≪横島≫
あの少女、残留思念に姿を留めた少女は赤い海の中に倒れていた。
その前で赤く染まりながら呆けたように虚空を見つめ、無表情のまま涙を流し続ける少年(文珠で子供に戻った俺自身。銀ちゃんや監督には変身したマコラということにしてある)
幼馴染の少女を、名も知らぬ妖怪に目の前で殺された少年は潜在していた霊能力で自己防衛(惨殺)を果たす。
大好きだった少女と、それを殺し妖怪が命を散らしたその場所で、少年の心もまた命を散らしてしまった。
「……愛ちゃん……」
後悔と、悲しみと、苦痛だけを残して。
横山はそんな幻影を虹の光の中で見た。
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死。
もとより己とは実力が違い、さらには魔族化している慎二にと戦ってはその先にはそれしかない。
はずだった。
虹の光が下から上にも広がり上空の飛行機すらも包み込んだ。
「何だ? これは……」
止めを刺すことも忘れて虹の光に魅入る慎二。
そして品詞の横山の前には一人の女性が現れた。
「ま、マイヤ!?」
「……横山」
それ以上の言葉もなく見詰め合う二人。
刹那か、永劫かともつかぬ沈黙の後で二人の身体は重なり合った。
横山の体の中に消えていくようにマイヤの姿が溶けていった。
静かに眼を閉じ、ただ一筋だけ涙を流した横山は眼を見開き宣言した。
「群井さん。……貴方を、止めます」
「できるのかい? 君に」
「今の俺にはマイヤが力をかしてくれている。それに愛ちゃんにも、貴方を止めて欲しいと頼まれましたしね」
その台詞にはじめて慎二が狼狽した。
その隙に横山が慎二に襲い掛かる。
そこからは俺とゼクウの八割がた本気の戦いとなった。
雪之丞程の派手さはないが、剣を結び、霊波砲が連射される。
文珠や超加速は使ってはいないが、俺とゼクウの戦い(お互い半ば以上殺気を出してやっている)は観客を圧倒するだけの迫力は出たようだ。
剣での戦闘はゼクウにはまだ敵わないが戦闘なら俺に分がある。
左腕に深手を負いながらも慎二を蹴り飛ばすことに成功した。
翼から落ちる慎二を半ば以上翼から身を乗り出して残された右腕一本で支える横山。
その右腕には慎二の左腕がしっかり握られている。
「横山君。無茶だ。その傷では君まで落ちてしまうぞ!」
人間の姿に戻った傷だらけの慎二は横山に向かって叫ぶ。
「大丈夫ですよ。マイヤが力を貸してくれる」
とはいっても一般人の銀ちゃんが片腕一本で俺の体を支えるのは演技じゃなくてもきついはずだ。
銀ちゃんには極細い霊波刀の糸で翼に括りつけてあるから落下の心配はないが俺にはそういう補助はつけていない。(地面に激突する前にユリンに拾い上げてもらうことになっている)
「いくらなんでもその傷じゃあ無理だ!」
横山は苦しそうに首を横に振るだけで聞かない。
「……この甘ちゃんが! 俺は君の恋人を殺した男なんだぞ!」
横山は応えない。
慎二はまるで憑き物が落ちたように表情を変えると残された右手に神剣を握りなおした。
「俺が言えたことではないのだが、一つだけ約束して欲しい。……君は、俺のようにはなるな」
「群井さん!」
慎二は神剣を振るい横山の顔が紅く染まる。
横山の左手に慎二の左手だけが残された。
虹の光の中、落下する慎二の前に一人の少女がが現れる。
「愛……ちゃん」
「慎ちゃん、ごめんね。私が死んじゃったから慎ちゃんをずっと苦しめてきた。……これからはずっと一緒にいるから。たとえそこが地獄でもずっと一緒にいるから!」
少女に頭を抱きしめられた慎二は安らかな表情を浮かべる。その姿は徐々に小さくなり、かつて二人が一緒にいた子供のころの姿になると一際大きく光った虹の光の中に消えていった。
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顛末を見届けた横山は翼の上でとマイヤと対面していた。
「横山……ごめんなさい。それからありがとう」
「礼を言うのは俺のほうだよ。ありがとう、マイヤ。君にはいつも助けられっぱなしだ」
大怪我を負いながら、それでも精一杯の笑顔を作る横山。
