社が置かれているのだろう。
神田神社もそうであるし、ワシが関東一円の死霊の王と呼ばれる由縁がここにある。
黄泉比良坂(よもつひらさか)。
そして千人所引磐石(ちびきのいわ)。
日の本の生と死を隔てる根幹であり、この世とあの世を繋ぐ場所。
この大岩をどかせばこの世とあの世の境は消え、死者が現世へと黄泉還る。
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≪美智恵≫
ヒャクメさまのかき集める情報を元に作られた戦力分布図。
敵、霊団は主に都市部を攻撃しているので特に東京と大阪、名古屋の密度がとんでもないことになっている。東京は日本の首都であるし、大阪、名古屋は都市を守る結界、町を製作された時に作られたそれが東京や京都、奈良、あるいは京都に似せて作られた津和野町のような風水都市に比べても緩い。
三都だけで全体の5割近い。
だがそこにだけ戦力を集中するわけにも行かない。
各地方都市を襲う霊団にしても通常であれば特S級の霊障に違いない。
現状、プロメテウスさまの限りなく正解率の高い予言と、ヨーロッパの魔王とすら呼ばれたドクターカオスの頭脳。リアルタイムでもっとも正確な情報を集めるヒャクメさまと、それを各地へ即座に、霊波ジャミングや電波障害を無視して送ってくれるユリンちゃんの能力でどうにか大きな被害を出さずにいるけどそれもどう考えても手詰まり。
オカルト兵器や自衛隊の矢玉が尽きたところで戦況は悪化し、そのまま加速度的に状況は不利になる。
それが現状もっとも信憑性のある私の予測。
だけどそんなことでは諦めきれない。
「敵、霊団増加なのね~。周辺諸国の悪霊や妖怪が陰気を集めすぎた日本を目指して移動中。その数6134万とんで214。現在国内で暴れてる霊団と合流した場合、予測総数8623万4825±100なのね~」
ヒャクメ様は努めて冷静な、それでいていつもの間延びした口調で絶望的な、そして正確な情報を報告する。
対応策などない。
450倍近い戦力差をどうして埋められようものか。
それでもどうにか立て直そうとする私に天恵が下された。
「美智恵殿。10分後に全ての兵を下がらせたまえ。補給をしてもらう」
プロメテウスさまがその天恵をもたらした。
「そんなことをすればすぐにでも戦線が崩壊してしまうわ」
「大丈夫だ。何故ならもうすぐ増援が来る」
「どこから? それにチョットやそっとの増援じゃ焼け石に水よ」
「安心したまえ。個々の能力では若干劣るかもしれんが増援はおおよそ1億」
プロメテウス様は心底嬉しそうに微笑んだ。
「これだから愛しいのだ。ゼウスの命に逆らおうとも、永劫にも近い苦痛にさいなまれると知っていても人間に肩入れをすることを止められない」
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≪将門≫
「小次郎、いかにお前が関東平野が死霊の王とはいえ一人で千人所引磐岩を動かすのはちぃっと無理があるんじゃないかのう」
ワシに声をかけたのは寿老人どのだった。
他の七福神も揃っている。
「その名が現すとおり、チョットやそっとじゃ引けんぞい」
「寿老人殿、福禄寿殿」
「横島殿に文珠を貰っての、何、使いどころは今しかなかろう」
【回/帰】と刻まれた文珠が光ると寿老人殿と福禄寿殿の姿がぶれる。
それは赤ら顔の柔和な老人であり、厳しい顔の老人であり、杓を持った憤怒尊であり、それらが入れ替わり立ち代りその姿に重なると最終的には狩衣を纏った青年と、袈裟を着た僧の姿をとった。
「この姿が一番しっくりくるな。寿老人は南極老人、北斗真君、閻魔王、泰山府君。その信仰により根源たる力は変われども、私の根源は在原業平。藤原氏を呪いながら生きた者であり、何より横島殿の友であることがわが誉れ」
「さて、小次郎殿。共に桓武帝の血をひきし宿縁にして我らもまた人の寿命を司る死の神にして冥府の王。我ら三人の力合わせれば千人所引磐岩といえども動かすことは容易いでしょう」
「在五中将、僧正遍照。伯叔父上たちの力をお貸しくだされ」
「もちろんだ」
在原業平伯叔父上と、僧正遍照伯叔父上の助力を得て、少しずつ千人所引磐岩が動き出す。
そしてついに黄泉への道が開かれた。