≪美衣≫
「こら美味い。こら美味い!」
横島さんは記憶をなくしてからこちら、入院をしていましたが身体的な異常はありませんでしたし、あまりベッドを占領して他の入院患者の方に迷惑をかけるのもあれだからとこのほど退院をされました。
白井総合病院は今では珍しい患者のために出来ることは何でもするというスタンスの病院だから。
だって、現代医療を至高としているにもかかわらず必要とあれば患者さんのために病院がG・Sを雇い、院長自ら状況説明をしているような病院ですもの。
ともあれ、退院した横島さんの面倒は事務員の愛子さんと私がみることになりました。
……あれから、ジルさんもリリシアさんも事務所には現れません。
五月さんも若干とはいえ神気を持っているので遠慮してもらっています。
私達妖怪に関しては横島さんは過度の反応を示さない、今までのように私達が妖怪であることを忘れているような態度で接してくる。
いえ、むしろ今まで以上に親しいというか、横島さん自身が以前より歳相応の雰囲気になって、落ち着いた感じではなくどこか軽い調子で私達とおしゃべりに興じてくるのでうれしくはありますが、このまま横島さんが戻られないのではないかと思うとやはり不安です。
ケイやヒノメちゃんは今まで以上に横島さんにかまってもらえるからご機嫌ですが、隣にジルちゃんがいないのがどこか寂しそう。
でも私はこれでよかったと思っている。
戦ってばかりいる横島さんにも休息は必要だから。
普段はまともに休息を取らない人だから。
「いやぁ、美味かった。美衣さん料理が上手っすね」
「あら、化け猫ですもの。他のお料理ならいざ知らず魚料理ならこれでも一家言ありますわ」
「ちょっと横島さん。私には何も言ってくれないわけ?」
「ごめんごめん。愛子が作ってくれた味噌汁もうまいって」
「男の人に真心を込めて作ったお味噌汁をおいしいって言ってもらう喜び、あぁ、青春ね」
愛子さんは感極まったかという感じで涙を流しながら青春を謳歌しています。
……その青春は少し偏ってはいませんこと?
「ところで横島さん。記憶のほうはどうなの?」
「ん~、さっぱり」
あまりダイレクトに聞くものではないんですけどね。
幸い、横島さんは目覚めた当初のことには記憶があいまいだったようですけど。
ケイとヒノメちゃんがいないときにそれは起こった。
それはとても幸運だった。
愛子さんと横島さんが他愛もない話に興じていたときにそれは起こった。
それはとても不幸なことだった。
闇は突然舞い降りた。
闇の発生主、横島さんは何も言わずに窓から飛び出す。
私と愛子さんは震える体を自分の腕で抱きしめる。
ただ、漠然と理解した。
横島さんの短すぎる休息は突然終わったことを。
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≪令子≫
「エミ、冥子、大丈夫?」
「今のところはね。あたし達が三人がかりで倒せないってことはあいつ、相当高位の魔族、多分ワルキューレクラスなワケ」
「令子ちゃんは大丈夫~?」
また巻き込んだ。
除霊中突如乗り込んできた魔族のために除霊は中止。
対象だった悪霊は魔族の気に当てられてそいつの配下に成り下がった。
濃密な魔力は東京中の悪霊たちを呼び集め、巨大な霊団、横島さんが六道で祓ったそれを凌ぐ霊団となってこちらに襲い掛かる。
これに魔族が加わっていたら私達はとっくに殺されていただろうが。
フルーレティと名乗った悪魔は思い出したかのように時折雹を降らせるだけで後は私達が霊団相手に苦戦するのを楽しんでみているだけだった。
もっとも、その雹はグレープフルーツ大で、当たればそれだけで戦闘力を奪われかねないのだが。
「この霊団さえなければ撤退できるのに~」
横島さんからもらった文珠があるから戦略的撤退はたやすい。
けど今逃げたら被害がとんでもないことになりそうだし。
魔族は派手な行動ができなくともこの霊団だけでとんでもないことになる。
だけど、そこに闇が舞い降りた。
「……誰だ? 俺からまた奪おうとする奴は」
闇の名前は横島忠夫。
今もっとも会いたくて、顔を合わせ辛かった人の名前。
絶対の守護者ではなく、絶対の殲滅者がそこには立っていた。