二人とも気がついている。今ここに二人が出会えた奇跡がつかの間のものであると言うことを。
「マイヤ、君に出会えて本当によかった」
「私もよ。あなたに辛いことばかり押し付けてしまったのに」
「俺は、君に出会えたことは幸せだったと思っている。……別れは悲しかったけどね」
今度は、お互いが求めるように唇を重ねあった。
そして消えていく虹の光と共にマイヤの姿も消えうせた。
「……マイヤ」
気が抜けた横山は出血のために気を失った。
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気がつくとベッドの上だった。
「眼が覚めたの?」
「由美さん!?」
ベッドの傍で由美が横山の目覚めを待っていた。
「意識ははっきりしているようだから状況の説明をしておくわ。貴方はあの後出血のために意識を失い、医療設備のないブラドー島では治療ができないからヒーリングをかけつつ日本に空輸して手術を行ったわ。イタリアに運ばなかったのは命の危険はなさそうだったから。それくらい吸血鬼や苅田神父、芳川のヒーリングが強力だったってことね。時間的にはあれから三日が経過しているわ。貴方はその間心霊麻酔のために意識を失い続けていたわけね。どこか具合の悪いところはあるかしら?」
「……由美さん。群井さんのことなんですが……」
「死体は見つからなかったから表向きは除霊中の事故で行方不明ということになっているわ。……私もあの瞬間を見ているから。兄さんと愛姉さんが消えていくのを。……貴方には礼を言わなくてはね。ありがとう、兄さんを止めてくれて」
由美は少しさびしそうに笑った。
「兄さんも止めてもらいたかったのよ。これで兄さんもゆっくりと休むことができるわ。Murai Ghost Sweeper Officeは私が引き継いでこれからも活動していくことにした。……青嶋も、宇尾も人外を憎む理由を失ったからこれからは普通の除霊事務所としてね。ロウは貴方をここに運んでから姿を消したわ。予定とは違うがいいものを見せてもらった、ありがとうと言い残してね。和玖除霊事務所にも連絡を入れておいたからそのうち顔を見せるんじゃないかしら」
横山は再び意識がボヤけてきてそのまま眠るように意識を失った。
「横山、眠ったの?……大怪我だったものね。無理もないわ」
由美は目を閉じた横山に顔を近づけ唇を重ねようとするが直前でその位置を頬に移した。
「そこは……彼女の場所だったわね。でも、そのくらいは許してくれるでしょう?」
それだけ言うと由美は病室から出て行った。一度も振り返らずに。
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「ん、眼が覚めたか」
「和玖所長!?」
「Murai Ghost Sweeper Officeの新しい所長からお前の意識が戻ったと連絡を受けたからな。……休暇だって言うのに大した活躍だったそうじゃないか。苅田神父や芳川除霊事務所の所長からも連絡があったぞ。Murai Ghost Sweeper Officeからは正式な謝罪と損害賠償、慰謝料の支払いの申し出もな」
「それはいいですよ。……誰かが悪かったわけじゃあないんですから」
「そういうと思って謝罪と治療費だけは受けて後は断っておいたよ。……何があったかある程度は聞いているが、この先どうするつもりだ?」
「……俺は、ゴーストスイーパーを続けたいと思います。ゴーストスイーパーを続けて、人間と、それ以外の生き物が理解しあうための架け橋になりたいと思います」
「……辛い仕事だぞ? 心あるゴーストスイーパーなら一度くらいはその可能性を考え、そしてあきらめる。俺も失敗した一人だ」
「それでも俺はやりますよ。マイヤの望みであったし。……それに俺は横山、大阪府知事と同じ名前のゴーストスイーパー横山ですから」
満足そうな笑みを浮かべる和玖所長。
眼を逸らさずにまっすぐ前を向く横山の視線は力強いものだった。
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≪横島≫
映画はそこでエンディングを向かえる。
