≪横島≫
精霊王に今回の件で一番重要な懸案に対する確認も取れた。
後はザンス原理主義組織と傭兵妖怪たちへの対処なんだが……。
キャラット王女と精霊騎士の主だった人間を集めて作戦会議を行っている最中。
精霊騎士たちとの軋轢を懸念していたのだが、精霊騎士の間で俺はなぜか英雄視されていて(裏であの大使の暗躍があったらしい。それでも本当なら何らかのシコリが残るはずなのだが俺の精霊獣がシャルムで俺が彼を従僕扱いしなかったことによってしこりは解消され、以前からあった英雄としての風聞を強化することになった)少なくとも精霊騎士の間では俺や俺が連れてきた皆が窮屈な思いをすることはなかった。
「それで町に動きは?」
……侵入者がいるな。それも気配を消すんじゃなくて周囲に同化させる様な奴が。
というかこいつは人間か? 霊的な能力の形跡は殆ど感じられないのにここまで気配を遮断しているなんて。
俺も心見がいなければ気がつかなかったかもな。
きっとこいつは化け物だ。
「特にはないな。静かなものだ」
「街の雰囲気はギスギスしていたけどね」
気がついているのは霧香さんくらいかな……。
「なぁ、俺としては12月25日に行われる精霊奉還の儀式が怪しいと思うんだがどう思う?」
「そうカモシれません。精霊奉還のギシキはザンスでもモットも重要な儀式デス」
そう。国中の意識が精霊奉還の儀式に向かう。
襲撃にはもってこいだが、俺が利用するにもまたもってこいなのだ。
問題はそれまでに傭兵妖怪たちをどうにかできないかということ。
……今の状況では動かないか。
軍議ともいえない軍議が終わり、キャラット王女と精霊騎士たちが退席した数瞬後、周囲から滲み出すように彼はその気配をあらわにした。
身に纏っていたザンス製であろう霊波迷彩服を脱ぎ捨てたあとには年齢不詳の白衣を着た線の細い男性が立っていた。
「いやぁ、気を使っていただいて申し訳ありませんね」
彼は第一声にそうのたまった。
霧香さんと俺以外があっけに取られている間に彼は極々自然に空席になった椅子のひとつに腰掛けた。
「はじめまして。リチャード=ロウと今は名乗っているものです」
彼は名刺を出してきた。
「Richard=Roe(訴訟上で用いられる被告人の仮名。日本で言う少年Aのようなものか?)偽名であることを隠そうともしないんだな」
「それが本名だった時期もあったんですよ。もっとも、血雨のリチャードというあだ名のほうが通りが良かったんですけど」
「血雨のリチャード……キラーフリーク(殺人嗜好者)リチャード中尉……」
「知ってるの?」
麻美ちゃんの言葉に来夏さんが頷く。
「私の知る限り最悪の軍人よ。作戦目的のためなら民間人を巻き込むこともいとわないし、行った作戦行動のほとんどで敵兵を皆殺しにしている」
「キラーフリークですか。……より格調高くジェノサイドアーティスト(殺戮の芸術家)と呼んで欲しいものですね……。冗談ですよ。面白くなかったですか?」
リチャードはニコニコと人好きのする笑みを絶やさずにそう言った。
そんなリチャードを来夏さんが睨みつける。
「それで、わざわざこちらの本拠地まで乗り込んできていったい何のようだ?」
リチャードは懐からそれを取り出した。
「はい。降参します」
彼は白旗をヒラヒラとはためかせて微笑む。
「どういうつもりよ」
来夏さんはいまだ睨みつけたままリチャードに問う。
「自分が絶対に勝てない相手に負けないためにはどうすればいいと思います? 戦わないことですよ。私の命の保障がいただけるのなら必要な情報をお渡ししますよ」