≪横島≫
「やぁ、久しぶり、不可解さん」
そういって差し出された手を何の迷いも無く握り返した俺にプロメテウスは何とも言えない複雑な表情を作った。
「君は、少しは警戒するってことをしないのかい? あの部屋から出た私の【観る】力はそれこそあの時の比ではない。こうして傍によるだけでも君の心を読んでしまうかもしれないというのに、まして握手に応じるかね?」
「あぁ、そう言えばそうだったな。でも、友達にヒャクメさまがいるし今更といったら今更なんだが」
後ろから『ひどいのね~』という声が聞こえたので苦笑してみせる。
「それに俺は『不可解さん』だし」
「なるほど。まぁ、そのことは良い。私も君の手助けが出来るんじゃないかと思ってこの姿で出てきたよ」
出ようと思えばいつでも出られた。プロメテウスはそういって笑った。
「勿論だ。あなたの手助けがあれば被害はぐっと少なくなる」
俺がにやりと笑うと、プロメテウスも唇の端を持ち上げて笑った。
少しだけ、君のことが理解できたと前置きするプロメテウス。
「君は、人類史上稀に見る暴君だな。それに、悪人だ」
「あぁ、でも不思議とそうは思われない」
プロメテウスは俺の胸をトンと叩いた。
「誰かを守りたいという君の我侭、犠牲を出したくないという君の我侭、それを成し遂げようとする君の悪。それこそ私がいま望むことだ。だが、それを得るための犠牲が君自身に集約されるという悪を私の悪は許さない。悪とは、誰かの望みを押しのけてでも自分の望みを通すこと……」
「あなたがあなたの悪を押し通すなら押し通せば良い。幸せになりたい人は幸せになれば良い。幸せになるべき人は幸せになれば良い。でも、俺は自分で自分の地獄を歩む。自分の足で、自分の望みで」
「君は、自己嫌悪、自己否定、自己犠牲、自己満足、自己完結。君はそういったものに囚われ、自らの世界の中だけに経過を求める。なのに全ての結果を世界に還元する。自分の中の世界だけ生きる意味を見出しているはずなのに……やはり私には君が理解できない。……それが当然のことなのかもしれないが」
「まぁ、自分自身のことだって良くわからないのが人間だからね」
今度は俺がプロメテウスの胸をトンと叩く。
「俺とあなたの悪が合致しているいまはこのままで良いんじゃないですか? 袂を分かつときのことを考えても仕方ないですし」
「それもそうか」
プロメテウスに知られ、彼を迎え入れた。
でも、それでも良い。
俺の望みは妨げられないし、彼のおかげで被害は減る。
・
・
「俺のこの手が光って唸る。お前を倒せと輝き叫ぶ。砕け、必殺、シャイニングフィンガー!」
「俺のこの手が真っ赤に燃える、勝利を掴めと轟き叫ぶ。爆熱、ゴッドフィンガー!」
二つがぶつかり合ってほぼ相殺されるが、それでもこちらのほうが押し勝ち相手の体制が崩れる。
「愛と怒りと哀しみの~、シャイニングフィンガーソード! 面、突き、胴ー!」
いや、実際には面だけなんだが。
ともあれ俺の霊波刀が雪之丞の頭髪に触れるか触れないかというところで寸止めし、勝負はついた。
大喜びをするのはヒノメちゃん。すっかり、ロボットアニメの真似事に味をしめたな。
それにパピリオ。
ルシオラとベスパは少し呆れたような表情でそれをみていた。
結局、あの三人は俺預かりとなった。
拠点の生き残りの神族、魔族はその決定を不服としたが理を説き、脅し、宥め、権力を行使し、根をまわし、この造反が終わるまでの間は俺が彼女たちを保護し、その後は神族、もしくは魔族のどちらかを本人達に選ばせて一定期間の竜神王、もしくはオーディンの保護観察の後に無罪放免となることを【確約】させた。
これで最低限、彼女達は終わったあとの世界で生きていける。
確約を得た以上結果は覆らないから。
三人を保護した俺は三人に経緯を全て話した。
三人の記憶に無いアシュタロスのことも含めて全て。
幸い、アシュタロスに関する記憶が無いせいかそれなりの葛藤はあったものの、自分の現状を受け入れてくれた。もっとも、ベスパだけはまだわだかまりを抱えているようだが。
そして俺は普段と変わらない生活をしている。
俺個人の準備はすでに15年近い時間を掛けて終了している。
宇宙意思の後押しもあるわけだし、9割方失敗は無いだろう。
残りの一割は、現時点で宇宙意思がアシュタロス以上に俺を異物と認識しないかどうかにかかっているわけだが。
今は彼女達の精神状態を少しでも改善するほうに当てたい。
そして本の数日間ではあるが、彼女達の存在を俺に刻んでおきたい。
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・
まぁ、だからといって人間代表、そして混成軍の総指揮官としての立場もあるわけだから、何もしないというわけにもいかない。
「……以上を持って、我々は魔神アシュタロスの宣戦布告を受け、戦争状態に突入することを宣言します。神族、魔族の援軍に合わせてわが国のゴーストスイーパー、及び自衛隊の全力を持ってこの状況を打破し、この困難を乗り切る所存です。国民の皆様は無用な混乱を避け、有事の際には自衛官の指示に……」
アシモト首相の演説は続く。
いまの俺はガブリエルさまやアモン大佐、美智恵さんと並んでそのTV中継の画面に映るのが役割。
だが、侵入者がいる。
霊波迷彩服を着込んでいるようだが二人発見しやすい人間がいる。
片方は見知った人間だ。
