≪ルシオラ≫
一体何発の断末魔砲を撃ち込んだことだろう。
だというのに妙神山は未だ変わらぬ姿を保ち続けている。
「くそ! もう一発だ」
ベスパが苛立たしげに断末魔砲の発射ボタンを押そうとする手を押しとどめた。
「ルシオラ」
「無駄よ。これ以上やっても。多分あの結界を張っているのは闘勝戦仏斉天大聖ハヌマンに間違いないわ。あの猿は元は花果山の岩より生まれた岩猿。山にこもっている限り山の加護があるわ。今は無駄なことに時間を浪費するよりももう一つの目的、美神令子の捕獲に全力を注ぎましょう」
「チクショウ! パピリオ、美神令子の居場所はわかるか?」
「え~と、……海の上にいまちゅね。南鳥島沖の日本の領海ギリギリのとこでちゅ」
「……理由が分からないわね。私たちが美神令子を狙っているという情報がもれているのなら誘うとも取れなくは無いけど」
「どうでも良いだろうそんなこと。時間が無いんだ」
どこか釈然としないものを感じつつも逆天号に移動の指示を出した。
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【横島】
神々+魔族VS俺の構造が出来上がっている。
いや、うちの事務所の皆は俺の味方についているし、神族の中にも小竜姫様や七福神、将門公のようにこちらよりの中立の神族や、ワルキューレやジーク、アモン大佐等の魔族がいる。月神族は中継で会議に参加しているがこちらは全面的にこちらの方についてくれている。
理由は、妙神山から来た地上駐在の神・魔族と、妙神山経由で送られてきた神族、魔族の増援部隊に対し、アシモト首相に突きつけたのと同じ条件と、こちらの指示に従ってもらうようにつきつけたからだ。
魔族側はアモン大佐(本来ならこちらに来れるような魔格の持ち主ではないのだが、ごく最近来界している上に子供をなしていたがためにこちら側との結びつきが強く魔族側の司令官としてこちらに来ることが出来た)が司令官であるため正規軍で構成された魔族の軍は表立って異を述べないが心情的には神族と変わらないものが多いだろう。神族側からすれば人間達は自分達に全面協力するのが当然と考えていたらしく、そこに俺が条件を突きつけたために一部の高圧的な神族がいきりたち、それを良識派の神族がどうにか宥めている感じだ。
魔族側の司令官がアモン大佐なのはサっちゃんのおかげか。神族側に頭が固い連中が少ないのもキーやんの方で手を尽くしてくれたようだがそれでも全部というわけにはいかないか。
「貴様! 人間風情が我らに従えというか」
今にも剣を抜きそうな神族の急先鋒はアレス。
アシュタロスにばれない様にするためか、現在主流の唯一神教系、仏教系、ヒンドゥー教系の神・魔族の数は少なく、いや、増援部隊ではなく、元々地上に駐在していた天使の数は意外にも多かった。それも、神の代弁者としての人々に罰を与える旧い天使ではなく、人々に救いをもたらすための天使が。(大雑把な見分け方をすれば旧約聖書などに登場する天使は人外の姿をしたものも多く、人間型をしていてもガブリエルを除けば中性であるし、人間とは思えない神々しさがある。対し、新しい天使は羽と光輪を除けば人間と変わらないし、性別がハッキリしている)まぁ、キーやんが手を回してくれたのか控えめながらこちらよりか? だが、どういうわけか女性型の天使ばかりだ。
ともかく、アシュタロスに隠して用意されていたのがティターン神族やダヌー神族を中心にした混成軍だが、元々神々が人間を支配していた時代の神だ。俺の申し出に我慢できないのも分かるがこれは譲れない。
「あなた方が種として人間以上の力を持っていることは認めましょう。だがここは人間界で、その力で無為に暴れられたら、市街地で暴れられたらどれほどの人命が損なわれると思っておいでか?」
「そんなこと」
アレスは鼻で笑った。
「大事の前の小事ではないか」
……駄目だ。
記憶が甦る。
俺は人間の代表としてここにいるというのに。
黒い感情が止められない。
「なるほど。流石は暴虐の神だ。その短慮、同じく戦の神である女神にただの一度も勝利することが無かったことがよく伺える」
俺はきっと嘲笑していたのだろう。
アレスの顔は真っ赤に染まり剣を振るった。
俺の右腕が切り飛ばされ、俺自身は衝撃で吹き飛ばされる。
雪之丞が真っ先に、それに殆ど遅れず令子ちゃんたちが俺を守ろうと俺の下に来るがそれを左手で制する。
「カオス」
名前を呼んだだけでカオスには俺の意図が分かったのだろう。
みなの前に障壁を作る。
カオスが作ってくれた指輪の生み出す障壁を俺を中心にではなく、対象を中心に生み出すための装置。
