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No.530の一覧
[0] ヒイラギの詩[キロール](2004/12/23 03:17)
[1] Re:ヒイラギの詩[キロール](2005/07/22 00:47)
[2] Re[2]:ヒイラギの詩[キロール](2005/11/22 01:53)
[3] Re[3]:ヒイラギの詩[キロール](2006/03/21 01:15)
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[530] Re[2]:ヒイラギの詩
Name: キロール 前を表示する / 次を表示する
Date: 2005/11/22 01:53
   母の記憶
                   ・
                   ・
                   ・
長い間、私は、ほこりにまみれた白日の世界を歩きました。
あなたの姿からすっかり見放されて、自分だけを頼りにして。
                   ・
                   ・
 無残。
まるで芋虫のように横たわる姿を見てそれ以外の言葉が出てこようか?
なまじその少女に溌剌とした輝きがあったからこそそれはより強くなる。
容赦なく照らし続ける太陽と、砂漠の熱砂の中砂埃にまみれた少女。
その右手と両足は鋭利な刃物によって切り取られ、今しもその命の灯火は消えようとしている。
そこに近寄る足音。
少女が止めを刺しに来たのかと見上げるとそこには逆光の中見知らぬ魔族が立っていた。
 
「……今、治す」
 
そういって近寄った魔族に少女は叫んだ。
 
「やめろ! あたしの傷を癒すな!」
                   ・
                   ・
いま私はかずかずの目あてに欺かれ、
異国で休息しています。
思い出のかおりに包まれ、
昔のころの客になって。
                   ・
                   ・
 パチパチとはぜる焚き火に照らされながら一組の男女が向かい合っていた。
だがそこに甘い雰囲気など微塵もない。
少女の視線にはある種の侮蔑がこめられているし、魔族の男の下にあるそれは諦観だった。
少女の両足と右手には痛々しく包帯が巻かれ、そこが欠損していることがはっきりとわかる。
魔族の格好もまた、砂塵に塗れたヨレヨレの姿でまるで何ヶ月も休まずに歩き続けた旅人のようだった。
 
「……治療をしてくれたこと、食事を提供してくれたことには感謝する。あたしは八尋。神界側の治安維持部隊の韋駄天族よ」
 
「俺は、」
 
「名乗らなくていいわ。確かに恩義は感じているけどはぐれ魔族なんかと馴れ合いたくはないの」
 
「そう」
 
困ったような微笑を浮かべるだけの男。
少女は苦しそうに息を乱しながらそれでもきっぱりと言ってのけた。
 
6度目の峠を越え落ち着いたころ、八尋はいぶかしげに男に尋ねた。
 
「あんたははぐれ魔族なんだろう? 何であたしの看病なんかする? 治安維持部隊に届出のない魔族、はぐれ魔族はそれだけで部隊に強制連行。取調べを受けるのは知らないとは言わせないぞ」
 
「それにはぐれ魔族というだけでも罪状になるんだよね?」
 
「それを知っててなぜだ?」
 
「……俺もそれを知っているから今まで逃げ回りながら隠れ住んでいたんだけど……もうどうでもよくなっちゃったんだよ。……本当に、もうどうでもいいんだ」
 
そういった男の顔にあるのは諦観と自嘲の微笑みだった。
 
「だからやりたいようにしているだけだよ。八尋さんに今ここで殺されても、もうどうでもいいことだし」
 
その表情をどういえば良いのだろうか?
諦観ほど浅くなく、絶望ほど闇はたたえておらず、虚無というほど虚ろではない。
言葉を作るなら無望。
絶たれたわけでもなく、捨てただけでもなく、最初から望みなど何も持っていないかのように。
男の表情を表現するならそんな表情だった。
少女が毒気を抜かれるほどに。
男はその後も辛抱強く少女の看病を続け、少しずつではあるが少女は彼に心を開いていった。
 
