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No.530の一覧
[0] ヒイラギの詩[キロール](2004/12/23 03:17)
[1] Re:ヒイラギの詩[キロール](2005/07/22 00:47)
[2] Re[2]:ヒイラギの詩[キロール](2005/11/22 01:53)
[3] Re[3]:ヒイラギの詩[キロール](2006/03/21 01:15)
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[530] Re[3]:ヒイラギの詩
Name: キロール 前を表示する
Date: 2006/03/21 01:15
 東風の歌
                   ・
                   ・
                   ・
あのそよぎは、なにをいみするのかしら。
東風がうれしいたよりを運んでくれるのかしら。
 
 「いい、風ですね。」
車椅子の上で微笑む老婆は気持ちよさそうに微笑んだ。
彼女の自慢だった、大好きな母と姉譲りの亜麻色の髪は真っ白に変わり、かつては珠のようと評された肌には深いしわが刻まれていた。
ただ、それでも彼女はこう評されるだろう。
美しいと。
 
「そうは思わない? 雪ちゃん」
 
「ヒノメさん。もういい加減その呼び方はやめてくださいよ」
 
車椅子を押す青年、弓忠雪は苦笑しながらもそう言い返した。
 
「ごめんなさいね。フフフ、もう私がオシメを変えていたころの赤ん坊じゃなかったんですものね」
 
老婆、ヒノメは微笑み、青年は頭を掻いた。
老婆の名は美神ヒノメ。
彼に関わった人間で、未だ天に召されることなく彼を待ち続ける【少女】。
青年の名は弓忠雪。
彼の親友にして、恋人を人質に取られ彼を追う追っ手の一人に成りながらも彼を逃がすために奔走し、愛妻かおりと若くして死別し、娘が一人立ちできるようになるまで育て上げた後は残る人生の全てを彼を見つけ出すために費やした伊達雪之丞の孫にあたる。
                   ・
                   ・
風の翼のさわやかな羽ばたきは、
ふかい胸のいたみをひやします。
                   ・
                   ・
風切る音と共に二人の魔族が舞い降りてきた。
 
「すまない、遅れたか?」
 
「いいえ、私たちが少し早く来すぎたみたいです。他の方々もまだ到着していませんよ」
 
舞い降りたのは治安維持部隊のワルキューレ大尉。
そして、その弟のジークフリード少尉だった。
 
彼らは大切な人。
親友であり、戦友であり、朋友であり、盟友である大切な仲間。
だけどあまり共にいることはない。
何故なら、そのたびに心が痛むから。
ただ一つ一つのパズルのピースであるならそこに違和感はない。
一つ二つが重なってもそれは同じ。
だけどピースが集まり、一つの絵が出来上がろうとするとどうしてもそこに存在しない一つの大きなピースを意識させられる。
どうあっても完成しない絵の隙間はひどく空虚で心が寒くなる。
だから普段はあまり顔をあわせなかった。
                   ・
                   ・
風は、愛撫するように砂塵をもてあそび、
軽い小さなかたまりにしてまいあげ、
たのしくむらがる羽虫たちを、
安全なぶどう棚へおいやります。
                   ・
                   ・
一人、また一人と人影は増えていった。
妙神山の管理人こと小竜姫。
その友人で神界の調査官のヒャクメ。
オカルトGメンに所属しているピエトロ=ド=ブラドー。
かつてはヨーロッパの魔王と恐れられたドクター=カオス。
彼の愛娘にしてきわめて優秀な助手のマリア。
今なお帰らぬ級友を一人教室の片隅で待ち続ける付喪神の愛子。
すでに途絶えた花戸の家から開放された後も現世に留まり続ける福の神、貧。
そして美神の名を持つ最後の一人、美神ヒノメ。
かつての彼を知り、今なお待ち続け、探し続けるものたち。
 
