≪横島≫
アシモト首相の開戦宣言と同時に行われた全世界に協力を求める声明に真っ先に答えてくれた国賓を迎えるため、成田空港へと足を運んだ。
それは近くのアジアの国ではなく、遠く大西洋から来てくれた。
「横島卿、オ久しブリです」
「キャラット王女、良くいらして下さいました」
「横島卿はザンスの親善大使、マシテ二度もザンスを救っテクダさった救国の英雄。その母国の窮地に駆けつけるのはオウゾクとして当然のことでございまショウ。我がザンスの精霊騎士100名。及び、ザンス王国王女キャラットと、ザンス王国永久客将、英雄の精霊獣シャルム、横島卿の貴下に加ワリます。ソレト、お婆様カラもカナラズ力になると伝言ヲ承りマシタ」
キャラット王女に礼を言うと、シャルムが前に出てきた。
「横島卿、久しぶりです」
「久しぶりだな、シャルム。ニルチッイさんとは仲良くやっているか?」
シャルムの肩にはニルチッイさんが止まっている。
チャーター便だからこそだな。もしかしたら飛行機といっしょに飛んできたのかもしれないが。
「もちろんですよ。今度の戦いが終わったら京都まで数百年越しの新婚旅行でもしようかと思っているところです」
相変わらずの俗っぽさに苦笑する。
「カオス、俺の友人に頼んで作ってもらったんだが」
カオス謹製の等身大ニルチッイさん(以前一度だけみた映像を文珠で再現して似せてもらった)エクトプラズムフィギュアを大型のスーツケースから取り出す。
……絵的にはまるで誘拐か死体遺棄みたいなのはこの際放っておく。
「ママー、あのお兄ちゃん大きいお人形さん持ってる~」
「シッ! 見ちゃダメよ。あれは『大きいお友達』と言ってとっても危険な生き物なの。近寄ったらダメよ」
……サングラスしてきてよかった。
って言うかシャルム、お前のために作ってもらったって言うのに腹を抱えて笑うな!
「……後頭部にある穴の中の止まり木にニルチッイさんが止まると……何か説明する気が失せた。危険は無いから止まってみてくれ。それとシャルム、いい加減笑うのやめい!」
シャルムに突っ込みを入れてるそばで、ニルチッイさんが止まり木に止まる。
ファイヤーオン!
……いかん、ヒノメちゃんの影響を受けたか。
だいたい、ニルチッイさんのどこが某偉大な勇者なんだ。
雪之丞と被るじゃないか。
……あ、サンダーなところか。
「すごい、まるで自分の体みたい」
ニルチッイさんが止まると後頭部の穴はスライド式のシャッターに閉じられ、髪に隠れるとまるっきり人間のように見える。
ニルチッイさんは自分の体の動きをチェックしながらエクトプラズムの体を動かす。
「俺の心見と同じように式神、東洋の術式で術者の使役する精霊獣のような存在をを作るのと同じような肉体を作ってもらったんですが、違和感はありませんか? 式神と違って術者がいないために少し大きめの人形になってしまいましたが」
「はい。感覚に大きな違和感はないと思います。なにぶん数百年ぶりのことなので人型の体を動かすことに多少の認識の違いはあるみたいですがこうして言葉もしゃべれますし。横島卿、感謝いたします」
「おぉ~! ニルチッイ」
ニルチッイさんに抱きつきキスの雨を降らそうとしたシャルムはニルチッイさんのショートアッパーに迎撃された」
「人前でそういうことしないで下さい。恥ずかしいです」
褐色の肌でも分かるくらい顔を赤くしたニルチッイさんとキャラット王女にお小言を言われるシャルムに苦笑しながらそれを見守った。
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【Rabbit's nest】は基本的に年中無休。
しかし、いまはClosedの看板と共に、一週間の休業の紙が張ってあった。
「マスター達ならいないわ。四国に行ったから」
声をかけてきたのは霧香さんだった。
「八咫君は京都、奈良、滋賀、長野、鳥取、香川、福岡を飛び回って愛宕山、鞍馬山、比良山、彦山、大山、秋葉山、飯綱山、白峯をまわっている。巽君は祖父を頼って竜宮に、他のメンバーもそれぞれなじみの妖怪たちの元へ向かったわ」
「そうですか」
「あなたは助けを求めにきたの? それとも」
「警告だ。俺は事件の中心にいる。一番情報を持っている。故に、逃げるにせよ、抗うにせよ情報は必要だろうと思ってな」
「どうして? どうしてあなたは私たちを頼ってくれないのよ! あなたが強いことは知っているけど……」
俺は霧香さんに力無く首を振ることで答えた。
