≪横島≫
「……わかったわ。監視、という意味も込みなら一緒に行動してもいい」
来夏さんは不承不承といった感じで頷いた。
「……来夏さん。俺にはリチャードを取り巻くものが見える。霊能力を持たない人間でなければ数分で発狂死してしまうのではないかと思うほどの怨霊が彼の周囲に取り巻いているよ。だけど彼の周りには一人一人が恐ろしく強力な守護霊が十数人もつき従い、彼を怨霊から守っている。通常一人につく守護霊は一人だし、悪徳ばかりをつんでは守護霊は弱体化するというのが一般的だ。……よほど強くリチャードを守ろうと守護霊たちが思っていない限りそれはありえない」
本当に、彼が俺と同じ思考形態をしていたというのであれば彼には絶対的な価値観があって、それを守るために周囲のあらゆるものを利用しようとしたのだろうと思う。
彼を取り巻く怨霊はそのために巻き込んだ人々の怨念。
彼を守ろうとしている守護霊は多分、彼が守ろうとした人たちなのではなかろうか?
俺は皆を守るための行動をまず考え、それから周囲の被害を考える。
皆を守れることを最優先に考え、周囲の被害を最小限にする。
俺にはそれが出来たが彼には出来なかった。
俺と彼の差なんか力の強弱に過ぎないのではなかろうか。
「それから、彼からは眩暈がするほど強力な呪詛の気配がするわ。蠱毒、犬蠱に近いものだと思うけどはっきりとしない。たぶん同類の私も知らない呪詛よ。よく生きているわ、本当に」
釈然としていない来夏さんと麻美ちゃんだが、俺たちはもとの部屋に戻った。
「やあ、それは助かります。信じてもらえない可能性を考えて42種類ほど対策を考えていたのですけどそれを使わずにすんで」
リチャードはお気楽そうにそういってのけたが、とどのつまりはこの計画に彼は非常に綿密な作戦を練っていたということだ。
「さて、それじゃあ彼らの計画ですが」
リチャードの情報は詳細だった。原理主義者とキルロイたちはすれ違いがあるらしく、精霊奉還の儀式を前後して個別に進攻してくるらしい。
「原理主義者に関してはシャルムさんもいますし、横島さんがイロイロ手を打つみたいですから」
本当に油断ならないな。
リチャードはキルロイたちの進攻ルートや戦力も詳細に調べ上げ、迎撃ポイントも示唆してきた。
「進攻ルートは二つ、戦力の多いほうは皆さんに当たってもらおうかと思います」
「ちょっと待ってよ。こっちのルートから進攻してくる連中はどうするつもり?」
「そっちは私が相手にします。監視役さえいてくれれば後は私が対処しますから」
「……霊能力を持たずに妖怪と戦うつもりか?」
「元々、あなた方が来てくださらなかった場合、キルロイさんたちの相手は私がやろうと思っていましたのでご心配なく。なに、オカルトアイテムさえあれば何とかなりますよ。それでは失礼」
リチャードは連絡方法を教えると堂々とドアから出て行った。
まぁ、彼が捕まるとは思えないが。
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≪リチャード≫
ザンスに来てから使っているアジトに戻るとパーツを取り出した。
ザンスで手に入るものを分解して、組み立てて、自分が持ち込んだ爆発物と組み合わせる。中に精霊石と護符を混ぜ込んで市販のものより幾分無骨であるが対戦車地雷が完成する。
次いでばらばらに分解して持ってきたKar98kを組み立てると念入りに調整する。
大戦前の古い銃だが、ライフル弾としては最高威力の7.92mm×57弾を使用するために持ち込んだ。
弾薬は7.92mm×57を徹甲弾使用にしたものを用意した。
そこで手を止め、シャワーを浴びることにした。
シャワーを浴びながら自分の身体を見る。
無駄な贅肉も、筋肉すらそぎ落とした身体はよく言えばマラソン選手の身体に似ていなくもない。
戦場で生き延びるために持久力と、非力な子供でしかなかった自分が相手を殺すために相手を圧倒するスピードを手に入れるために作り上げたからだ。
思わず苦笑する。
ホラー映画に出てくる魔女の持つ人形のように傷だらけの体。
銃創、刺傷、火傷、もはや消えることもない痣。よくもまぁこれだけついたものだ。
きっと横島さんの身体もこうなのだろう。
もっと酷いかもしれない。
横島さんのことを思うと嬉しいやら情けないやら複雑な心境になる。
横島さんと私では同じものを目指していても方法が大きく異なる。
私はキルロイさんたちを呼び寄せ、原理主義者たちの不協和音を大きくした。
横島さんはシャルムさんを呼び出し、ザンス王家の力を増大させた。
前者は戦争を煽り立て、後者は戦争の意味をなくす。
同じものを目指してどうして請うまで結果も経緯も違ってしまうのか。
沈んでいてもしょうがない。
シャワーを終えると服をはおり、アルミニウムの皿の上に腕を置き、手動ポンプ式の献血機を自分の腕に刺し、皿の上に血を抜き取っていく。
必要な分だけ血がたまるとその皿に火薬部分が血にぬれないように7.92mm×57弾を浸す。
「キルロイさん。申し訳ありませんけど私のためにあなたたちを潰します」
決して良い軍人にはなれそうもない戦争狂。
いずれにしても今のうちに潰しておきます。