≪横島≫
文珠の映像を究極の魔体が倒れたところでストップさせる。
俺が見せた映像のあまりの内容に、会議場は騒然とし、互いに近くのものとひそひそと意見を交わしている。
「……俄かには信じられない話ですわね。こんなことが起こりうるとはとてもではないけど信用できませんわ」
真っ先に俺に質問を投げかけてきたのはマブだった。
「俺や、一部の神・魔族がこの未来を防ぐために動いているし、バタフライ効果でどんな食い違いが生まれてくるかもわからない。だけど、大まかな流れは変わらないと思う。魔神アシュタロスは魂の牢獄から逃れるために究極の魔体を作り、そしてもうすぐコスモプロセッサを完成させるはずだ。この世界を根本から作り変えられる可能性がある故に、予言者たちは未来を見ることが出来なくなっているのだろう」
「理論的にはそうかもしれません。……ですがひとつの疑問が残ります。なぜ、あなたはこれから起こることをこのような鮮明な映像として、知っているのですか?」
「それは……、それは、これが俺の経験した未来だからですよ。マブ」
「馬鹿な! 時間を逆行してきたとでも言うのか? そのような重大な歴史の改変を神々や世界が許すとは思えん」
「事情があったんですよ。世界が、神々が許すような事情が」
そうだな。こんな話しは普通であれば信じてくれるわけは無い。
俺から真実を告げて信じたのはカオスだけ。
他のものは自分の力で俺の記憶を覗いたからこそ信じたのだから。
「たとえ、あなたが人間であろうと、この場での偽証や黙秘は許されるものではありませんわ」
「俺が逆行を許された理由と、これから起こる未来。直接的な関係はありませんが?」
「あなたが未来から本当に来たかどうか、確証がえられなければ議論は前に進みません」
俺とマブの言い合いに子供の姿をした妖精、オベロン王が仲裁に入った。
「まぁまぁ、メイブ。この際彼の情報ソースなんてどうでも良いじゃないか。我々は与えられた情報を元に、妖精界にとって最も効率の良い防衛手段を考えれば良いだけの話なのだから」
オベロン王はニコリと笑い言い放った。
「確かに宇宙の卵といったか、世界を改変されてしまえば我々妖精界もただではすまないだろう。しかし、究極の魔体とやらが暴れたところで妖精郷への影響は少なかろう」
ちょっと待て、それは……
「美神令子、彼女がいなくなれば良い」
オベロン王が出した結論に他の妖精王、女王たちも口々に賛成の意を述べる。
……させない。
そんな真似はさせない。
「させません!」
俺の一言にいっせいに妖精たちが俺のほうを向く。
「令子ちゃんは俺が守ります。手出しはさせません」
「……その発言は、ここにいる皆を、ひいては妖精界の全てを敵に回す発言だぞ。撤回するならすぐにしたまえ!」
睨みつけてくるオベロン王。
俺は一度目を閉じ、心を落ち着けるとオベロン王の視線を真っ直ぐに受け止める。
「俺は、……俺は自分の目的を成すためなら愛した人をこの手で殺すことも、世界を滅ぼすことも出来る人間です。例えこの場にいる全ての妖精を敵に回しても、妖精界を滅ぼしても俺は令子ちゃんを守ってみせる」
……俺とオベロン王の睨み合いが続く。
十秒、いや一分くらい続いただろうか?
「……ぶ」
ぶ?
「ブワッハッハッハッハッハ!」
オベロン王が突然大爆笑をあげはじめた。
それが伝染するように他の妖精たちも笑い声をあげはじめる。
「ウフフフフフフ、駄目じゃないのあなた、こんなにすぐにばらしちゃ」
「だって、だってお前、ワハハハハハハハ」
オベロン王は半ばまで宙に舞い上がると俺の肩をバシバシ叩いて爆笑を続ける。
笑い声の中、一人状況に取り残された俺は立ちつくすしかなかった。
何だ?
ひとしきり笑いが収まるのに、十分は要しただろうか?
