≪横島≫
令子ちゃんから取り出した魂の結晶を弄りながら今後の展開を考えた。
絶対に成さなければならないことは三つもある。
一つは仲間から誰一人死者を出さないこと。
これは他の何を除いたとしても絶対に譲れない。
その次がルシオラ、ベスパ、パピリオの今後の安全の確保。
俺がいる間は絶対に守りきって見せる。死なせないのは当然のこと、彼女達も俺が守りたい人だから。
問題は俺がいなくなった後のことだ。元々アシュタロス陣営であるし、寝返らせるのは今回俺がパピリオのペットにされるつもりが無いので接点が少なすぎる。
そして俺は、ルシオラと恋人にはなれないだろう。
この間の瞬間まで、令子ちゃんと令子を重ねてみることが出来なかったように、あのルシオラと今のルシオラを重ねてみることは出来ないと思うから。
それは良いことだと思う。
彼女達は同じ容姿と魂を持っていたとしても別人なのだから同じと考えることはこれ以上ない侮辱だ。
だが、矛盾するようだがその思いが、どうしても消すことが出来ない線引きを行ってしまう。
重ねてみないようにするが故に、別人としては扱えない。
どうしても意識をしてしまうのだ。
そうやって意識すること自体が彼女達を同一と見ることとさほど変わりないとは理解しているのだが……。
何れにしろ、消える俺が彼女と恋人になれるはずが無い。
ともかく、俺がいるうちに布石をうっておかなければならない。
そして三番目に、究極の魔体を出現させ、それを打倒しなければならない。
俺からすれば重要度は3番目でも、この世界にとってはこれが最重要課題になってくる。
ただ、アシュタロスを打倒するだけではいけない。
それをやってしまえば神・魔族の反デタント派の連中にとっては全面戦争を行わせる格好の引き金になる。
だから究極の魔体の出現は譲れない。
上の三つより優先順位は落ちるが、これから起こる争乱の犠牲者は減らさなければいけない。
ユリンは決戦のときにも残して、防衛に当たらせる。
だが、今のユリンの限界はおよそ10万羽、並みの妖怪や、悪霊程度ならともかく、魔族クラスになると下級のものでも10数羽、それ以上になると物量で押す消耗戦を覚悟しなければ相手にならない。
フェンリルを相手にしたときは2万羽ほどの分身が囮になってようやく倒せたのだから。
前回出現した奴らの予測数は魔族がおよそ1000、妖怪が数千、悪霊にいたっては数百万から数千万。
これがオカルトGメンが出した予測数。あまりにも数が多すぎて正確な値が算出できなかったということもあるが、オカルトGメンの目の届く範囲内の数であるということも考えれば実際にはそれの数倍はいたんじゃないだろうか?
殆どが無秩序に暴れていたおかげと、G・Sたちの奮戦、そして比較的短時間で消えたため被害は規模を考えれば奇跡的といえるほどに少なかったが世界規模で見ればどれほどの人間が殺されたことか……。
なにしろ、おキヌちゃんが東京に出てきたときの騒ぎで東京中の悪霊が集まったとはいえ数万。人口から換算した単純計算で日本中の悪霊の総数は数十万。今回は復活した悪霊となるのだからその数はほぼ無尽蔵といっても良いだろう。いや、悪霊となりうるだけの知性をもった生命が誕生してから今日までの死者の総数を超えることだけは無いだろうが、そんな天文学的数字は無尽蔵とかわりが無い。無論その全てが復活なんてことはないだろうがユリンだけでは手が回らないのは間違いない。
そこから生まれる犠牲は俺のエゴが生み出した犠牲だ。
「やっぱり俺は皆が言うような良い人じゃあないな」
ルシオラたちに会いたいだけで、どれほどの犠牲を生み出すか分からない状況に持ち込もうとしているんだから。
そう思うと吹っ切れた。
【転/移】の文珠と共にかつての記憶にある場所へと飛ぶ。
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≪アシュタロス≫
「!?……お前は、横島忠夫!」
南極基地の私室で、逆転号にエネルギーを供給する前の最後の休息をとろうとしたところで一人の男がソファに腰掛手を振っていた。
「あ、俺のことは知ってたんだ。それじゃあ自己紹介はいらないな」
「こちらの作戦をことごとく潰されていった原因を調査したところ、その全てから貴様の名前が出てきたよ。神・魔族の拠点も後ひとつで全て潰し終える。そうなれば目下最大の障害がお前だ。嫌でも覚えるさ」
「魔界の六大魔王に、随分と買いかぶられたものだな」
横島忠夫は頬をポリポリと掻きながらどこかすっとぼけた調子でそんなことを言ってきた。
「それで、此度の来訪はいかなる用件でのことかな? 招かれざる客人よ」
「あぁ、取引に来た」
