≪来夏≫
「前言撤回をしてもよろしいでしょうか? 水中の鮫や平地の獅子を相手にしても圧倒できる人間というのも存在するみたいです」
リチャードのそんな言葉も耳に入らない。
そこはもはや戦場ではなかった。
多くの妖怪が倒れ、地に伏していた。
妖怪戦車は横倒しにされ、砲塔がへしゃげていた。
ゼロ戦型の妖怪は翼が折れ、空を飛ぶことが出来ない。
松五郎さんたちも呆然と横島さんのほうを見てる。
恐らく横島さんがこの戦場を収めたのだろう。
「……この化け物め!」
まだ息があるらしいキルロイがそう横島さんを罵った。
「そうだな。……化け物は言葉どおり化けるもの。そして化けたものだ。お前達妖怪はそういう風に生まれてきたのだから化けたものではないが、俺みたいな存在は人間の存在から逸脱してしまい、人間以外のものに化けてしまった存在。そういう意味ではお前達よりも化け物という蔑称はお似合いなのかもしれない。」
横島さんが自嘲して見せた。
「ねぇ、もうやめなよ」
かなたちゃんが不用意にキルロイに近づいた。
キルロイの唇がゆがむ。
直後に爆発が起きた。
爆発したのはキルロイ。
かなたちゃんが巻き込まれ……。
地面にどさりと何かが落ちる音。
煙がはれた先にはかなたちゃんと、かなたちゃんを庇って倒れ伏した横島さんの姿があった。
私たちが横島さんに駆け寄ろうとするとそれを一括する大声。
「触るな!」
リチャードだった。
殺気がにじみ出るその声に一瞬であったがそこにいる皆が止まった。
その一瞬の間にリチャードは横島さんのもとに駆け寄ると手元にポーチを取り出した。
中に入っているのはメスや縫合糸、脱脂綿や包帯、いくつかの薬品。
「大声を出してすいません。ですが爆発に巻き込まれた人間をむやみに動かすことは危険なんです」
「あ、私ヒーリングできるから手伝う」
手さばきを見る限り、プロのそれを思わせるリチャードに横島さんのことは任せた。
かなたちゃんは恐怖にカタカタと震え、それを霧香さんが抱きしめて慰める。
「……だから自分を大事にしない人は嫌いなのよ。周りがどれだけ心配してもお構いなしに危険なことに飛び込んでいくんだから」
私も同じ気持ちだ。
数日間しか一緒にいなかったが彼の存在感は数年を思わせる密度で私たちの中に入り込んできた。
仲間意識もある。
彼は人間だけど。
視線を彼のほうに向ける。
鬼気すら感じる真剣な視線でリチャードが診察をしている。
あれほど嫌悪感を抱いていた相手なのに、今リチャードにその気持ちを抱けないでいる。
誰かを救おうと真剣な人間を、仲間を救おうと真剣な人間を嫌悪できないでいる。
「診察終了しました。……信じられないことに気を失っているだけです」
リチャードの言葉に霧香さんの手の中にいるかなたちゃんがへなへなと座り込んだ。
「さてと、キルロイさん。いきてますね?」
言葉は疑問形だが実質断定してキルロイの元に歩み寄る。
「貴様が……裏切っていたのか」
「もとより、あなたの仲間になった覚えはありませんよ。……さて、申し訳ありませんがあなたを生かしておくと危険そうなのでここで死んでもらいます」
リチャードは自分の手首を持っていたメスで切った。
途端にあふれる鮮血。
「戦場という密閉空間で、敵も味方もなく毒ガスにさいなまれ、殺し合い、ただ一人生き残った私は形式的に蠱毒の蠱たちと同じ境遇に陥ったため、私に流れる血は呪を帯びました。一般的に動物のほうが恨みが強いといわれますが人間以上に怨嗟を残す生物はいないでしょう? 戦場で裏切られ、死んでしまった兵士たちの恨みのこもった血、これもあなたの好きな戦争の生み出した結果です。……地獄で会いましょう、キルロイさん」
手首から流れ落ちる血がキルロイに降りかかる。
キルロイの負った傷口から進入したのであろうそれは確実にキルロイの生命を奪っていき、殺した。
手首を紐で縛って止血をするとリチャードは困ったような微笑を見せた。
「他の方々は血に浸した弾丸を撃ち込んだだけですから死んではいないと思いますよ」
なんともいえない空気が漂う。
そんな空気をぶち壊したのは横島さんだった。
「あ~、死ぬかと思った」
何事もなかったかのように横島さんはむっくりと起き上がった。