これでみなの心を壊すことは無い。
「幾たび敗北しても何も学ばず、暴虐をつくしては虐げられたものの絶望を知らぬ。たいした戦神だ」
俺の侮蔑に怒り心頭のアレスは人間など軽く消滅できるほどの霊波砲を放つ。
が、その前に俺は光に包まれた。
これは封印のための結界か。
「アレス! 貴公はこの人間を消滅させる気か」
「邪魔をするなブリギッド!」
「ふざけるな。確かにこの者は神を神とも思わぬ物言いではあったが、元は貴公が人の犠牲を小事と言い切ったからではないか!」
彼女はいい人みたいだな。この封印は俺を封じるために張られたのではなく俺を守ってくれたのか。
少々心苦しいな。
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≪ブリギッド≫
バキン。
まずその音がした。
アレスと向かい合っていたにもかかわらず、その音を無視できなかった私は振り返り、信じられぬものをみた。
私がかけた封印の壁から腕が生えていたのだ。
バキン。
もう一つ腕が生えてきた。
腕は力任せに壁をはがしにかかるとまるで石膏のように壁が剥がれ落ちていく。
あれは、即興ではあるが戦いの女神である私が施した最高の封印。
それが脆くも崩れ去り、アレスを侮辱した男。横島忠夫が何事もなかったかのように両の腕を使って壁を破壊していった。
アレスに切り落とされた腕は元の通り生えていて、全身に黒い鱗を持った蛇のような模様が浮かび上がっている。
壁が全て取り払われた時、私の心に衝撃が走った。
なんだ、この感情は?
悲しみでもない。怒りでもない。暗く沈んだこの感情。全身に沸き起こる不快感。
「絶望を……教えてあげるよ」
横島はそういうとゆっくりとアレスの元に歩み寄る。
この感情が絶望なのか?
この暗く、冷たい感情が。
「あぁああ!」
半狂乱になったアレスが霊波砲を放つ。
千切れ跳ぶ右足。
だが横島は地に伏さない。
そしてなくなった右足が見る間に生えてきた。
もう一度霊波砲を放つが、今度はその霊波砲が横島を傷つけることは無かった。
歩みは止まらない。
どれほどアレスが霊波砲を放っても横島はまるで傷つくことなく前進をやめない。
まるで悪夢だ。
そして至近距離。
アレスが放った突きは確実に横島の心臓めがけて放たれ、胸に当たって止まった。
「絶望したかね? じゃあ、次は恐怖だ」
横島の右腕が巨大な爬虫類、否。
龍の右腕にかわると、不思議と理解できた。
あの右腕はアレスを殺せると。
だが、誰も動けない。
いや、一柱だけが動いた。
「ほれ、横島殿。その辺にしといたらどうじゃ?」
寿老人が持っていた杖でポンポンと横島の肩を叩いて諌める。
「……寿老人。あなたは俺の味方だと言ってなかったか?」
「あぁ、勿論横島殿の味方じゃよ。だからこそ止めるのじゃないか。だって、横島殿。おぬし自分が泣いているのにも気がついておらんじゃろう?」
寿老人に指摘されるまで気がつかなかった。
横島は涙を流していた。
龍の腕が消え、全身の模様が消えると空気は嘘の様に軽くなった。
横島は切り落とされた右腕から指輪をはずすと新しい右腕にはめなおす。
横島がこちらに歩み寄ってきた。
先程の絶望と恐怖は無い。
それでも体が強張ることを禁じえない私に横島は深々と頭を下げた。
「ありがとうございました。俺を守ろうとしてくれて」
「え、いや。貴公には要らぬ世話だったようだが」
戸惑う私に、横島は笑顔を見せる。
「それでも、ありがとうございました」
毒気が抜かれたように呆ける。
横島は儚げな、それでいてとても良い笑顔で私に礼を言う。
「……アモン大佐。人間界における神・魔の拠点を潰した魔族は我々人間の手で捕らえましょう。それが成ったならば彼女達の処遇はこちらで決めさせていただきたい」
「お待ちください、横島さん。我ら月神族の力、是非ともお役立てください」
「いいだろう。かの魔族たちを人間と月神族の力だけで捕らえたならば我ら魔界正規軍はお前の指揮下に入る。もとより、月神族はそうでもない限り我らへの魔力の供給をきるだろうから他に選択肢は無いだろうしな」
「その通りです。我ら月神族は我らの恩人たる横島様達がいるからこそ協力しているのですから」
異を唱えられる者はいなかった。
「小竜姫殿。横島殿はどういう人間なのかでしょう?」
私は神族で最も横島殿に近しいであろう小竜姫殿に尋ねる。
「みていれば分かりますよ。これから横島さんが何をするか。ただ、信用できる人です」
私はかの人物がどういう存在なのか分からない。
ただ、あの涙と笑顔が酷く印象に残った。