≪横島≫
いまの俺の近況は休日のパパをやっています。
記憶を取り戻したのはいいけど共同経営者の3人から連名で一ヶ月間除霊と鍛錬の禁止をおおせつかったせいだ。
俺のことを心配してくれているのがわかったからおとなしくその指示に従った。
なのでふってわいた休日を記憶喪失中に迷惑をかけた人のために使おうとしたのだが……。
ジル、ケイ、タマモ、シロ、五月を伴って三泊四日シドニーデジャヴーランド旅行に向かう。
子供たち以上にはしゃぐ五月の姿は普段が普段なだけに何度見ても新鮮だ。
美智恵さん、冥華さんのショッピングにつきあう。
いろいろな意味で心臓に悪くなるショッピングだ。
雪之丞とタイガーとは弓さん、一文字さんとの修行に付き合った。
もっとも、修行には参加せずオブザーバーとして立ち会っただけだったが。
雪之丞とタイガーはメキメキ力をつけている。
特に雪之丞は純粋な人間としては最強クラスだと贔屓目なしでそう思う。
教え方にはイロイロ問題が残るが……これは俺のせいか?
ピートとはブラドー島まで行って伯爵とワインを酌み交わした。
ブラドー島では日本人の姿を見かけた。
不思議に思って尋ねてみると、この島の周囲は長いこと海上も瘴気で覆われ人間の目に触れていなかったために漁場があらされていないうえに本マグロの通り道があったらしく、イタリア本土の漁師がいまだあまり近寄らない中、宗教的にチャランポランな日本人は逞しくマグロ目当てに商談をもちかけてきているらしい。
鬼道や西条とも酒を飲みに行った。
お互い忙しいがそれでもたまにはいいものだ。
カオス、マリア、テレサ。
ある意味一番世話になった三人とは特に何もしなかった。
二日間、実験という名目でカオスの家に泊まりに行ったくらいだ。
他の皆ともそれぞれ時間を作って会いに行ったりした。
天竜が休暇をとって見舞いに来てくれたり(10歳くらいの姿になっていた)、寿老人が見舞いにきて酒を飲んでいったりと普段会うことの出来ない奴らと会えた。
折角なので残りの時間は普段会えないみんなに会いに行くことにした。
人狼の里を訪ねたり、自分が保護した妖怪に会いに行ったり。
リレイションハイツに今住んでいるのは五月、ジル、リリシア、愛子、おキヌちゃん、小鳩ちゃん一家、美衣さんとケイ、雪之丞とタイガーといった事務所の関係者のほかにジェームス伝次郎、セイレーン、ミーア。
後はリリシアの同族でリリシアの妹だというメアリーとユリ。
渋谷でバーを営む化け狸の貉松五郎、麻美父娘や、古着屋を営む小袖の手の大島紬さん。文机の付喪神で古本屋の葉乃文子さん。100キロ婆の芦屋百江さん。
人間の世界に隠れ住んでいた妖怪たちもこのマンションの話を聞きつけて移り住んできた。
彼らとは日常的に会うことが出来るので俺が会いに行こうとしているのは俺の保有する山と島(俺が死んだ場合は妙神山で管理してもらうことになっているが)で暮らす妖怪たちだった。
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「横島か、久しいな」
「ああ、しばらく。変わりはないか? 猪笹王」
この山に住む妖怪の長老格、体高が3mを超える猪の妖怪である猪笹王に全体のことを尋ねる。
「この間越してきた鴉天狗や木の葉天狗も大分なれたようだし、その前に越してきた河童の一族も喜んでおるよ。人間の手の加わらぬ山や川は少ないからな。花魄や小豆洗いとも仲が良くなったようだ。山童も相撲を取る相手が増えたといっておったしな。最近は棲霊や木霊が新たに生まれてきておる。ちょっとした霊山になってきておるのかも知れぬな」
「人間とのトラブルは?」
「たまに山菜採りや茸取りの連中が迷い込んでくるが、害意のある連中は入ってきてはおらぬし人間のせいで住処を追われることもないから安心して暮らしている。……わしにとって人間は未だに好きにはなれぬが……お前には感謝をしている」