「最近気がついた。いや、前から分かってたことなんだが目をそらしてたんだな。俺はものすごく弱いんだ」
俺は苦笑しながら霧香さんを見る。
「昔、俺が今ほどの力が無かった頃は誰かにいつも頼りっぱなしだった。頼って頼って、その結果……。……俺は弱い。もう一度誰かを頼ってそれを失えば二度と立ち上がれなくなるかもしれないくらいに。だから頼らないんじゃない。頼れないんだ」
「横島さん……。いいわ。情報を頂戴。私たちはただ私たちのなすべきことをするだけだから」
俺は霧香さんに知る全ての情報を渡すと、猪笹王、ヴィスコムに情報を託し、全ての準備を終える。
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≪ルシオラ≫
「ヨコチマ~今度は格闘ゲームで勝負でちゅ」
「ゲーム猿、もとい老師に鍛えられたこの俺に格闘ゲームで勝とうとは10年早いわ」
「うぬぬ~負けないでちゅよ!」
パピリオは口で言うほどの対抗心を持っているわけでもなく楽しそうに横島とゲームに興じている。
横島忠夫。
この家の主で、私たちの保護をしている人間。
とてもそうは見えないが、神、魔、人の混成軍の総指揮官であり、その中でも最強の戦士。
私たちはスピード、パワー、タフネス。そういった数値で表せる能力で言えば私たちは混成軍の中でもアモン大佐や、一種の憑依状態のために能力を出し切れないガブリエルに次ぐ位の力はあったし、眷属や幻術、麻酔、毒、リンプン、機械制御といった能力もある。逆天号という兵鬼もあった。
しかし、いくつもの神族や魔族の拠点を潰した私たちはもっとも脆弱なはずの人間に敗れた。
そのことは良い訳はしない。
ただ、思ったことは三界の中でもっとも戦いが上手いのは人間界なのではないだろうか? ということだった。
その中でも異色の彼は人間でありながら下級とはいえ神・魔に等しい能力を持ち、上級神・魔を打倒しうる力を持ち、そのくせ脆弱な人間に殺されうる存在。
私たちの所業を考えればどうあっても処分は免れない。
たとえ土偶羅様の司法取引があったとしてもだ。
だが、私たちは拘束もされずにここにいる。
記憶の混乱を起こしていた私たちにアシュタロス……様のことを教えてくれた。
それは悪意や憎悪に歪められないありのままの姿だったのだと思う。
現段階で私たちの今後の生活を彼が保障してくれている。
忙しいはずなのにこまめに顔を出して、それは警戒ではなく私たちを心配してのことだというのは容易に知れた。
パピリオはまるで本当の兄妹のようにすぐになつき、横島忠夫も本当の兄のようにパピリオに接している。
シロちゃん、タマモちゃん、ケイ君、ヒノメちゃんといった友達も出来た。
彼の親友だというドクターカオスの診断に寄れば1年間という寿命の制約も、命令違反による死の危険も取り払われているらしい。
未来に対する不安はない。
私たちを創造したというアシュタロスさまに関する記憶が無いのは少し悲しい気もするが、この先姉妹で仲良く暮らしていけるのならそれも我慢できる。
だけど不安は残る。
不安の元は私の隣で横島忠夫に複雑な視線を送る妹のベズパ。
このまま何も起こらねば良いのだけど。
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「やっぱり」
「ね、姉さん。どうしてここに」
木立の陰から現れた私を見つけて驚くベスパ。
「何となく、あなたが今夜出て行くような気がしたからよ。考え直して、ベスパ。私のことは良い。あなたについていってあげることも出来る。だけどパピリオはどうなるの? せっかく友達も出来たというのにここであなたに出て行かれたら」
「わかってる! 分かってるけど自分じゃ抑えきれないんだよ。あの方を独りにしちゃいけない。アシュとロス様の傍に誰もいないこの状況に耐え切れないんだ」
「考え直して! ベスパ」
「邪魔をしないでぇ!」
駆け寄ろうとする私に放たれるベスパの霊波砲。
それは私でも致命傷を負う威力があった。
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≪ベスパ≫
とっさに放ってしまった霊波砲。
それは感情の昂りにまかせて全力に近いものだった。
「姉さん!」
光と土煙が立ち上るそこへ近づく。
今のは致命傷のはず。
私が姉さんを殺してしまった。
駆け寄る。
しかしその先には。
「3枚貫かれたか。流石」
横島忠夫が姉さんを霊力で生み出した盾で守っていた。