「今のあたしにはやらねばならないことがある。……だが、治安維持部隊の一員としてはぐれ魔族を見逃すわけにもいかない」
 
「でも何をするにしてもその体では難しいのではないかな? どうしてその傷を治してはいけないんだい?」
 
「奴、韋駄天族の面汚し、九兵衛を追っている。奴は天界の宝物庫から吸魄刀を盗み出したんだ。吸魄刀で切り殺されればその力を吸収されてしまう。切られただけならまだもとの体との繋がりが残されているから吸収は免れるものの、切り殺されてしまったり切られた傷を癒してしまえば元の体とのつながりは失われ、切られた部位の力を吸収されてしまう。……奴は2柱の韋駄天を切り殺し、韋駄天族3柱分の超スピードを手に入れたばかりか超加速の使い手でもある。私の傷を癒してしまえば更なるスピードを奴に持たせることになる」
 
「……手伝うよ」
 
「これは韋駄天族の問題だ。それに奴は父上の、八兵衛の仇。あたしがこの手で引導を渡す!」
 
男は八尋に背を向けてしゃがみこんだ。
 
「足の代わりくらいだったら問題ないだろう?」
                   ・
                   ・
世間がすっかり見捨ててしまった悲しい時にも、
あなただけは居残って、
私に、
失った楽園のたよりを伝えてくれます。
                   ・
                   ・
 「ギャハハハハ! 遅い奴は死ね!」
 
深夜、町は破壊され、オカルトGメンの職員らしき死体、治安維持部隊の神族、魔族らしき死体。
町には死体があふれていた。
町の中心で馬鹿笑いをしているのは鬼。
もはや神であったころの名残など微塵も残さず血濡れの白刃をだらりと下げた鬼が破壊を撒き散らしていた。
 
「九兵衛! 韋駄天の面汚し目!」
 
「ギャハハハハハ! 八尋生きていたか。それにしてもいい格好だな、おい」
 
襤褸襤褸の姿をした魔族に背負われた八尋を見て馬鹿笑いをする九兵衛。
 
「五月蝿い! 父と皆の仇、必ずとって見せる」
 
「ジャアやって見せろよ!」
 
九兵衛が霊波砲を放つ。
八尋はかわすことは出来ぬが代わりに魔族が身を盾にして八尋を庇った。
 
「……よく見知っているわけではなかったが、全然変わらないな。いや、前よりひどくなってる」
 
背中に背負われた八尋だけがその呟きを聞いて取れた。
 
どれだけ時間がたっただろうか?
八尋の放つ霊波砲は掠りもせず、九兵衛の放つ霊波砲は全て命中している。
八尋は泣きたくなるのを堪えてそれでも懸命に霊波砲を撃った。
一方の九兵衛も最初のうちは八尋をからかって楽しんでいたが徐々に焦れてきた。
何故なら、八尋が無傷だから。
全ての攻撃はあの襤褸魔族が身代わりになっていた。
何人もの治安維持部隊を殺して強力になったはずの自分の霊力を持っても、いまだあの魔族が平然と立っているからだ。
 
「そろそろ飽きた! とっととくたばれ」
 
九兵衛はいままで温存していた吸魄刀を使った。
超加速は使わなかった。
それでも反応できるはずがない。
何しろ韋駄天3柱分のスピードなのだから。
舞う鮮血。
だけど、魔族が負ったのはかすり傷だった。
 
「……八尋さん。あなたの脚の代わりになるよ」
 
背負われていた八尋は気がつかない。
無望の瞳に、今は少しだけ光が宿っていたことを。
魔族は七色に光る不可思議な珠を作り出した。
 
【鳩/摩/羅/天/超/加/速】
 
鳩摩羅天は韋駄天の別称ではあるが同時に鬼族あがりの韋駄天とは一線を隔す。
ヒンドゥーの最高神シヴァの息子にして軍神、カールティケーヤ。
またの名を魔王尊の名を冠した超加速は九兵衛のそれを上回る。
吸魄刀を蹴り飛ばし、地面に組み伏せた。
 
