≪横島≫
この部屋には死があふれている。
獣の牙で殺されたもの、全身の骨を砕かれ殺されたもの、剣に貫かれたもの、炎で焼かれたもの。
その中でただ一人生きているものがいる。
死者達が横たわる中で自然体で立つ男。
細身の身体を真白いスーツを着て立つ白人男性。
リチャード=ロウだった。
「やぁ、遅かったですね。もう全部終わったあとですよ」
にっこりと微笑む表情に邪気はない。
「あなたが、これをやったの?」
「そうともいえますね。題して『英雄達の挽歌』それとも『正義失墜』……いやいや、センスがありませんね(殺戮の)芸術家失格かな?」
険悪になりそうな空気を俺が来夏さんの肩を掴むことで止めた。
「わざわざ偽悪的になることもなかろう?」
「やだなぁ、横島さん。私がこれまでしてきたことを考えたら……私以上の極悪人はそうはいませんよ」
「今お前の目の前にひとりいるよ。……お前は何もしなかった。だからこうなった。違うか?」
「ん~。ですが私がキルロイさんたちを招かねばこの結果は起こらなかったわけで、だとすればこの結果は私が起こしたものといっても過言じゃないんじゃないでしょうか?」
「それじゃあ聞くぞ。どうしてこうなった?」
「火種の周りに可燃物をばら撒いて、新鮮な空気を送ったら後は全て燃やし尽くすまで炎が燃える。……元々、火種はあったんですよ。ですけど彼らは無駄に結束が固かったせいでその火は燻るばかりで引火を起こすことはなかった。例え周囲に油をまこうが火薬をおこうが爆弾を落とそうがね。だから私は彼らの中にキルロイさんという異物を紛れ込ませた。異物が交じり合えばおのずと結束はもろくなる。そこに風が吹いた。古の英雄、シャルムの登場は脆くなった結束の隙間をさらにこじ開け解きほぐしました。そして紛れ込んだ異物、キルロイさんが消滅したところですぐに結束が戻ることはない。それどころか一度広がった疑心暗鬼という隙間は火種をどんどん大きくしていって、とどめに精霊王によって王家が許されたという爆弾は彼らの行動理念を根底から覆した。爆弾は火種に引火し、油やらガソリンを巻き込んで自分達を跡形もなく燃やし尽くすまでその火が消えることはなかった。もし、私が風通しをよくしなければ爆弾が落とされてももしかしたら引火しなかったかも知れない。けど自滅するしかないところまでお膳立てが整えたから何もせず精霊獣石で互いに殺しあう、自滅する様をただ見ていただけです」
「お前の目的は果たされたわけだ」
「ええ。感謝しています。横島さんが来てくれなかったらザンスという国に飛び火するほど大きな火事を起こさなければいけませんでしたから。……私はザンス王家を肯定的に持ち上げることではなく、彼らを否定的に引き摺り下ろすことで彼らから義を奪うつもりでしたから」
リチャードはそれ以上何も言わずこの場所から歩み去っていった。
ただ間違いなく言えることは、ザンスから原理主義テロリストは自滅という形で根絶された。
この先よほどのことがない限り、ザンスに原理主義テロリストが生まれることはないだろう。
義を奪われた挙句、こんな惨めな最後を迎えたのだから。
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あれから三日、俺たちは再び船上の人となる。
ザンスという国は混乱していたが、内患が解消された今はゆっくりと健常な国へと発展していくことになるだろう。そうなって欲しい。
キャラット王女や国王からは公式、非公式にザンスに残って欲しいという要請があったがそれを丁重にお断りしてシャルムだけをザンスに残すと俺は親善大使という肩書きだけを貰ってザンスを後にした。
リチャードはあれ以来、姿を現さない。
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「……いいですよ。横島さんにだけは知ってもらいたいですから」
リチャードは訥々と語りだした。
「私は傭兵部隊の隊長に戦場で拾われました。何の力も持たない私をベトナム戦争のひどい戦場の中で守りながら戦うのは無謀なことだったでしょうがそれでも足手まといの私を守ってくれた。私にとっては彼らは大切な家族でした。……彼らの足手まといにならないよう、手助けが出来るように貪欲に戦争技術を学んでいくうちにベトナム戦争は終結。その頃には半人前ながら私は傭兵になっていました。……戦場を渡り歩くうちに家族の数は減っていく。だから私は何でもしました。少しでも家族の生存確率が上がるなら民間人だろうが敵兵だろうが容赦なく殺してね。……でも、所詮は子供の浅知恵でしたね。そうすることで敵を作っていたことに私は気がつかなかった。敵からはもとより味方からも恐れられて、最終的には味方に裏切られ部隊は全滅。マスタードガスに追われ、敵兵に追われ、対ガス装備をつけた味方にも追われ、生き延びたのは私だけでした。結局、私の行動が家族を全滅させてしまったんです。私も完全に無事だったわけではありませんが」
リチャードは服を少しまくって見せるとそこには無残な火傷の跡がある。
