≪エミ≫
忠にぃが私たちの誰も連れて行かずにザンスに旅立った後から事務所の様子がおかしい。
例年だったら皆で集まるクリスマスも今年は行わない。
まぁ、忠にぃはプレゼントを残してから行ったし、雪之丞たちは雪之丞たちでそれぞれ祝うみたいだし。
……おかしいのは雪之丞と令子、冥子の三人か。
……雪之丞のほうはピートかカオスにでも頼めば何とかなるかもしれないから私がどうにか二人をなだめないとね。
とはいえ、どうやってなだめたらいいものかしら……。
「……ねぇ~、エミちゃん~。私たちって~、そんなに頼りないのかしら~?」
「そんなことはないと思うワケ。そりゃあ、忠にぃは別格が過ぎると思うけど」
「じゃあ、何で横島さんはいつもいつも、大切な時に私たちを頼ってくれないのよ!」
「……今回の件に限っては私にはわかるワケ。人を殺すことをなんとも思わない連中が相手で、もしかしたら人を殺さなくちゃいけないかもしれないから……。オタク達には私が昔殺し屋だったって話したことがあったでしょう?」
私の言葉に二人は一瞬表情を強張らせ、次いで真剣な面持ちでうなづいた。
「あの時は……何度手を洗っても自分の手が真っ赤に染まってる幻覚にさいなまれたワケ。おかしいでしょう? 片棒を担いでいたとはいえ私が殺したワケでもないし、ましてや呪殺で血なんかつく訳がないというのに」
うん。なんていうかこの子達の優しさにつけこむような手段は気がとがめるワケ。
「私だって儀式呪術をかけているときは基本的にオタクたちにも秘密にしているワケ。それはオタク達を信用していないワケじゃなくてオタクたち近寄って欲しくないことをしているから。呪術はオカルト(秘匿されるべき知識)の中でも最も暗い部分だから。忠にぃも私たちに近寄って欲しくないんだと思うワケ。人を殺すということに。私の予想では忠にぃは人か、それに近い存在を殺したことがあるワケ」
令子も、冥子までその可能性に思い至っていたらしく、少し陰のある表情を見せた。
それでも私の心中には余裕があった。
「……ま、しゃあないか」
「そうねぇ。……お兄ちゃんだしねえ」
忠にぃが隠し事をしているのは今に始まったことじゃないし、いまさらその程度のことで揺らぐほど、忠にぃが積み上げてきたものは軽くない。
いや、少し違うか。
私たちが積み上げてきたものだ。
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≪横島≫
「シャルム、こっちでいいのか?」
「あぁ間違いないよ、横島卿。この先にかつて私が精霊王と約定を交わした場所がある。いや、懐かしいなぁ」
シャルムはザンス王家が秘匿していた禁足地の中にズカズカと入り込むシャルム。
まぁ、俺もそれに続いているわけだが。
「この先で偶然見つけたんですな。いや、精霊のお導きという奴か」
カラカラと笑うシャルム。
今まで俺の周りにはいなかったタイプだな。
シャルムの案内に任せて禁足地の最奥、精霊王の宿る座とザンス王家で呼ばれている巨大精霊石の前にたどり着く。
強い力を感じるが神気に近いな。日本で言う八百万の神に近い存在か。
ザンスの儀式までは流石に学びきれなかったがこれなら代用できるだろう。
俺は八百万の神々に呼びかける礼賛の儀式を行う。
目的はひとつ。精霊王にどうしても確かめなければならないことがあったからだ。