≪霧香≫
「これより、」精霊奉還の儀を始める」
ザンス国王の厳かな宣言と共に儀式は始まった。
しかし私の心はここにあらず昨日の横島さんのセリフがよぎる。
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「あ~、死ぬかと思った」
横島さんは何事もなかったかのようにむっくりと起き上がると、やっぱり何事もなかったかのようにあっさり立ち上がり身体についた埃や煤を叩き落とした。
皆が駆け寄り口々に叱責する。
それは無茶をする横島さんにこれ以上無茶をしないで欲しいという思い。
心配をかけないで欲しいという願い。
そしてかなたちゃんを助けてくれたことに対する感謝の気持ちのこもった言葉だったが横島さんはのうのうと言ってのけた。
「俺は死なないよ」
と。
激怒する皆。
「ふざけないで! あなたはどんなに強くたって人間なのよ。私たちなんかと比べたらすぐに死んじゃう人間なの!」
私自身彼の言葉に怒りを覚えたのだろう。
人間を馬鹿にするつもりはないがそんなことばが口から零れた。
「……昔ね、俺に命をくれた女(ヒト)がいたんだ」
横島さんは訥々とそんなことを語りだした。
「そのヒトは死に掛けていた俺に自分の命を明け渡すことで俺の命をつなぎとめてくれた。その代わりに死んじゃったけどね。……とても、悲しかった。助けてくれたことには勿論感謝している。でも、やっぱり悲しかった。俺はそのヒトを助けることが出来なかった。それどころかそのヒトを見捨ててしまった。……だから俺は死なない。誰かを庇って死んだりはしない。俺を大切に思ってくれる人たちが俺のことを忘れない限り。……それにかなたちゃんは優しいから、俺が死んだくらいでも悲しむだろう?」
横島さんはそう微笑んだ。
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はっきり言って戯言だ。
死なないといって本当に死なない人間なんていない。
だけど納得させられてしまった。
彼の瞳には問答無用の説得力があったから。
式が佳境に入ったとき、異変が起きた。
突如王宮の野外式場に巨大な火柱がおきたから。
それとほぼ同時に水柱、土の柱、竜巻が式場を取り囲むようにおきた。
突然の異変に動揺する出席者。動揺しながらもSPたちは精霊獣石を構える。
動揺していないのは私の隣にいる横島さんと式神ケント紙に横島さんが何か細工をして本物そっくりに変化させた仲間たち。
あの火柱、水柱、土の柱、竜巻はそれぞれ来夏ちゃん、流人君、野呂さん、琢磨君が作り出したものだから。
「慌てるな! 精霊王御降臨の予兆だ」
肩にサンダーバードを乗せたシャルムさんが素面で大嘘をついた。
もっとも、本物の精霊王にあった者の言葉なので疑う余地は(真実を知らないものには)ない。
空にまばゆい光が(リチャードの用意した閃光弾)発したかと思うとそこには立派な四足獣に乗った光り輝く男性が従者を従えてそこにあった。
四足獣は凛ちゃんの本来の姿、聖獣麒麟。光り輝く男性とその従者は松五郎さんとかなたちゃんが変化した姿だった。
シャルムさんが跪き、他のものがそれに倣った。
「精霊王、此度の御降臨はいかなる由ありてのものでしょうか?」
「シャルムか。主が再び現世に戻ったと聞いたのでな」
「そうでございましたか。……精霊王、私はこの折に御身に尋ねたいことがあります」
「申せ」
「かつて私は御身の協力を得る代わりに、精霊を奉じ、土を、風を、火を、水を汚さぬ誓いを立てました。なれど時は移ろい、人も移ろい今の世にそれを守り続けることが本当に正しいことなのかどうか」
「シャルムよ、主は誤解をしている。我は精霊を奉じ、自然のままに生きよと申したのだ。人が文明を手にし、他国と関わり合うことが自然であるのならどうしてそれを禁じられようか? 主ら人間もまた自然の一部なのだからな。大地の精霊が許す限りは大地を汚すことを許そう。風の精霊が許す限りは空を汚すことを許そう。火の精霊が許す限りは火を利用することを許そう。水の精霊が許す限りは水を汚すことを許そう。もし、その限度を超えて土を、風を、火を、水を汚すことがあればその罰も受けようが全てを否定することもない。ザンスが精霊を奉じ、その加護を求める限り我は主との約定を守りザンスとザンス王家を守護せしことを誓う。人の子らよ、あるがままに生きよ。精霊の許す限りにおいてな」
火が天に昇り、水もそれに倣った。土と風が空を覆い、それがはれたときには精霊王とその従者は忽然と姿を消した。
その後は大変だった。
精霊奉還の儀式に精霊王(偽)が現れたのだからしょうがない。
ちなみに、精霊王が語った内容は横島さんが実際に精霊王にあって内容を確認したことなので精霊たちの怒りをかう心配もない。
「さてと、これで連中の正義は完全に絶たれた。何しろ精霊王直々に許されたんだから」
そう言った横島さんの顔は悪戯が成功した子供のそれだった。