≪横島≫
「敵は……メフィストの霊波を頼りに転生先を割り出してくる可能性が強いわけだな?」
「そうなのね。まず敵は神界や魔界の地上における拠点を潰し、人間界とのチャンネルを閉じ、神・魔の力を奪った後にメフィストの転生を捕らえるつもりなのね。神・魔の混成部隊による討伐隊が派遣されたけれども……全滅してしまったのね。神・魔界はそれぞれの拠点に緊急警報を通達。……ですがすでに76の拠点は潰されてしまっているのね。事態を重く見た神・魔界は異例の速さで戦力を人界に派遣したのね~。それと同時にオカルトGメンを通じて各国政府機関に通達したのね」
「ヒャクメさまのおっしゃるとおり、我々オカルトGメンはその内容を各国の政府に通達しました。同時に、アシュタロスが保有する戦力。究極の魔体、逆天号と呼ばれる空中機動兵鬼、そして、某国から奪取したと思わしき核ミサイル搭載型の潜水艦。今頃各国政府は大慌てね。でも、ヒャクメさま、本当に感謝しています。頭の固い老人達には究極の魔体や逆天号のことは理解できなくても、核ミサイルについては理解できたみたい。令子を殺すという手段をとれば核による報復行動の可能性が考慮されるといったら蒼い顔をしていたわ」
ヒャクメが俺たちを招集してアシュタロスと神・魔族の情報を教えてくれる。
前回に比べれば大分マシな状況だ。
少なくとも、人間が敵に回る可能性は低くなった。
もっとも、完全になくなったと考えるほど甘い状況ではないが。
アシュタロスについて見逃してもらおうと考える国や個人がいないとは思えないからな。
あぁ、前回の俺ははたから見ればそういう状況だったわけか。
心の中で苦笑する。
しかし、この分だとヒャクメも俺のこと、知ってるみたいだな。
「それで今後のアクションは?」
「令子を守りつつ、敵のでかたを見るしかないわね。ヒャクメさまの情報は有効だったけど、こちらが動くにはまだ、条件が悪すぎるわ」
「……その件で一つ私から提案がある」
事態を静観していたカオスが声を上げた。
「敵が演算機、どれほどの精度のものかは分からんがそういったものを用いる以上、嬢ちゃんの中に魂の結晶があるのはいかにもまずい。言っては悪いが、嬢ちゃんの力じゃあ相手が少々悪すぎるでな」
「しかし、魂の結晶は令子の魂と同化しています」
「なに、やりようなんていうのはいくらでもあるのさ。同化しているとはいえ所詮は異物。取り除くことは不可能ではない」
「どうするつもりなのね?」
「魂というのはいってみれば情報の塊だ。過去の経験、記憶、ありかたなんぞは表に出ないだけでその中から消失したわけではない。例えそれが転生前のものだとしてもな。なれば今一度、魂より記憶を呼び覚まし、メフィストを一時的に表に出してやれば良い。魔族の魂からであれば異物たる魂の結晶を抜き取ることは可能であろうよ」
「……敵はまず優先的に令子を狙ってくる。そこの目的のものがなければかなりの時間稼ぎは出来るわね」
「アシュタロスが神・魔界のチャンネルを閉じるにしても無限ではないのね。時間がたてば有利にことが運ぶ可能性は高いのね」
「捨て鉢になって強硬手段を出してくる可能性も否定は出来ない。が、確かに現時点では有効かもしれないな」
俺は令子ちゃんのほうを見る。
「令子ちゃんはどうしたい?」
「え?」
「今の魂の結晶の持ち主は令子ちゃんだ。俺は令子ちゃんの自由意志に任せたい」
「いいんですか? 世界の命運までかかってるのに私の自由意志なんかに任せちゃって」
不安そうに尋ねる令子ちゃんに俺は笑顔で答えた。
「普通はよくないんだろうな。でもね、誰かの思惑で運命が決められる。俺はそういうのは大嫌いなんだ。だから令子ちゃんにゆだねる。そしてその決断に対して責任を持つ」
