≪貉≫
ふむ。ザンス王国のことは話には聞いていたが大家さんがまさかそこの精霊騎士に選ばれるとは……大家さんはいったいどういう交友を持っているのか気になるところだね。
「……それで、どうかな?」
私は隣の霧香君に周囲に漏れない程度の声で尋ねる。
「3名ですね。横島さんも気がついているようです。霊気の糸みたいなものを伸ばして絡み付けていますから。……器用ですね。私でも強く集中しないと見ることが出来ませんわ」
やはり小声で返ってきた。どうやらこちらからは手出ししなくてもいいのかな?
儀式は滞りなく進む。私達も大家さんの従者として参加を許されてはいるが……なるほど。
流石はオカルト先進国のザンスと言ったところか。
何人かは私達の正体がばれているのか必要以上に警戒されているね。
しかし、国全体が濃密な霊気を帯びているな。
これがこの地に宿る精霊石の力か? 魔都、東京にも勝るとも劣らないほどの龍脈の宿る地に精霊石から発せられる清浄な気か。雑霊や生半な悪霊では入り込む隙もない。……これでバランスが取れているのだから精霊石が産出される土壌以上に奇跡的な偶然だね。
「横島卿。ここに汝を新たなる精霊騎士に任命し、精霊獣石を与える」
「謹んで拝命いたします。……我、この身がザンスにあるときは精霊の力を借りて大地の守護者たらんとし、この身がザンスに無き時もザンスの危急とあらばこの地に舞い戻りて刃とも盾ともならんことを誓います」
国王は鷹揚に頷いた。
「横島卿には日本にてわがザンスと日本の友好のために勤めてもらおう」
「拝命いたします。なれど、精霊獣石はザンスの秘奥なれば、私が精霊獣石に触れるのは国王の特別な命がない限りザンス国内だけとさせていただきたく存じます」
「卿の配慮、嬉しく思う」
「はは」
ここまでは事前に定めた通りのやり取り。
しかしあれだね、なかなかどうして大家さんも様になってる。普段の気さくさが嘘みたいだ。
「横島卿、精霊獣召喚の儀式を」
テロリストがうご……かない。糸に縛られ口もふさがれている。
精霊獣石というのも取り上げられているようだ。
しかし、最初から注目していたからわかるようなものの、これだけの数の霊能力者を欺くほどのわずかな霊気だけで完全に動きを止めてしまうのか。
「我、精霊王に願い奉る。我は精霊と共に歩み、戦うことを誓う者也。精霊よ、彼方より此方の石に宿りて我に力を貸し与えたまえ」
うわっと!
こいつは強力だね。下手すればそれだけで殺されるんじゃないかという霊気。
いや、霊体なら確実に吹き飛ばされるか浄化されるかしていたな。
よく見れば大家さんが壁になってくれているのか。
主に霧香君と麻美に対して。
うんレディーファーストは大切だね。でも、出来れば老人にももう少し優しくして欲しいんだが。
爆発するような霊気が収まるとそこには戦装束を纏った一人の男性が大家さんに向かって臣従のポーズをとっていた。
突然周囲がざわめく。
いや、王や王女すら動揺を見せた。
「英雄の精霊獣、主の下知により参上いたしました」
精霊獣がしゃべったことにより動揺はさらに広がった。
周囲から時折シャルムと言う声が聞こえる。
「……どういうことだ?」
「精霊の中には……かつて草であったもの、虫であったもの、獣であったもの、鳥であったもの、魚であったもの、そして人であったものがおります。この身はただの精霊を宿す石でありましたが、主の強き霊気に引かれかつて人であったものが核となりこのような姿をとったしだい」
「生前の名は?」
「シャルム」
「精霊騎士の始祖、国譲りのシャルムか?」
「御意」
「なれば最初で最後の命令を下す。英雄の精霊獣シャルム。汝はこれより我が従僕ではなく、我が友としてザンスの守護者としてあらんことを願う。……シャルムはザンスの宝だ。私が粗末に扱えるわけもないからな」
シャルムは臣従の構えを解くと大家さんの前に立ち握手を交わした。
その姿に今度は王をはじめとした皆がシャルムに対して頭をたれた。
シャルムは王の下に歩み寄るとその頭の位置まで顔を近づける。
「今世の王よ頭を上げられよ。ここにいるほかの者達も頭をたれる必要はない。この身は過去の遺物。そして精霊騎士、横島忠夫の友である以上の価値はないのだから」
「しかし……本来であればこの国はあなた様のもの」
「血塗れたものに安寧たる国を作る力なし。あの時の気持ち、言葉に嘘偽りはないと今でも思う。我が友にして賢哲であったツリョウとその子孫達が今でもザンスを残してくれたことを見て本当にそう思う」
シャルムの言葉に王達はいっそう頭を下げた。
大家さんは……おや、あの三人の束縛を解いたのか。
三人は逃げるようにこの場を離れていく。
さて、大家さんはいったい何を考えているのかな?