タイガー寅吉と一文字魔理の娘に当たるタイガー美津と、その子忠志。
西条輝彦と魔鈴めぐみの息子、西条和忠。
氷室キヌの養子で、氷室神社の宮司を勤める氷室忠男。
六道冥子と鬼道政樹の孫娘、六道冥奈。
そして弓忠雪。
彼を(心情的には)裏切った者達のその後の哀しみと悔恨を知り、彼らの遺志を継ぐものたち。
彼らは揃ってかつてピエトロが暮らしていた教会、後にアトウンハウスと名づけられた教会へと入っていった。
裏手の墓地にまわり、横島大樹と、百合子の墓の裏にひっそりと建つ大きな墓碑の前に並んだ。
その碑には名前は刻まれていない。
しかし、唐巣神父の手で文が刻まれた。
『かつて私たちが犯した罪を残すためにこの碑を残す。私は神父であるが、この罪だけは神に懺悔を求めない。むしのいい話だが、ただ、彼の幸福を願う』
この碑には志半ばで天寿を迎えてしまった者たちの遺髪が一房ずつ、埋められている。
全員が揃うことはめったにないが、彼らは時折ここに訪れてある者は後悔を再確認し、ある者は決意を新たにした。
彼が住んでいたアパートはすでに無く、東京タワーも技術の革新から電波塔としての意味を失い、老朽化から観光名所としての意味以上に危険性が高まりすでに撤去されていた。
彼の痕跡を残す場所はもう、美神ヒノメの住む、渋鯖人口幽霊一号の宿る洋館と、ここだけになっていた。
                   ・
                   ・
太陽の灼熱をこころよくやわらげ、
わたくしの熱い頬をひやし、
野や丘の上に、かがやくぶどうに、
ただよいながら、接吻します。
                   ・
                   ・
黙祷をささげ続ける皆の背後から足音が聞こえた。
振り返るとかつて彼らの前から姿を消した二人の女性がそこに立っていた。
 
「……お久しぶりでござる」
 
「……ホント、久しぶりだわ。特に会いたかったわけじゃないけど」
 
「シロさん、タマモさん、お久しぶり」
 
ただ、ヒノメだけが柔和に彼らに対し声をかけた。
彼を直接知るものたちはわずかに懺悔の表情を濃くしていた。
 
犬塚シロは横島忠夫の抹殺指令に猛然と反発をした。
いや、反発したのは皆も同じ。
ただ彼女はそれを貫き通した。
他の者達が最愛の家族や恋人を人質に協力させられたり、何も出来ずにいる中で彼女だけは猛然と噛み付き、猛り、批難した。
他の者達の事情を知り、理解し、己が無力を痛感してそれでもなお反発し続けていた。
理性で理解できていたからといって抑えられる感情ではなかったからだ。
やがて彼女は美神除霊事務所を辞して里に帰った。
人狼と人間との交流は完全に絶たれ、それ以来人狼の里の結界が開くことは無かった。
侍の心を知る人狼達も怒っていたのだ。
 
タマモはもっと簡潔で、容赦が無かった。
ただ一枚の書置きを残し、それ以外の痕跡を残さず事務所から出て行った。
 
『やっぱり人間は信用できない』
 
ただ一言の断罪を残して。
理由も何もなく、結果だけを彼女は見た。
皆は彼を裏切ったのだと。
 
「その匂いはヒノメ殿でござるな?」
 
「そのようね」
 
二人も少し態度を和らげる。
あの時赤ん坊だったヒノメにまでは不信を向けるつもりは無いようだ。
それでも彼女達の人間不信、神族、魔族を含めるそれは根深いものだったが。
 
「はい。本当にお久しぶりです」
 
「……私たちのこと、覚えているの?」
 
「おぼろげながらですけど、赤ん坊のころに遊んでいただいた記憶は残っております。……良かった。天に召される前にあなた方にもう一度あえて」
 
「本当はもうここには来るつもりは無かったんだけどね」
 
「拙者もでござる」
 
「まだ、姉や皆のことを恨んでおいでですか?」
 
「別に、元々人間には期待していなかったし。……あいつ以外には」
 
「拙者は……事情は理解しているつもりでござるが、こちらに来てしまえば先生との思い出が多すぎて……。拙者も馬鹿でござったな。こちらに残って先生を探し続けたほうがどれだけ良かったか。結局それを出来なかった拙者も皆と同じでござる。あの時は本当にすまなかったでござる」
 