横島忠夫は盾を消すと私に近寄る。
身動きの取れなかった私の額をコツンと軽く小突く。
「気持ちは分かるがあまり逸るな。大切なものをなくしてからだと後悔も出来ないぞ」
「あ、あの、横島さん。このことは私の責任です。だからベスパとパピリオは」
「姉さん! 悪いのは私だ。横島忠夫、責任は私にある。私はどうなっても良いから、だから姉さんとパピリオは……」
詰め寄る私たちに横島忠夫は苦笑でかえした。
「理由は聞かないけど【姉妹喧嘩】はほどほどにな」
手をヒラヒラと振って歩み去る。
私が脱走することを知ったうえで待ち伏せ、ただの姉妹喧嘩ということで処理してくれるつもりらしい。
横島忠夫はふと足を止めた。
「アシュタロスの望みは教えたとおり自分という存在を抹消し、自分が永遠に死ぬことだ。けど、俺はあいつのことを嫌いになれないし、あいつが死ねば悲しむ奴が4人いる。だから俺はあいつの望みをあいつの願いとは違う形で叶えてやりたいと思っている。この戦いが終わるまで、俺を信じてまっていて欲しい」
少しだけ振り返って微笑むと、横島忠夫は家の中へと入っていった。
「ベスパ……」
「ゴメン。姉さん。謝ってすむことじゃないけど」
「そのことは良いわ」
「……うん。横島忠夫に借りが2つも出来ちゃったし、今は我慢するよ」
胸の中を駆け巡っていた狂おしいまでの激情は、今はすっかりと静まり返っていた。
・
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≪横島≫
事務所の中に入ると、バンダナから心見が実体化する。
「どうしたんだ? 心見」
「ほれ」
心見は自分の胸をポンポンと叩くジェスチャーをした後、片腕を広げて何かを待つしぐさをする。
意図をつかめぬ俺に苛立ったのか俺の腕を強引に引っ張ってかがませるとその薄い胸に俺の頭を抱きかかえた。
「おい、心見。どういうつもりだ?」
「兄者、相変わらず愚鈍だな」
何か酷いことをいわれる。
しかも心底呆れたような声で。
「横島エミ、お前の妹が言ったことを忘れたか? 女の胸が前に出っ張ってんのは、泣きたいときに泣けない馬鹿な男の泣き顔を隠すためにある、と」
「……隠れるほどの起伏がないぞ?」
「こんなナリに創造した兄者が悪い! ……まぁ、完全には隠れないが今はこれで我慢してくれ」
軽く小突かれた後、優しく後頭部を叩かれているうちに涙がこみ上げてきた。
「守れた。今度は守れた……」
心見は俺の涙が途絶えるまで、そのまま俺の頭をまるで母親のようにポンポンと叩き続けてくれた。
「あ~あ、こんな若い娘に泣かされちゃった」
「冥華殿の物真似か? 恐ろしいほど似てないぞ」
照れ隠しで場を濁そうとしたのが不満なのか心見はやや不満そうだ。
が、急にまるでチェシャ猫をどこか彷彿とさせる笑みを一瞬浮かべた。
まずい、危険な兆候だ。
「なるほど、やはりこの未成熟な青い果実の胸で泣くのはロリコンの兄者でも恥ずかしいか」
「チョット待て! なぜ急にそういう話になる。っていうか俺はロリコンじゃない!」
「何を言う。いつも私やジル殿、シロ殿、タマモ殿、ヒノメ殿を侍らせて悦んでいるではないか。今日もパピリオ殿と密室で幾度となくお楽しみであっただろう」
「侍らせてねえ! 悦ぶの字が違う! パピリオとはゲームをしただけだ!」
「空港でも『大きなお友達』とその本質を見抜かれておったではないか」
「だから俺にそういう危険な性癖はない!」
「……兄者の前世、高島殿が惚れろと命じたのは生後10日のメフィスト殿だったな」
そ、それは覆すことの出来ない事実だけど。
「兄者自身の初めての恋人も0歳のルシオラ殿であったな」
グ……。
「し、しかし結婚したのは年上の……」
「美神令子は確かに戸籍上年上であったが忘れたか? 一度アシュタロスに殺されて魂を宇宙の卵に放り込まれておったな。あの時点で美神令子はあの世界から完全に抹消されたわけだ。コスモプロセッサで復活したとはいえアレは厳密に言えば生まれ変わり。だとすれば結婚当時の年齢は2歳だな」
心見が可哀想なものを見る眼で俺を見つめる。
「お、俺はロリコンじゃない。ロリコンじゃないんだー!」
心見の視線に耐え切れなくなり、まるで昔に戻ったように喚きながら手近の木に頭をぶつける。
心見はそんな俺の肩に優しく手を置いた。
「兄者、安心するが良い。兄者が年齢一桁前半の女にしか発情できない筋金入りの真性ペド野郎でも心見は兄者の味方だ」
「ちっが~う!」
今日一番の絶叫は夜の闇に吸い込まれていった。