「ほう。こちらが満足するようなものを持ってるとでも?」
横島は小さな珠を二つ、こちらに放ってよこした。
「手付けだ。使い方は分かるよな?」
「これは、文珠か?」
【記/憶】【映/像】と文字の入った文珠のようなものを渡された。
私の記憶の中には文珠の存在はあるが、二つ文字の入った文珠は存在しない。
……この男、あるいは神・魔族以上に障害になるのかもしない。
これほどたやすく見せた以上、これすら切り札ではあるまい。
「その中に俺の記憶が映像化されて残っている。話はそれを見たあとだ」
初見のものではあるが危険は無いと判断した私は横島の記憶を映像としてみることになった。
それは力を持たない人間が私と戦い、打倒し、私の望みがかなえられた記憶。
私の娘が人間に恋をし、姉妹で殺しあった記憶。
そして私が滅びた後に起こった戦いの記憶。
私はそれをつぶさに検分し、偽りでないことを理解した。
「……それで、どういった取引かな? 【荒神】横島忠夫よ」
「コスモプロセッサを使用して世界の改変を行うのをやめて欲しい。アレを使われるとどうなるか俺にも予測がつかなくなるからな。そして、決着は究極の魔体を持ってつけて欲しい。それから、ルシオラ達のテンコマンドワードの解除を。……それと、できることなら今回の大戦で起こる被害を最小限に食い止めて欲しい」
「一つ目、二つ目の条件はのめる。いかに力があるとはいえ、このときの私はたかだか人間相手に遅れをとったのだからな。獅子が蟻に敗れたようなものだ。相手が蟻でもミジンコでも変わりあるまい。恐らく、ここでお前を殺したとしても宇宙意思が何らかの形で妨害し、世界の改変が成功する可能性は無いのだろうからな。そして、コスモプロセッサを使えない以上、究極の魔体を使う以外に私に残された手段は無い。して、お前からの見返りは?」
「あんたの悲願、俺が叶えてやる」
横島忠夫は真っ直ぐに私を見て断言した。
「……三つ目の条件まではのもう。だが、四つ目まではのめないな。お前に叶えてもらえずとも、究極の魔体を使えば我が望みは叶うのだからな」
「いろいろ踏みにじることになるぞ?」
「もとより覚悟の上だ」
「……そうか」
「……一つ問うぞ? お前は私を恨んでいないのか?」
「……一時期は恨んだ。だが今はそうでもない。むしろ共感すら感じている。……多分、俺とお前は似たもの同士なんだろ?」
世界を改変しようとするものと、実際に破滅の引き金となったものか。
だが、己の意思でそれをなそうとした私と、周りの意思でそうなってしまったお前では立場が違おう。
「……まぁいい。私が己の望みを叶えるために。そしてお前が本当に私の望みを叶えられるのかを確かめるためにも全面対決は避けられまい。ルシオラ達が任務に失敗すれば私の魔力を持ってコスモプロセッサを起動させる。魂の結晶が無ければ世界を改変することは出来ないだろうが、殉教者達の復活程度なら今から調整すれば出来る。目標はお前の住む日本。布告なき戦闘はせずにおいてやる」
「了解した。戦線の拡大化の阻止と、準備が出来るだけ前よりましか。それじゃあ次会うときは戦場で」
「また会おう。【荒神】横島忠夫。招かれざる客人ではあったが久方ぶりに楽しめたよ」
「また会おう。【魔王】アシュタロス。楽しかったよ。次に会うときは戦場で」
横島が消えた後、彼の記憶をシミュレートする。
【荒神】横島忠夫が見せた能力は認識、適応、進化、復活。生物の持つ能力を極限まで高めてモノだ。
自分のおかれている状況を正確に認識し、その状況に適応し、打破できるまでに進化をする。
この能力は下等な生物であればあるほど、例えばウイルスや細菌、単細胞生物などに顕著に見受けられる能力だが、高等な生物になるほどその勢いは失われる。
だが、【荒神】は進化しきるまで幾たび殺されようとも復活を遂げた。
これではいかなる存在であれ、最終的な敗北は必至だ。
究極の魔体であれ、いずれは敗れ去るだろう。
なにしろ、亜空間に追放されても舞い戻ってくるのだ。平行宇宙理論を用いたバリアも恐らく意味をなくし、攻撃に適応されてしまえばなすすべは無くなる。
私の発想からは出てこなかったが、アレこそが究極の一つの形だ。
だが、横島忠夫はいまだ【荒神】に至っていない。
それでも。
「究極の一つの形に至った男……期待してしまうのは研究者としての性か。それとも同じように消えることを望むがゆえか」
共感というのだろうか。
私はあの男もまた自らの消滅を願っていることに気がついた。
自分という存在に耐え切れなくなった男が、もう一人のために願いを叶えると言う。
……良いだろう。ならば私もお前の望みを極力叶えてやるのが筋というものであろう。
私は計画に若干の修正を施すために机に向かった。