シロは小竜姫たちに頭を下げた。
 
小竜姫たちはそれを押しとどめる。
 
「今日は本当にいい日ですね。こうして皆さんともう一度集まることが出来て」
 
ヒノメは車椅子の上で微笑みながら静かに涙した。
                   ・
                   ・
そして、かぜのしずかなささやきはわたくしに、
あのかたの千のあいさつを運んでくれます。
日が暮れて、この丘が暗くなる前に、
千の接吻が、私にあいさつしてくれましょう。
                   ・
                   ・
「今でも後悔しています。彼に霊能力を目覚めさせるきっかけを作ったこと、アシュタロスの決戦で何も出来なかったこと、ルシオラさんのことで悲しんでいる横島さんに何も出来なかったこと、パピリオのこと、横島さんの抹殺命令のときに拘束され何も出来なかったこと。本当であれば私はここに来る資格など無いのかもしれません」
 
「それを言うならぱわたしなんてもっとひどいのね~。パピリオやベスパの延命措置について詳しく調べれば気がついていたかもしれないのね」
 
「……私は昔、横島に対して戦士失格だと言ったことがあった。だが戦士失格だったのはむしろ私のほうだ。私は命令をただ守ることしか出来ない兵士に過ぎなかった。ヒノメが誘ってくれなかったら私がこの戦士の碑の前に立とうとは思わなかった」
 
一人、また一人と後悔の言葉を呟く。
 
「拙者も、人里に出てくるつもりはござらんかったが、今日は、今日だけはここに来ないと後悔する様な気がしたんでござる。きてよかったのかもしれないでござるな。これも先生のお導きでござろう」
 
「私も別に来るつもりじゃなかったんだけどさ、今日はあいつの百回忌だし一度くらいは来てみようかと」
 
「先生は死んだわけじゃないでござる!」
 
「いつまで待っても来ぬ人と、死んだ人とは同じこと。人間にしては上手いこといったものだわ」
 
今日、これだけの人数が集まったのは半分は必然。
美神ヒノメは自分の死期を悟ったためにもう一度ここで思い出のある人たちと会うことを願い、それに応えてくれたこと。
もう半分は偶然。
シロやタマモのようになんとなくここに足を運んだもの。
まるで何かに導かれたかのように。
 
さぁっと風が吹いた。
まるでわだかまりやしこりを解きほぐし、どこかへ運んでいっていくように。
 
「さぁ、皆さん。移動しましょうか? そろそろ日が暮れます。にぃにが一番大切にしていた時間ですもの。一番大切にしていたあの場所へ」
                   ・
                   ・
では、東風よ、お前は先に行くがいい。
おまえの友達や、悲しむ人たちのために。
あそこ、高い城壁が夕日に輝くところで、
まもなく、私は最愛の人に会いましょう。
                   ・
                   ・
東京タワー跡地。
今ではそこにかつてのタワーを遥かに超える高層のビルディングが建てられていた。
そこに一人の魔物が佇んでいた。
いや、魔人。
横島忠夫はそこで頭を抱えていた。
 
「帰る決心をしたのはいいけどいまさらどの面下げてかればいいっちゅうねん。て言うか俺の指名手配ってもう解除されてんの? んなわきゃねえよなぁ」
 
拗ねるのをやめた彼は以前の彼を取り戻していた。
三つ子の魂百までというが118年では百とあまり変化は無いらしい。
 
「みんな怒ってるよなぁ。生きてる奴もいるだろうし、皆が本気じゃなかったのはわかるからいきなり攻撃されたり捕縛されたりはしないと思うけど。すっげー迷惑かけるだろうし。あぁ、でもこれ以上会わないで後悔するのもなぁ」
 