オベロン王はまだ可笑しいのかしきりに笑いをかみ殺しながら今度は友好的な態度を示す。
「いや、試すような真似をして悪かった。君が信用のおける人間かわからなかったものでな。私たち妖精は正直な人間が好きだ。少なくともあの場で、己の心根を正直に明かせる男であれば信用はおけよう。趣味が悪かったのは自覚しているが、許されよ」
毒気を抜かれた俺はあいまいな笑みを返すことしか出来なかった。
それが可笑しいのかオベロン王はまたも笑い続ける。
「全くあなたったら。ウフフフフ、ごめんなさいね、コナハトの王。今日は疲れたでしょう。あなたが信用のできる人間だとわかったから明日、本当の会議にお招きいたしますわ。今宵は疲れたでしょうからお休みになって。部屋は人間が休める部屋を用意しておきましたから」
ティターニアに導かれ俺は別室に通された。
そこは簡素ながら十分に休養が取れる部屋で、ベッドもしっかり人間サイズだ。
「何でしたら夜伽も用意いたしましょうか? ニンフかリャナンシーでしたら人間のお相手でも十分」
「結構です!」
悪戯が成功したティターニアは笑顔で部屋を出て行った。
疲れていたのか、俺はすぐに眠くなっていった。
・
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「横島は眠ったかね?」
「えぇ、あの部屋は眠りの粉を自然に出す植物が飾ってありますからもう眠りに落ちている頃でしょう」
オベロン王の問いにティターニアが答えた。
「さてと、どうみる?」
「どう見るもこう見るも、内容はぶっ飛んでるけど信じるしかないんじゃないかなぁ。さっきの瞳、見たでしょう? あんな悲しそうな瞳をしながら嘘をつく人間なんかいないよ。うん。僕はあのお兄さん気に入っちゃったな。それに、妖精界を滅ぼしてでもって言うのも多分本気だよ。僕とネヴァーランドの妖精は彼に協力するよ」
「まぁ、味方にすれば心強く、敵にまわせば恐ろしいというのは良くわかったよ。あの男とにらみ合ったときは心臓が止まるかと思ったしな」
「戦力的に言って、妖精界を滅ぼすというのもあながち出来ないとは言い切れないわね。彼の弟子がゴグマゴグを圧倒するのを私は見てますし」
「私も以前、タラスクスに襲われたときに彼の異常なまでの戦闘能力を目の当たりにしています。そのときの恩もありますし、フランスの妖精郷は彼の援護に回りますわ」
「魔術師殿。魔術師殿はどう見ますか?」
「ワシか? ……ワシはあやつが嫌いじゃ。出来ることなら協力なぞしたくは無い。関わりあうのもごめんじゃ。まぁ、妖精界全体の意向とあれば従うがの」
マーリンの一言に会場が静まり返った。
「皆の話を聞いてますます思ったわい。あやつは人の心を壊す化け物よ。あやつは己の身を顧みない。そのくせたやすく他人の心の中に土足で踏み入ってきおる。現に、おぬし達の心の中にもあやつは入ってきておろう? 土足で踏み入って、いつの間にやら心の中にあやつが住む場所が広がっていく。しかし、自分を顧みん奴は遠からず滅びるじゃろう。その時、あやつが住み着いた心の中はぽっかり穴が開いて修復することも出来ずに一生心に空洞を作って生きていく破目になる。もう一度言うぞ。あやつは人の心を壊す化け物よ。ワシはそういう化け物を、二人知っておる。かつて最高の王と呼ばれた化け物と、最高の騎士と呼ばれた化け物をな」
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「……化け物か。心配しなくても良いよ、そうそう長く居座るつもりは無いから」
与えられたベッドの上で【無/効】の文珠を握り締めながら、ユリンから送られてくる会話の内容を聞くのをやめた。
恐れていた令子ちゃん暗殺計画は恐らく無いだろうと結論づけたからだ。
魔術師マーリンも、あの未来で出会ったことがある。
彼の王、アーサー王は本当にイギリスの危機に際し、円卓の騎士とマーリンを伴って蘇ったからだ。
明日の状況次第では、何とかしなくちゃならんかもな。
俺はユリンに見張らせていた分身を消すように頼むと、文珠を消して眠りの粉の魔力で深い眠りへと落ちていった。