≪麻美≫
大家さんはあの式典を鎮めて以来王様の許可を取ってひたすら書庫にこもっていた。
お父さんや霧香さん達は街に聞き込みにいったりしてるというのに。
「ねぇ、大家さん。聞き込みとか行かなくていいの?」
ユリンと遊ぶのも退屈した私はゼクウさん、心見ちゃんと一緒に資料を読み漁っている大家さんに声をかけた。
「ザンスに来てから随分とカラスの数が多いなぁって思わなかった?」
「え、そういえばよく見かけるけど」
「あれの半分はユリンの分身だよ。こうしていてもユリンが必要な情報を集めてきてくれている」
ユリンは一声、カァと鳴いて胸を張った。
「ユリンはワタリガラスだからねぇ。元々からすという鳥はニュージーランドと南極以外には分布しているし、ワタリガラスは北半球ならどこにいてもそれほどおかしくはないからねぇ」
「ちょ、ちょっと大家さん。この国にいるカラスの半分っていったい何羽いるのよ」
大家さんはユリンに対して首を傾げて見せた。
ユリンも大家さんに対して首を傾げて見せる。
なんか可愛い。
「多分3万羽くらいだって」
訂正。あんまし可愛くないかも。
って、そんなに分岐できる鳥なんて妖怪でもめったにいないわよ。
【黒い鳩】だってせいぜい数百羽だったのに。
「ユリンの両親は元々オーディン神の使い魔だからねぇ」
「……わたし、ユリンと喧嘩したら絶対勝てそうもないわ」
「ユリンは温厚で温和だから喧嘩になんかならないよ。ねぇ」
ユリンはクワと鳴いて大家さんに頭をこすり付ける。
続いて私に向かっても頭を摺り寄せてきた。
ウ……やっぱりかわいいかも。
突然ドアが開いてシャルムさんが入ってきた。
「いやぁ、参りました。ザンス王から国の役職についてくれないかと頼まれて断るのに苦労しました」
あったころの荘厳さはなく、むしろどこか抜けたような調子でシャルムさんが入ってきた。
「ついてやればよかったじゃないか」
「勘弁してくださいよ。横島卿」
国譲りの英雄シャルム。確かこんな話だった。
今から数百年昔、大航海時代といわれる時代は大西洋に浮かぶ小さな島国でしかなかった当時のザンス(このころは明確な国はなく、小さな部族単位の集団が島のあちこちに点在していたという)にも押し寄せてきた。
侵略者達の行いはよそと大きくは変わらなかった。
最初は友好的に、そして徐々に支配者へと変貌していき、宗教、文化を蹂躙していった。
通常であればザンスも他の植民地のような末路をたどっていただろう。
そこに出現したのが英雄と呼ばれた男、シャルム。
類稀なる霊力を持ったシャルムはキリスト教に禁じられたザンスの宗教に基づき、精霊の王と会談。
精霊石の秘密と、精霊獣石の秘奥を教えられたシャルムは各部族の族長達を鼓舞し、自ら右腕と称した賢者、ツリョウと共に長い戦いのうちに侵略者達と、侵略者に追従した部族を追い払った。
ツリョウは再び侵略されぬよう、確固たる国の基盤を作ることを献策し、シャルムもそれを認めたがその国の王になったのはシャルムではなくツリョウであった。
シャルムは『血塗れたものに安寧たる国を作る力なし』と言い残していずこかへと去っていったという。
ツリョウは『いずれこの国はあるべきものに返還する』と叫んでシャルムを見送ったという。
「そういえばさ、どうしてシャルムは王様になるのやめたわけ?」
私はなんでもなしに疑問をぶつけてみた。
「話せば長くなるんだが……実は私は馬鹿だったんだよ」
あっけらかんと笑うシャルムさんに私は頭痛を覚えた。
「幼馴染のツリョウのお陰で戦の合間は襤褸を出さずにすんだが統治なんぞしてみろ、いずれ襤褸が出てしまうじゃないか。それでなくとも馬鹿が統治する国なんぞろくでもないに決まっている。まぁ、ツリョウが何とかしてくれたと思うがあいつばかりに負担をかけるのもどうかと思ったしな。いや、ツリョウの奴は運動は全然駄目だったが頭だけはよかったからなぁ」
「……なんか、伝説のありがたみとかそういったものが一気にふきとびそうな話ね」
「横島卿の故郷の言葉で事実は小説より奇なりってね。いや、けだし名言だなぁ」
「……で、シャルムさんはどうしたの?」
「ザンスに残っていたらツリョウの邪魔になるだろうし、大西洋をカヌーに乗って渡って旅をしていたよ。国の名前は知らないがひどく広い場所で嫁さんを娶って、そこでも侵略者と戦って。銃で撃たれてのたれ死んでしまったよ」
まるで他人事のように言う。
「それでよかったの?」
「ん、私は私のやりたいようにやって、生きたいように生きて、できる限りのことをやって死んだわけだから特に心残りはなかったなぁ。ま、もとより畳の上で死ねるとは思っていなかったし、強いて言えばザンスの行く末を自分の目で確認してみたかったけどそれも精霊獣になった今見ることが出来たわけだし。あ、無責任とか言ってくれるなよ? 俺はただ、侵略してきた連中が気に入らないから戦ったわけだし、ただの一回だってザンスの民のために戦うなんて言ったことはないぞ。俺は俺のために戦ったわけで、ザンスの皆も自分のために戦って、その旗印として都合が良かったのが俺だったんだから。だから私の責任は私たちの勝利で戦いを終えたところで終わっていると思う。あ~でももう少し奥さんと新婚生活を楽しみたかったなぁ。かわいい娘だったのに」
うわ、この英雄とことん俗っぽい。
「あの娘と鎌倉か京都の小道でも歩いてみたかったなぁ。高いところが好きだったから清水寺や長谷寺の舞台から見下ろす紅葉なんて最高のシチュエーションだったろうに」
「中途半端に俗っぽいなぁ。っていうか、さっきからなんでそんなことを知っているのよ!」
「横島卿に精霊獣として召喚された後、現世の常識がないと困るだろうからと教えてもらったのだ」
これでもう馬鹿じゃないぞと胸を張った。
うぅうっ。
「どうした、麻美ちゃん」
頭を抱え込んだ私に書類から視線をはずした大家さんが駆け寄る。
うぅ、いい人だなぁ。
「(英雄という言葉に少しでも憧れを持った)乙女心の返却プリーズ」
いや、本当に悪い人(英雄)じゃあないと思うけどもう少し神秘的でもいいじゃないかと思う。