もう半日もこの調子だ。
 
一陣の風が吹いて彼はつられたように顔を上げる。
太陽が西に傾き、陽の光は赤みを帯びてきていた。
 
「……昼と夜の狭間の時間。世界が一番美しくて、最も儚い一瞬。……人間も同じか」
 
彼は両の手で自分の顔を叩く。
 
「会って、それから決める。行き当たりばったりは俺の十八番だ」
 
長い逃亡生活の間にみにつけていた気配を察知する力も、自分の力を隠す能力も今の彼には効果を及ぼさなかった。
彼の声が思いのほか大きかったことも。
わずかながら彼の魔力が外に漏れていたことも。
大勢の人間の気配にも彼は気がつかなかった。
                   ・
                   ・
あぁ、ただ、あのかたの息だけが私に、
まことの心のしらせを与えてくれます。
愛の息吹と、さわやかな命は、
ただ、あのかたの口から与えられるのですから。
                   ・
                   ・
ドアが勢いよく開かれた。
ようやく彼は気がつく。
突然の来訪に動転した彼。
彼の存在に驚愕する彼女達。
それでも彼はどうにか一言告げることが出来た。
 
「あの、え~と。その、ただいま?」
 
優しい春風の中、おぼろげな記憶と寸分たがわぬその姿に、車椅子の【少女】は今日何度目かになる涙で頬を濡らした。
 
あのそよぎは、なにをいみするのかしら。
東風がうれしいたよりを運んでくれるのかしら。
風の翼のさわやかな羽ばたきは、
ふかい胸のいたみをひやします。
 
風は、愛撫するように砂塵をもてあそび、
軽い小さなかたまりにしてまいあげ、
たのしくむらがる羽虫たちを、
安全なぶどう棚へおいやります。
 
太陽の灼熱をこころよくやわらげ、
わたくしの熱い頬をひやし、
野や丘の上に、かがやくぶどうに、
ただよいながら、接吻します。
 
そして、かぜのしずかなささやきはわたくしに、
あのかたの千のあいさつを運んでくれます。
日が暮れて、この丘が暗くなる前に、
千の接吻が、私にあいさつしてくれましょう。
 
では、東風よ、お前は先に行くがいい。
おまえの友達や、悲しむ人たちのために。
あそこ、高い城壁が夕日に輝くところで、
まもなく、私は最愛の人に会いましょう。
 
あぁ、ただ、あのかたの息だけが私に、
まことの心のしらせを与えてくれます。
愛の息吹と、さわやかな命は、
ただ、あのかたの口から与えられるのですから。
                   ・
                   ・
冬の風が吹きすさび、ヒイラギの葉を鳴らす厳しい冬。
夜ともなれば鐘の音も冷気に震えよう。
全てに見捨てられたように思えても遠き日の母の記憶のように温かく見守る存在があれば。
東風は春の便りを運んでくれる。
春は出会いと別れの季節。
魔族の黒い手の中で、【少女】は静かに息を引き取った。
魔族と再会して一週間にも満たない時間であったが、
安らかに微笑む【少女】の死に顔は美しかった。
                   ・
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                   ・
 ≪あとがき≫
 毎度のように遅くなりましたが続編です。
思いつきと蛇足で構成されたこの話も今回で完全に終了となります。
一応私の作品としては初の完結となるのですが、このシリーズに関しては悩みが本当につきません。
【ヒイラギの詩】で完結としたほうが良かったのではないか?
文章の構成はこれで本当に良かったのか?
そもそも蛇足と思いつつ作品を公開するのは正しいことなのか?
SSを公開する人間としてはこのようなことを考えたとしても書くのはどうかと思いましたが正直な気持ちです。
そんな私の思いとは別に、この作品に関しては温かい感想が皆さんから寄せられ感謝の言葉もありません。
そのお陰でこの作品もひとつの完全な区切りとして完結を迎えられました。本当に感謝の言葉もございません。
最終話は意図して今までと少し違う趣で書かせていただいたので期待はずれかもしれませんが、今の私にはこうせざるをえませんでした。
つくづく自分の至らなさを感じます。
今回の詩はゲーテの東風の歌です。
文学に造詣のない私ですが最後ということでかの巨匠の作品にこだわって作ってみました。
シェイクスピア→ボードレール→ヘッセ→ゲーテ
……罰当たりこの上ないですね^^;
それではこれを呼んでくださった皆様方。
最後になりますが本当に私の正直な気持ちです。
どうもありがとうございました。


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