そしてその存在に感づければ、かつての教訓を生かし、それ以外の存在を感知する。
それに無機物の陰に隠れても、ユリンは生物の陰を見落とさない。
数は8人。
うち、一人は味方であると信じている。
任せよう。
アシモト首相の長い演説が終わり、TV放映が終わったその瞬間銃撃が起こる。
バタバタと倒れその姿を現す兵士。
アシモト首相にSPが駆け寄る。訓練されて入るが致命的に遅い。
敵で、俺たちがいなかったらアシモト首相は殺されていたぞ。
「やぁ、お久しぶりです」
姿を現し、SPたちに銃を向けられるがそんなものは気にも留めず俺にあいさつをする。
「ヨハン!」
「……その名で、呼んでくれるんですね」
ヨハンはほんのわずかに嬉しそうに微笑んだ。
「君の知り合いかね?」
「えぇ、仕事中に知り合った戦争のプロです」
「君の目的は? それにこの兵士たちは?」
「目的は就職活動ですかねぇ。彼らはどこぞのありとあらゆる戦争で自分達が主役でないと気がすまない、そのくせ負けると国民全体で落ち込む困ったチャンな国の、その中でもとりわけ独善的で思慮の浅い人間が独断ではなった兵士ですよ」
アシモト首相に一枚の紙切れを渡す。
銃口は完全に無視しているな。
「この襲撃を指示した人間の政敵へのホットラインです。そこを通せば同盟関係に罅をいれずに一方的に貸しを作れます」
「なぜこれを?」
「なに、サービスですよ。さて、実を言うと襲撃を計画しているのは一つではありませんでして、例えば他宗教に極めて狭量な宗教団体の中でもとりわけ強硬な一派、これは複数ありますねがここが一番強行かな? 他には、日本が戦争状態に入ることに無駄なまでに拒絶反応を起こすアジアの複数の国家ですとか、後、自分の宗派の教祖が例の神託を受けることが出来なかったインチキカルト教団なんかは悪魔の手先扱いですし、悪魔崇拝の一派とか、終末思想の一派とか、神族と魔族が共同戦線を張るのが気に入らない団体さんとか、この国にも自衛隊とか警視庁に顔が利く国粋主義者団体の一派なんかはわけのわからないG・Sなんて職種の人間が国を動かすのは気に入らないって思っているようですし、雑多取り混ぜてイロイロいますよ」
ヨハンは指折り数えて教えてくれた。
その内のいくつかは美智恵さんも把握していたが流石に餅は餅屋というところか。
後半はアシモト首相の顔色を悪くしたが。
「そこで相談なんですが、私を雇ってはくれませんか? 秘密裏に。ゴミ処理役が必要でしょうし」
進んで汚れ役を買うというヨハン。
「しかしそれくらいなら俺が」
ヨハンは俺の唇に人差し指を当てて黙らせた。
「あなたが汚れられる人だというのは分かりますよ。あなたは他人を汚すくらいなら進んで自分が汚れる人だ。だけど今のあなたは汚れちゃいけない。何故ならあなたは全ての人間の代表で、これから起こる祭り(戦い)の神輿(シンボル)なんですから。神族や魔族に任せてもいけないそれはあなたにも分かっているはずだ。人間の汚れを処理するのは人間の手で、どうせ処理するならすでに汚れきった手を使うほうが良い」
「……任せた」
俺がその一言を紡ぐとニコリと微笑んでその場を立ち去ろうとする。
「チョットまって、あなたはプロなのでしょう? 報酬の話もしないのはどういうわけか聞かせてちょうだい」
美智恵さんの問いに得心をえたヨハンは微笑を深める。
「まぁ、警戒するのは分かりますが後から吹っかけたり強請るつもりは無いですよ。横島さん達が負ければ私や私の友人も死ぬでしょうしね。それから、先程も言ったように横島さんは汚れてはいけないんですよ。これから汚れる私と関わりあってもいけない。例えば、横島さんから私に対して金銭報酬を払ったとなればその金の流れから私との関係を疑われる。間にダミーをどれだけ入れても蛇の道は蛇、嗅ぎつけるものは必ず出てきます。だからこその口約束。証拠も残らず、証人はこの場にいる人間だけ、それにアシモト首相を除けば白を切ろうと思えば切りとおせますし。……それに、横島さんが私のことをヨハンと呼んだ。リチャードでもジェーンでもなくヨハンと。……それで十分です」
そう言うとまるで掻き消えるようにヨハンは姿を消した。
気配を周囲と同化させるように発しながら(完全に気配を絶っては違和感が残る)手品のような鮮やかさで霊波迷彩服を着ただけなのだが、美知恵さんの目すら欺くか。
ここに来て、プロメテウスとヨハン。情報戦と暗闘。この局面になって俺が欲していた、二つの力が転がり込んできた。後は純粋な防衛能力。
とにかく戦える頭数が必要だ。
あてはある。
貉さん達の妖怪のネットワークと妖精界。
求めれば応えてくれる。
だが、それは何か違う。
何故なら、その戦いは全世界の命運を掛けた生き残るための戦いではなく、日本人を守るための戦いだからだ。
アシュタロスとの決戦に勝つために必要な戦力ではない。
故に、……力は借りない。
否が応でも巻き込まれるであろう貉さん達には情報を渡すが妖精界には知らせない。
この戦いに参戦しなければ死なない妖精たちを巻き込まないために。
「……とんだ人でなしだな」
「どうしたの? 横島君」
美智恵さんの言葉に笑顔で首を振ることで答えた。
人間の命と、人間でないものの命。
秤に掛けて釣り合ってしまう。
そんな価値観を持ってしまった俺は人でなしなのだろう。
その俺が人間の代表。
……おかしな話だ。
だがそれも後5日。
それで全部にケリはつく。