令子ちゃんは一度俯いて、そして笑顔を俺に向けた。
「私は美神の女よ。だから絶対に逃げない! だから、魂の結晶は横島さんが持っていて。私は負けないし、横島さんのことも守りきって見せるから。私は逃げるんじゃなくて、連中を罠にはめてやるのよ」
そういって笑った令子ちゃんの笑顔は、俺を守るといった笑顔は、美神さんの笑顔ではなく、令子の、あの日、俺という人間が終わったあの日、横島令子になるはずだったあの人が、最後に見せてくれた笑顔と重なって……。
知らないうちに彼女を抱きしめていた。
「ちょ、ちょっと横島さん」
涙は出なかった。
出さなかった。
「ご、ゴメン。……少しでてくる」
顔を真っ赤にした令子ちゃんを放して外にでた。
あぁ、なんて情けない。
彼女は令子ちゃんであって、令子じゃないって分かっているはずなのに。
部屋を出るとき、すれ違いざまにヒャクメに礼を言うと庭まで駆け出した。
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庭に出てすぐにエミがやってきた。
「どうした?」
「どうしたじゃないワケ。ホラ」
エミは着ていたジャケットの片側を広げてみせる。
「泣きたいときに泣かないのは馬鹿者がすることだって教えてくれたのは忠にぃなワケ」
あぁ、そうだったな。
「俺、馬鹿者だからさ」
俺がそういうとエミはヤレヤレと苦笑しながら近寄ると俺の頭を強引にその豊かな胸の谷間に埋めさせた。
「女の胸が前に出っ張ってんのは、泣きたいときに泣けない馬鹿な男の泣き顔を隠すためにあるワケ」
「……初めて聞いたぞ?」
「たった今、私がそう決めたワケ」
不恰好に胸に顔をうずめて見上げる俺にニィッと笑って見せた。
「どうせ、なきたい理由なんて教えてくれないんでしょ」
「……ゴメンな。悪い兄貴で」
「それでも、自慢の兄貴なワケ」
俺はエミの優しさが嬉しくて、暖かさが嬉しくて、間近に聞こえる心臓の鼓動が嬉しくて、久しぶりに涙を流した。
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≪ヒャクメ≫
横島さんに礼を言われた。
多分私が彼の過去を知った上での行動だと見抜かれていたのね。
でも、これはきっと知らないのね。
私が数多くの神・魔を謀殺したことは……。
人界にいる反デタント派を調べ上げた私は老師にお願いして彼らを討伐隊として派遣することを願い出たのね。
もとより、デタントを嫌う神族は魔族の世界など認めないし、魔族は魔族で反デタント派は戦いたい連中が多かったので嬉々として参加したのね。
私の目論見どうりに。
討伐隊が全滅すると知っていたから……。
これで、人界の反デタント派は一掃されたのね。
だけど怖かったのね。
今まで誰かを自分の意思で殺そうとしたことはなかったから。
討伐隊は必ず結成されるし、討伐隊が全滅することはほとんど確定事項なのね。
だから私は反デタント派を送り込んで実質の被害を減らし、邪魔な連中を排除した。
一番合理的な方法で、連中は敵なのに。
……振り返ると彼らがいるようで怖かった。
自分の手が血まみれのような気がして怖かった。
未来を知ることがこんなに怖いなんて知らなかった。
だからこそ、私よりもずっと前からこの怖さと戦ってきた横島さんを畏怖し、より良い未来を作り出そうとする横島さんを尊敬したのね。
……連中を、彼らを殺したのは私の罪。
私の業。
怖い。
けど……私は戦えるのね。
横島さんが笑っていられる未来を作るためなら。
怖くて、震えて、泣き叫んだって私は戦える。
そして彼の前では笑っていられる。
どんな悲しみにも負けない強くて脆い横島さんがそこにいるなら。