「食料とかは大丈夫なのか? これだけの大所帯になっては山の恵みも底をつくのではないか?」
「確かにな。まだ表面化するほど深刻ではないがこれ以上増えるとまずいことになるかも知れぬ」
「……周辺の山の買収も考えないといけないかもしれないな」
「何、わしらはもともと山や水の精。贅沢さえ言わねば山の気を吸って生きていくことも出来よう」
「うん。だが何か問題がおきるようなら教えて欲しい。可能な限りこちらでも手を打つから」
「河童一族も胡瓜の栽培に着手しておるし何から何までお前の世話になるわけにも行くまい」
一族を殺され、住処を奪われた猪笹王はいまだ人間に対して警戒心を緩めない。
それは俺に対してもなのだろう。
そして残念なことにそれは現段階では正しいことだ。
山の妖怪たちにそれぞれ挨拶に行ってその日は天狗や河童達と酒を飲んで雑魚寝をした。
次に来るときはタイガーと恐山をつれてくる約束をして。
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翌日は島に来ていた。この島周辺の妖怪をまとめているのは幽霊船の船長。
「ふむ。なかなか良いワインだ。礼を言うぞ」
船長のヴィスコムは片方しかない腕で優雅にワインを傾ける。
船員達は幽霊だったり骸骨だったりだが船長だけは青白い肌をしているとはいえ擬似的な肉体を有していた。
「変わったことはないか?」
「蜃の吐き出す幻のお陰で人間の船がこの近辺を通ることは少ないからな。大海原を自由に駆け回っていたころのような自由はないが相応に平和に暮らしている。磯女も静かに暮らしておるよ。付近に牛鬼が住み着こうとしたがあんまり海を荒らすものだからね……今頃彼はどうしているやら」
クスリと笑うヴィスコム。かなり強力な妖怪のはずなのだがこの幽霊船長の敵ではなかったか。
「世の中は神秘で満ちている。そうは思わないかね? 例えば幽霊船長の私とG・Sの君がこうしてワインを酌み交わしているのもひとつの神秘だ」
「相変わらず気障な言い方だなぁ」
「海の男というのはロマンチストなのだよ。さて、近況ということだったがセイレーンの紹介できた人魚のお嬢さんや海座頭も穏やかに暮らすことが出来て満足をしているよ。もう少し水がきれいであればさらに良かったのだろうがね」
「うん。沖縄のほうにでも島を買った方がいいのかな?」
「島を買うならエーゲ海にしたまえ。あの海はいいぞ」
「いや、俺は日本人だし。外海に出たいんだったらこんどはブラドー島まで行ってみるか? あそこなら幽霊船が停泊しても問題ないだろうし」
「吸血鬼の島か。それもいいかも知れんな。久しぶりにヨーロッパの海も」
「伯爵にはその旨を手紙で送っておくよ」
「うむ。礼の代わりといっては何だが秘蔵のワインをあけようではないか」
「幽霊船の秘蔵のワイン。貴重な品物ではないのか?」
俺が問うとヴィスコムははなで笑った。
「海の男は明日のことなど気にはしない。明日を気にして今を楽しむことを忘れるものは海の男などではないよ。何しろ板一枚外側は地獄への片道切符なのだからね」
ヴィスコムは秘蔵といっていたワインを惜しげもなくあけ、俺が持ち込んだワインやラム、日本酒で人魚や磯女、海座頭、蜃を呼んで朝日が昇るまで楽しんだ。
酔っ払って眠る俺の枕元にヴィスコムがやって来て呟いた。
「礼を言うよ。何度でもな。我々がまた港に停泊できるなんて思わなかった。海を自由に駆け回るのも必要だが、港に停泊できてこそ我々は船乗りなのだから」
寝たふりをし聞かぬようにする。
ヴィスコムも時間に苦しめられたものの一人だから。
彼の船はとても古く、その船体に書かれた船の名前もかすれて読めなくなっている。
それでも時折その名を書き直していたようでかろうじて最後に書いたであろうそれを読み取ることが出来た。
【Flying Dutchman】
一月という時間はことのほか短いのかもしれない。