≪カオス≫
ヤレヤレ、困ったことになったな。
中途半端に記憶喪失なんぞになりおって。
……流石に今の状況、多少の説明をせねばなるまいか。
「こうなってしまった以上、多少なりとも説明がなければおさまるまい? 少しだけ横島のことを話すとしようか。ただし、横島が望まぬことを本人の承諾もなく吹聴するのは私としても本意ではない。質問は受け付けないことと、横島を良く知るもの意外にこの話を伝えないこと。この二つの条件をのむなら教えるが?」
ジルはまだショックから立ち直れないようだ。
いや、神、魔族の連中は信じられぬといった面持ちか。
無理もない。
あの横島が自分達に致死性の攻撃をいきなり繰り出したのだからな。
ワルキューレなどはこちらに殺気すら向けている。
とりあえず異論を挟むものはいないし、気は進まぬが話すとするか。
「あやつが日ごろ、神、魔族の事を嫌い、もしくは好きになれないと公言しているのは知っておるな? それには理由がある。マリアが自失して洩らしたとおり、あいつは最愛の女性を、親友を、大切な人をことごとく失った。横島からそれを奪っていったのは神族と魔族だ。横島の存在を疎ましく思った魔族と、横島を存在悪とした神族の手によって横島はそれらをみな奪われた。そう、咎人横島忠夫の罪状は存在すること。科せられた罰は横島忠夫と最愛の女の魂の消滅。それを防ごうとした者達もことごとく殺された」
「ちょっと待ってほしいのね! そんな記録はどこにも……」
「質問は受け付けぬといったぞ? ともかくだ。横島の中には神、魔族に対する不信感、恐怖、憎悪、他にも様々な暗い感情がひしめいておる。しかし、あやつは種族で垣根を作らず良くも悪くも個人を見る性質の持ち主だ。ゆえにこれまではお前さんたちを神族、魔族の括りではなく個人として信頼していたがゆえに友情が成立しておった。それに必要以上に強い意志の持ち主でもあるしな。しかしその両方が記憶喪失……記憶の再生障害によっておぬしらのことを忘れ、どうやら意志のほうも弱かったころに戻っておるようだ。おぬし等の神気、魔力に反応して暗い感情に心が触発され、霊力が暴走したのだろう」
「……そんな、そんなはずないのだ。だって神様は」
「古今東西を問わず、神話の中で罪も無く神の都合で殺される生命があったこと、知らぬとは言わさぬぞ? 紅海に呑みこまれたエジプト兵はみな殺されねばならぬほどに罪深かったのか? ノアの箱舟に乗った動物達は一番いずつだったな。人間は罪深かったとされているがそれ以外の動物達も罪深かったのかね? ソドムとゴモラの町はどうだ? エイブラハムの妻が振り返ったことは塩にされるほどのことだったか? ……すまぬな。ただ、横島の身に起きたことを知ってそのセリフは私には許すことはできなんだ」
「……私達は一体どうすればいいんでしょうか?」
「好きにするがいいさ」
私の言葉にうつむいていた小竜姫は意外そうに顔を上げる。
「確かに、今の状態で横島に神気、魔力を感じさせるのは【ドクター】としてはとめさせたいところではあるな。だが、正直この私の頭脳をもってしても横島の傷は計り知れぬ。なにが功を奏するかも皆目見当がつかんのでな。お前さんらに任せるよ」
……流石に、これだけでは哀れか。
「横島はお前さん達を大切な仲間だと感じている。たとえ今はそのことを思いだせんとしてもだ。それだけは間違いないこと。……ふむ。あまり不用意な行動をして傷つかんでくれ。お前さんらが傷つけば横島はさらに傷つく。私もお前さんらの仲間として傷ついてはほしくないしな」
さて、どうやら横島が逆行してきた人間であるということは説明せんで済んだようだな。
殺された横島の大切な仲間達が自分たちであったと知ったらどうなのであろうな。
場合によっては横島と……ヤレヤレ、しんどい話だ。
とはいえ準備を怠っては目を覚ます前に殺されてしまうだろうしな。
マリアとテレサを残して自分の研究室へと帰っていく。