≪リチャード≫
遠くからでもわかる戦車のキャタピラが軋む音。
未だ香らぬ硝煙の匂いや、血の匂いがたちこめる時、ここは懐かしき我が故郷(戦場)に変わるだろうか。
咽返るような緑の香りがしない代わりに、砂塵の匂い。
息をするにも苦労するような湿度がない代わりに、守る木陰もなく太陽光が容赦なくその猛威を振るう。
同じなのはただ暑いということ。
それでも麗しき我が故郷(戦場)には違いない。
もっとも、この故郷は偽者ですけれども。
「妖怪戦車の数が三体、確かに向こうより数は少ないけどこちらも戦力は少ないわ。本当にどうにかなるの?」
こちら側に来たのは見張り役の来夏さんと霧香さん。戦力としては来夏さんも含めて後は野呂さんか。
対してあちら側は単体でも強力な妖怪戦車に、恐らくその中に乗っているであろう傭兵妖怪たち。
だけど。
「マァ妖怪戦車は強力ではありますよ。でも彼らは妖怪と化したことで戦車としての弱点と共に生物としての弱点も手に入れてしまった。それに迎撃ポイントも悪くないし、武器もある。情報もある。何より、ただの戦争狂(フリーク)が元とはいえ職業軍人(プロフェッショナル)に適うわけないでしょう?」
「相手は妖怪なのよ?」
「武器を持たぬ人が鮫やライオンに勝てると思いますか?」
私の突然の質問に女性陣二人は答えられなかった。
「鮫なら陸上で、獅子なら水中で戦えば自滅を待つだけで勝てるやも知れませんね。ハイ」
流石は土竜の妖怪。ある意味局地戦のエキスパートか。
「そのとおり。確かに人間では水中の鮫や平地の獅子には勝てません。ですけどそれなら鮫を地上に、獅子なら水中に引きずり込めば良い。そしてこの場所は彼らにとって陸上の鮫、水中の獅子と同じような場所。に、なりうる場所でして。それに今は武器も持っています。あなた方が思うほど無謀でもないんですよ」
周囲三キロほどには住人はいない。
この場所はかつて町があり、なだらかな石畳の街道がゆったりとしたカーブと上り坂を形作る。
事前に野呂さんに頼んで不自然でない程度に大地を所々盛り上げてもらって通り道を作った。
私たちはそこから1kmほどはなれた小さな丘の上。
だけどこここそが戦車にとっての鬼門。
もっとも、フリーク程度では気がつかないでしょうけど。
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待つこと1時間と少し。
三体の戦車が街道を走ってくる。
Kar98kを取り出し、構える。
「対戦車ライフル。でもそんなものじゃあ妖怪戦車の装甲を貫けないわよ」
「別に少しだけ装甲に傷がつけばいいだけですから」
戦車が目的のポイントについた瞬間、私のライフルが火を噴いた。
目標は土の通り道に隠された大きな樽。
過たずそれに穴を開けた。
樽は破壊され、中に入っていた液体は土の通り道を通り街道を浸していく。
戦車がその地点に差し掛かったとき、キャタピラは空転を始め、坂道を自重に任せて滑り落ちていった。
そして滑り落ちて街道から外れた先には対戦車地雷が歓迎している。
その隙に弾を込めなおした私は妖怪戦車の薄い上部装甲を狙って特性のライフル弾を撃ち込んだ。
いくら薄いとはいえ戦車の、それも妖怪化してさらに頑強になった装甲を貫くことは出来ない。
だけど傷がついたらそこから毒は回る。
ただの戦車であれば毒など意味はない。
妖怪戦車にも普通の毒は意味を成さないかもしれない。
だけれどもこの毒は呪詛だ。生物であれば恐らく効果はあるだろう。
妖怪戦車は妖怪になったがためにこの弱点を得てしまったというわけだ。
動かなくなった妖怪戦車から出てきた妖怪たちにも弾を打ち込みその場に動くものはいなくなった。
「さて、こちらは片がついたようだし横島さんたちの救援に行きましょうか。あまり意味はないと思いますが」
「あなた、いったい何をしたの?」
あまりに一方的な戦いともいえない行為であったためか、来夏さんが尋ねてきた。
「石畳の上に石鹸水を流すとキャタピラは空転して動けなくなるんですよ。妖怪戦車もキャタピラで動いていますからね。滑り落ちた先に対戦車地雷、札や精霊石を仕込んだものを配して足を止め、止めに毒を仕込んだ対戦車ライフルの弾を撃ち込んだわけです。まぁ、毒そのものを流し込んだわけではないですから多分生きているでしょう。もっとも、当分は動けないと思いますけど」
「妖怪戦車にも効く毒って」
「蠱毒ですよ。人蠱。いえ、兵蠱とでも言いますかね」
それだけ言うと私はさっさと動き出した。