「そんな馬鹿な! 俺より速いだと!」
 
八尋も魔族の速度に驚いていたがそれ以上にやらなくてはならないことを忘れなかった。
 
「九兵衛! 御仏の慈悲は無限なれど、貴様は今一度六道輪廻の輪に戻りて魂の修行を一から積みなおすことを慈悲と知れ!」
 
八尋の一撃は九兵衛を輪廻の輪に叩き返した。
                   ・
                   ・
私がもう神様を忘れたことをあなたはとっくに許してくださいました。
暗やみの谷から私はついにあなたのもとへ帰ります。
                   ・
                   ・
 夜が明けた。
朝焼けの中砂漠に立つ男女。
八尋と魔族。
八尋は吸魄刀を抱いている。
右手と両脚は【再/生】されている。
 
「礼を言います。貴方のお陰で父の、皆の仇をとることが出来ました。体のほうも癒していただいて」
 
八尋は魔族に頭を下げる。
 
「礼なんて必要ないよ」
 
「……それと失礼しました。はぐれ魔族なんかと一緒にしてしまって。貴方がボロボロの姿をしていたものだからつい誤解してしまいました」
 
「え!? おれは」
 
「黙って! ……それと、名乗らないでください。貴方は自分ではぐれ魔族だとは言っていない。証拠もない。でも貴方ほどの力の持ち主だったら名前を聞けば私は貴方の素性を知ることになるでしょう。名前を聞けば法の番人として貴方を捕まえなくてはならないかもしれません。ですから、それ以上は言わないでください。それと、ここでお別れです。一緒にいてうっかり知ってしまうといけませんから。本当にどうもありがとうございました」
 
八尋は精一杯頭を下げて謝意を表した。
 
「……それと、私は法の番人です。ですから本当はこんなことは絶対言ってはいけないことです。だから一回だけ、言います。……あなたは、きっと悪くはない。私は心からそう思います」
 
その言葉を聞いたとき、魔族の様子は激変した。
一瞬キョトンとした顔をして、次に驚愕を浮かべ、最後に八尋にしがみついて泣き出した。
 
「ちょ、ちょっと、どうしたんですか!?」
 
「ずっと、ずっと誰かにそう言って欲しかった。誰かに許して欲しかった。ずっと、ずっと……」
 
八尋には事情はわからない。
ただすがりついて泣く魔族を少し困った表情を浮かべながらも母のような慈愛で包み込んだ。
 
しばらくの後泣き止んだ魔族は眼を真っ赤に腫らしながらも照れくさそうにしていた。
その瞳は無望ではない。
はっきりと強い輝きがともっていた。
 
「落ち着きましたか?」
 
「うん。ありがとう八尋さん」
 
八尋は優しく微笑む。
 
「やっと、やっと帰る決心がついた。それでどうなるかはわからないけど、きっとそれでいいんだと思う。ほんとうに、ありがとう」
 
魔族、横島忠夫はもう一度頭を下げると八尋とは反対の方向に飛んでいく。
東へ、東へと。
                   ・
                   ・
長い間、私は、ほこりにまみれた白日の世界を歩きました。
あなたの姿からすっかり見放されて、自分だけを頼りにして。
 
いま私はかずかずの目あてに欺かれ、
異国で休息しています。
思い出のかおりに包まれ、
昔のころの客になって。
 
世間がすっかり見捨ててしまった悲しい時にも、
あなただけは居残って、
私に、
失った楽園のたよりを伝えてくれます。
 
私がもう神様を忘れたことをあなたはとっくに許してくださいました。
暗やみの谷から私はついにあなたのもとへ帰ります。
                   ・
                   ・
                   ・
 ≪あとがき≫
 とても遅くなりましたが続編です。
蛇足かどうかは悩んでいますが、それ以上に詩との連結がうまく言っているかどうかいまいち自信がもてないものを出すべきかどうかでも悩みました。
このシリーズに関してはずっと悩みっぱなしです。
今回はヘルマン=ヘッセの母の記憶をモチーフにしてみました。
果たして皆様の納得していただく作品に仕上がっていますことやら。
 
毎度毎度言っておりますが私は文学に造詣はありませんのでこの詩の本当の意味を理解しているわけではございませんので悪しからず^^;


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