≪横島≫
ザンス王国の首都の中心地、当然ここにもホテルのような近代的な宿泊施設はないものの、当然宿泊施設は存在する。その中でも最高ランクに分類されるやどの一室にリチャードはいた。警備も十分施されたその宿は地方の町の市長や、部族長が首都に訪れたときに使われる宿のため、警備も厳重に行われている。特に精霊奉還の儀式が近いため、通常よりも遥かに厳しい警備がなされ、一応国賓扱いの俺も入るために何度か精霊技術を用いた道具にチェックをされた。
ドアをノックすると聞きなれぬ声で、入室の許可が下りた。
俺が入るとそこには見慣れぬザンス男性が立っている。
どこからどう見てもザンス人だが、彼の周囲を取り巻く存在がそれがリチャードであることを示していた。
「よく化けたものだな?」
「なに、変装技術も私みたいな存在には必要不可欠な技術でして」
照れたように微笑むリチャード。
特に監視のような存在がないところを見るとここの警備員やジャコフたちすら見事に欺いているということか。何か特殊なオカルトアイテムを使っているのか彼を取り巻く怨霊や、守護霊たちも希薄で俺の目でも意識していないと欺かれそうだ。
「……冗談かと思っていたが本当だったんだな」
部屋のあちこちに、世界中の宗教の宗教的なシンボルが飾られていた。
「これだけ揃えばあなたが殺した人々や、かつてのあなたの仲間の冥福を祈るには十分なのかもしれないな。何を信仰していたとしてもたいていの宗教は揃っているから」
「……私がそんなに殊勝な人間に見えますか?」
そのことにはそれ以上触れない。
「変装には自信があったんですが横島さんには通用しなかったようですね。それとも監視でもされていましたか?」
彼の影からユリンが飛び出す。
「……やはりあなたにはかないそうにない」
リチャードは苦笑して見せた。
「それで来訪の目的は何ですかね? 本来であれば歓迎したいところですがなにぶん準備がイロイロとありまして」
「あなたの本当の目的を聞きたい」
しばし見詰め合うと彼はさらに苦笑して見せた。
「……いいですよ。横島さんにだけは知ってもらいたいですから」
リチャードはゆっくりと自分の目的を語りだした。
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精霊奉還の儀式が近づき、城内もあわただしくなってきた。
リチャードの情報によればキルロイたちが動くのは三日後。
リチャードの目的を聞いた俺は彼に対して積極的な協力こそしないものの、彼のすることに対してそれを止めるということをやめた。
俺にはその資格はないし、感情的な部分では理解できてしまったからだ。
精霊奉還の儀式に先駆けて、国賓が来訪する。
と、言っても鎖国政策をとって来たザンスにとって国賓というのはアメリカ先住民達くらいなもの。
俺たちは例外だ。
ザンス王家の護衛もかねて港に行くと見覚えのある人たちが船から下りてきた。
「お久しぶりです、国王陛下」
「ニルチッイ殿もお変わりないようで何より」
ネイティヴアメリカンたちのまとめ役の一人、ニルチッイさん。エレナさんの姿も見える。
ニルチッイさんが俺たちに気がついたようだ。
「横島さん、どうしてあなたがここに?」
「俺も呼ばれたんですよ」
城に戻る間、俺とニルチッイさんをはじめとしたネイティヴアメリカンの皆や、キャラット王女を交え、談笑をしていた。
いつの間にか麻美ちゃんや霧香さんも混じっている。
……流人くんはエレナさんを口説いていたようだ。
城に戻った後、事件は起こった。
「おぉ、横島卿。ご無事で何より」
いや、戦いに行ったわけでもないのにそのセリフはおかしくないか? シャルム。
シャルムの姿を見た瞬間、ニルチッイは一瞬驚愕に固まり、シャルムの元で跪き頭をたれた。
「お初にお目にかかります。私の名前はニルチッイ」
「ニル……チッイ?」
突然のことに固まるシャルムだが彼女の名前に反応を示した。
「異邦の英雄、シャルムさま。あなたの妻、初代ニルチッイ様より伝言を預かっています。『風のニルチッイは今でもあなたとの約束を守っています』……と」
ニルチッイさんとシャルムの話を総合するとこうだ。
カヌーで大西洋を渡ったシャルムはアメリカ大陸に渡った。
漂流中、消耗していたシャルムはネズパース族に拾われ、そこでネズパース族の娘、ニルチッイを妻に娶り生活をしていたが、白人達の侵略は彼らの部族にも及び、シャルムは絶望的な戦いの殿を務めた。
シャルムの活躍とネズパース族の男達の奮戦により女性と子供だけは逃げ延び、アパッチ族に拾われたのだという。
そのときの誓いの言葉が
『例えどのような形であろうと必ず帰ってくる。だからお前も必ず生きろ』
『風のニルチッイはいつまでもあなたの帰りを待っています』
ニルチッイの子孫は代々子供にニルチッイの名と、初代の伝言を受け継いできたらしい。
しかし、ニルチッイさんは若い頃、初代ニルチッイと同じような出会いと別れをしたために子供を残すことなく本来であれば今代でその伝言も意味をなくすところだったという。
「なかなか女殺しだな、シャルム」
「いやいや、横島卿には負けますよ。心見殿の話によると卿の周りにはなんに……」
睨んでシャルムを黙らせる。
シャルムは意地の悪い笑みを浮かべると堪えた様子もなく、それでもそれ以上言葉をつむぐのをやめた。
「でも、私の我侭で初代様の遺志を私の代で失わせてしまうところでした。横島さん。前回のことといい、本当に感謝の言葉もありません」
「……いや、そうでもないみたいですよ」
俺は海のほうを見る。
皆もつられてそちらを見上げた。
俺の視線の先には雷光が、いや、一羽の鳥が本物の雷光と見まごうばかりの速度で飛来してくる。
サンダーバードだ。
手に双文珠を生成すると【人/化】と込めた。
予想通り、サンダーバードはシャルムに真っ直ぐ突っ込んでいく。
人前で文珠を使うことは避けていたが今回は……情にほだされたか。
文珠をサンダーバードに解放するとネイティヴアメリカンの民族衣装を身に纏った少女がそのままの勢いでシャルムに抱きついた。
それをたたらを踏みつつも受け止めるシャルム。
「シャルム様。お帰りをお待ちしていました。……ずっと、ずっと」
泣きじゃくる少女を黙って抱きしめるシャルム。
それ以上は無粋かと視線をはずした。
祖霊となっても待ち続けるか……。
文珠では制限時間があるし……何とかしてあげたいものだな。
ずっと昔の仲間を思い出す。
今の仲間も勿論大切だけど彼らとは同一人物だけど別人だ。
最近殺伐としていたせいか、妙に感傷的になり涙を流してしまった。