会場はシーンと静まり返っていた。
失敗してしまったかと俺が青くなりかけたところで今度は盛大な喝采が起こる。
どうやらこの映画は高い評価だったらしい。
「やったで~! 横っち」
俺の背中をバンバンと銀ちゃんが叩いた。
その後のことは俺はあまり覚えていない。
いろいろな人が俺に映画の評価や仕事の(G・Sとしてではなく映画人としての依頼だったり格闘関係者の依頼だったりだったが)打診をしてきたりもした。
それに無難に対応して、今回の映画で世話になった人たちに改めて御礼を言いに回っていったが返ってお礼を言われてしまうことが多かった。
「いい映画でしたよ。仕事の都合でお手伝いができなかったのが残念なくらいです」
魔鈴さんがそう言ってくれた。
それも嘘ではないのだろうが出演を断ったのは魔鈴さんが気を使ったからだと思っている。
ただでさえ理解され難い内容の映画に【魔女】の自分が関係することで悪評が立つのを恐れたから。
「魔鈴さんが作ってくれたロケ弁は本当に好評だったんですよ。それだけでも大助かりでしたよ」
「そういわれると料理人としては嬉しい限りです」
その代わり魔鈴さんは日本での撮影の間ロケ弁の仕出しを一手に引き受けてくれていた。突貫工事な映画製作で誰一人身体を壊すことなく撮影を終えられたのは愛子の時間のない空間と魔鈴さんのお弁当の影響は大きかったと思っている。
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試写パーティーも二次会に入り、今度は製作サイド中心のパーティーというか打ち上げに入った。
今度は美術係や大道具、メイクさんや照明、カメラマンさんのような裏方の方達にもスポンサーの意向という形で参加してもらっている。
普段表舞台に出ない彼らもどうか楽しんでもらいたいものだと思う。
俺の無茶を聞いてくれた皆へのせめてものお礼にだ。
元宏監督が人ごみから離れるのを見つけて俺は監督に近寄った。
「元宏監督」
「ん? 横島さんか。いい感触だったね。この分だとこの映画はヒットするぞ」
「一つだけ聞いていいですか? 何で俺達の部分で俳優を使わなかったんです? 演技の素人よりも本職を使った方が完成度は上がったでしょうに」
「完成度は……ね。でもそれじゃあ駄目だったんだよ。君達じゃなければあの本気の輝きは出てこない」
監督は断言した。
「確かに君達の演技はプロの眼から見れば素人に毛がはえた程度でしかなかったかもしれないけど、端々に出てくる本物の輝きは俳優で上書きして消してしまうにはあまりにも惜しかった。それでは理由になりませんかね?」
元宏監督はニコリと微笑む。
「いい映画になったと思いますよ。最初に言ったとおり、この先の目標となるべき映画です。映画監督としてこの映画に参加できた事、誇りに思います。ありがとう」
「素人の俺の意見を取り入れてこの映画を一つの作品として成り立たせてくれたのは監督のお陰です。これからは一観客として監督の作品を楽しみにしていますよ。ありがとうございました。貴方が監督で本当によかった」
俺は監督と熱い握手を交わす。
こうして長かった俺の映画への関わりもひとまずはここに終わった。
俺の目的のためには回り道だったかもしれないが、俺は決して無駄ではなかったと思っている。
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追伸
銀ちゃんと白麗はこの映画を機に俳優として大きく名を上げた。
今年の三大映画祭に、あるいはアカデミー賞の外国語映画部門にノミネートされるのではないかというありがたい評価をいただいた。
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≪中書き≫
個人的に仕事が忙しい時期が続いたのと、まとめて投稿したかったこともあり投稿が二ヶ月近くできなかったことをここでお詫びいたします。
連載は今後も続けていく方針ですので見捨てないでやってくださいm(__)m
投稿のできない間も感想を下さったかたがたどうもありがとうございました。次回からはストーリーを本筋に戻す所存です。