≪マーリン≫
ク=ホリンは突く。
圧倒的なスピードで。
点と点を結ぶ最短経路は直線である。
それを体現するが如く、突きと引き戻しを機械的な正確さで繰り出し続ける。
一方のヨコシマは流れる。
まるで終わりと始まりの全てを見通しているかのような動きで。
点と点の間をあえて曲線で動く。
ク=ホリンのように動きの終わりと始まりが明確ではなく、攻撃の終わりが次の攻撃のための起こりになっているためにク=ホリンのスピードを前にしても風に舞い遊ぶ木の葉のように決して動きに逆らわず、決して遅れずにかわし、流し、時に反撃をしていた。
その二人の姿に、私はかつて苦楽を共にした二人の姿を幻視してしまう。
王よ。ランスロットよ。
お前達のいない世界はどうしてこんなにも色あせるのか。
どうして、ヨコシマのいる世界が強い色彩を帯びているように見えるのか。
だから儂はヨコシマを認めたくはない。
ニュミエに囚われ、王の助けたりえなかった儂は。
王と同じ輝きを放つ存在を認めたくはない。
王の帰還を待ち続けて1000年を越える時間をただ一人過ごしてきた儂には。
王と同じ輝きを放ち、儂と同じ虚無を湛えるヨコシマの存在は認められない。
だから他の妖精たちが見守る戦いから一人目をそらした。
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≪ク=ホリン≫
いつ以来だろう。
俺がまともに槍を振るえたのは。
フェルグスの叔父貴が死んで以来、まともに俺は槍を振るえなかったのではないだろうか。
叔父貴が死んで以来、まともに俺の相手が出来るものはいなくなった。
残ったのは策略と、弱兵ばかり。
そして俺は策にからめとられ、魔術で敗退した。
妖精の騎士になってからも戦場でたぎりを感じなくなって久しい。
だが、今の俺はこれまでないくらい熱く滾っている。
自然と、唇が笑みの形を作った。
大きく槍で薙ぐとそのままバックステップ。
距離を稼ぐとそのまま槍を構える。
「楽しいなぁ、コナハトの王」
「ヤレヤレ、なんで俺の周りにはこうバトルマニアが多いかねえ。ま、否定はしないけど」
コナハトの王は剣を頭上に掲げると苦笑しながらこちらを見る。
「せっかくの心躍る戦い、長く続けていたくもあるが……この戦い、わが最高の一撃を持って華を添える」
「これじゃあ試合じゃなくて死合だな。困ったものだ」
剣に異常とも思えるほどの力が注ぎ込まれるのが判る。
並大抵の剣ではアレに耐え切れまい。
コナハトの王は俺よりも強い。
だが俺は、最高の一撃をもってそれに挑むのみ。
自らに力を表す『太陽』のルーンを用い、
「行け!」
俺が投擲したゲイボルグは心臓めがけて放たれた。
ゲイボルグの穂先が無数の鏃となって殺到する。
「アァアアアアア!」
コナハトの王は上段に構えた剣を振り下ろす。
同時に全身からゲイボルグの鏃にも負けぬほどの数の剣が伸び、四方八方からゲイボルグを止めんと襲い掛かる。
その技が、剣が、神代の時代から破られたことのない必殺の一投を防ぎきった。
地へと落ちるゲイボルグ。
「俺の負けです。コナハトの王」
「……それ、やめてもらえるか? マブに支配権を渡されたといっても名目上だけのものだったし」
「そうなのか? ……あなたが王であればわが槍と忠誠を捧げようと思ったのだが。……ならば誓約(ゲッシュ)を。わが槍はこの先何があろうとも汝が敵に振るわれよう」
「いいのか? ケルトにとってゲッシュは神聖なものだろう。ましてお前の死因は」
「あぁ、そこのメイヴに突かれて謀殺された。だからこそ、真正面から俺の槍を受け、叩き伏せたあなたに俺の槍を役立てて欲しい」
これほど清々しい気分は久しぶりだ。
ならばこそ。こちらが望むところというもの。
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≪横島≫
あの後はてんやわんやの大騒ぎだった。
まぁ、妖精たちが令子ちゃんのことを狙わないと確証はもてたし、ク=ホリンという知己も出来たことは収穫だった。
俺とゼクウで即興の演奏を行い。
妖精たちが舞い踊る姿は楽しかったが。
ティターニアに言い寄られて伝説の夫婦喧嘩が俺の前で行われたのには参った。
まぁいいさ。
ここを去る前に。
最後に、この妖精界でやっておかなければならないことがある。
「……それで、何のようだね。コナハトの王よ」
俺の前で不機嫌そうな顔を隠そうともせずに魔術師。マーリンが問う。
「これを」
一つの文珠をマーリンに渡す。
「これは? ……話には聞いたことがある。文珠。何故これを持っている」
マーリンの表情が驚愕に変わった。
この間【映/像】を使ったときは見せないようにしていたが。
まぁ、知っているなら話は早い。
「出所に関しては詮索無用にお願いします。……この文珠には俺の記憶が映像として残されています。……あなたの王が再び現世に舞い戻ったときの記憶が」
マーリンの表情が凍りつく。
「もしもあなたが王に会う覚悟があるのなら、使ってみてください。あるいはあなたの王が目覚めるやも知れません」
そういい残すとマーリンに背を向けた。
「待て! ヨコシマ。王が復活したなら、アーサーが再びこの世に現れたのなら。ブリテンはどうなった!」
歩を止める。
顔だけをマーリンに向けて答えた。
「伝承どおり、あなたの王はブリテンの危機に際して復活し、ブリテンを守るために戦い抜きました。再び死を迎えるまで。そしてアーサー王が二度目の死を迎えたとき、ブリテンもまた運命を共にしています」
遠い過去の記憶。
あの雄雄しかった王の最後の記憶は鮮明に残っている。
最後まで国を愛し続けた王の最後を。
マーリンはもう何も問わなかった。
俺ももう振り返ることをせずに妖精郷を後にする。