おそらく、マスタードガスが衣服にでも付着したからなのだろう。
「……復讐か?」
「10年位かかりましたねえ。全員を惨殺するのには。……軽蔑しますか?」
「いや……。きっと俺も同じことをする」
いや、俺は同じことをしたんだ。
「まぁ、その間に裏の世界でもかなり有名になってしまいましてね。軍人時代に作ってしまった敵と、復讐に駆り立てられて裏の世界を這いずり回っている間に作ってしまった敵、『血雨のリチャード』の名前を狙う阿呆どもとか。ま、ともかく敵が多いんですよ、私って」
リチャードは困ったものですといって肩をすくめて見せた。
「話は少し変わりますが、私にも友人はいるんですよ。復讐を終えて抜け殻になった私にまた生きる力を与えてくれた友人が。そのうち二人は正面から戦えば私と同レベルですがそれ以外は素人に怪我はえた程度。残りは戦闘能力皆無のお嬢さんたちでして。私を殺すために私の友人を狙う連中がいるんですよ」
リチャードは笑顔を絶やさない。それでも冷たい炎とでも形容するようなくらい感情は伝わってくるが。
「私は万能じゃありません。どんなに走っても100m走るのに10秒はかかってしまいます。どんなに手を伸ばしても1m先のものに手を触れるのが限度。たとえこの身を盾にしても人一人庇えるかどうか。……だから私は恐怖を用いて彼らを守ります。私と彼らに手を出した人間を完膚なきまでに破滅させて、誰も手を出す気が起きなくなるくらいに」
「今回もそれが原因か?」
「日本に続いてザンス国王がアメリカに外交に訪れたときに原理主義者達によるテロがおきました。誰にとっても不幸だったのは私の友人がそれに巻き込まれたことです」
なんてわがままで傲慢な理由なんだろう。
……だからリチャードと俺は似ているんだ。
「私は、自分より強い人が好きなんですよ。私の友人も皆私より強い人ばかりです。心が。でも、殺しあって絶対に勝てないと思った人はあなたが初めてですよ、横島さん」
リチャードは笑顔が表情のベース……と、言うよりそれ以外の表情は見せたことがない。
だけどそのときの微笑みは、本心からの微笑みに見えた。
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「あれ、お兄さん何こんなところでたそがれちゃってんの?」
空港で何の気なしにリチャードとの会話を回想していたら見知らぬ女性の声がした。
そちらを振り向くと典型的な欧米人種の女性が立っていた。
「そんなくらい顔は似合わないぞ♪ ほら、スマイルスマイル」
「……おまえ、リチャードか?」
「イヤ~ン。ジェーン=ドゥよ。ジェーンって呼んで♪」
「被告人の次は(ジェーン・ドゥ=)身元不明の女性死体か。というか何しに来た?」
「やぁねぇ。お世話になったからお見送りに来たに決まってるじゃない♪」
松五郎さんたちはあまりのことに呆然としている。
いや、俺も守護霊がいなければ見分けがつかないんじゃないか? と、いうくらい見事な女性っぷりだ。
「今回はみんなのお陰で助かっちゃった♪ ありがとね」
周りが呆然としている間にジェーンは言いたいことだけ言って人ごみに紛れていった。別れ際に俺にだけ耳打ちをして。
「もしよければ、次に会うことがあれば私のことはヨハンと呼んでください。ヨハン=ケレブロス。私の友人は私のことをそう呼びますから」
血雨のリチャードじゃなく、銀の雨のヨハンか。あいつ、偽名をつける才能ないんじゃないか?
ふと見ると、かなたちゃんが頭を抱えている。
「どうしたの、かなたちゃん」
「大家さん。ちょっとほっといて。いま、女としてのプライドとか化け狸としてのプライドとかに折り合いつけてるところだから」
まぁ、容姿でいけば絶世の美女に化けてたからなぁ。
程なくして、折り合いをつけたらしいかなたちゃんは一言だけ洩らした。
「人間って、狸以上に化けるひともいるんだね」
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≪ヨハン≫
私の友人が入院している病院に足を運ぶ。
「お加減はいかがですか?」
「あ、先生。もう戻ってこれたんですか?」
「はい。すみませんでしたね。あなたたちが大変だったというのに急な派遣依頼が来てしまいまして」
彼女達は私の正体を知らない。
私の表向きの職業、医者であると言うことを信じて疑っていない。
「主治医の先生に退院後のケアについて相談してきますからゆっくり養生なさってくださいね」
彼女達の治療後の経過を見て安心する。
これなら遠くないうちに退院できるだろう。
病室を後にした私を私の正体を知る友人。
彼女達の恋人である男性二人が追ってきた。
「大丈夫だったか?」
「えぇ、予定通り全滅させてきました」
「すまない。お前にばかり手を汚させて」
私はニコリと微笑む。
「駄目ですよ。あなたたちの手はあんなにきれいなお嬢さんを抱くためにあるんですから血で汚したりしたら。私の血まみれの手はそのためにあるのだから」
私は幸せです。
だって友人がいるのですから。
そうは思いませんか? 横島さん。