≪横島≫
夕焼けに赤く染まる空。飛行機の上空まで鴉が登ったところで鴉がいきなり斬りつけられた。
横山はその翼の上に飛び降りるも鴉は地面へと落ちてしまう。
「……来たね、横山君。」
ホバリングしている飛行機の翼の上で神剣を持った慎二が横山を待ち受けていた。
「群井さん。考え直してくれませんか?」
「君は……俺が憎くないのかい?」
「……正直に言えばにくいです。でもそれ以上に悲しくて、悔しくて、不甲斐ないんです。……由美さんを俺のようにはしたくない。でも貴方は止めて見せる! マイヤが人間との共存を夢見たと言うのなら俺がそれを成し遂げる!」
「……君は、俺と同じだと思っていたよ。でも違った。君は俺よりもずっと強いんだな。……でも今更止まることはできない。どうしても止めると言うのなら殺して止めて見せろ!」
「群井さん!」
慎二は最早語らず手にした神剣で横山に切りかかる。
足場はホバリングしている飛行機の翼の上だというのに一切の躊躇もなく踏み込みきりつける。
横山はそれをすんでの所でアロンダイトで受け止めた。
「……いい剣だな。並みの霊剣や神通棍なら諸共切り捨てられたものを」
「群井さん」
「さぁ、かかって来い。君の次はあのドラキュリーナ(女吸血鬼)の家族を切り捨てねばならないのだから」
「させない!」
横山もまた聖霊石を目くらましに使い、アロンダイトで切りつける。
「そうだ。ソレでいい。……だが甘いぞ!」
慎二の周囲に煙が立ち昇るとその顔は馬のそれに(ゼクウ)変わる。
「……魔装術。悪魔と契約を交わしてその力で魂と肉体を同化させて霊力を物質化させる術。その術そのものは邪悪ではないが、一歩間違えれば自らを魔物に変えてしまう禁断の術。しかもその姿は、……群井さん、貴方!?」
「なかなか博識だな。……だが少し違う。俺の場合は自ら望んでこの身を魔物に貶めたのさ。限りある人間の寿命でこの地上から全ての人外を駆逐することは不可能だからね。この地上から全ての人外を葬り去った後、この身を殺せば俺の願いは成就される!」
「貴方、もう……」
「言っただろう? 俺はもう止まれない。止めるのなら殺して見せろと。何一つ守れぬこの身の行く末など無様に野たれ死ぬ以外に用意していないのさ」
ふと、慎二は赤い空を見やる。
「……世界が夕焼けに染まるこの時間、ある映画監督は世界が最も美しい時間だとこの時間だけで映画を撮り続けたこともあるそうだ。だが古来よりこの時間帯は魔と人が出会う時間。逢う魔ヶ時と呼ばれてきた。……世界の片隅のこの小さな島でのことだが、人外を滅ぼさんとする者と、人外を愛してしまった者。決着をつけるにふさわしいと思わんかね?」
「群井さん。何故そこまで……」
「俺の心はすでに殺されている。この身体は仇をとる……いや、八つ当たりをするためだけに生きているに過ぎない」
そこから先の戦闘は一方的なものとなった。
慎二が横山を斬りつけ、横山はアロンダイトでそれを受けるも受けきることができず、次々に新しい傷を作り出す。
そしてとうとう慎二の剣が横山の腹部を貫いた。
会場内から息を呑む声が聞こえる。
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小高い丘の上からは殺し合う様子がよく見て取れた。
異形の鎧を纏った青嶋がリーリエが呼び出す魔物と殺しあう様。
密林の中でピエットに時折襲いくる人虎と密林ごと虎を吹き飛ばそうとしているピエット、破壊される密林と再生される密林がビデオの早回しや巻き戻しを繰り返すような異様な戦闘。
そして虎に農具を振るい、吸血鬼に噛み付き爪で引き裂かんとする虎の殺し合い。
それを悲しそうに見つめる芳川と顔をしかめる苅田神父。ロウと髪の短いアンドロイド(マリア)はそれを無表情に見つめていた。
時折心配そうにはるか上空を見つめる二人と、何かの装置が作動しているのか上空の様子を観察し続ける髪の長いアンドロイド(テレサ)。
その間に一人の少女が割って入った。
「ジリエラ? 何故君がこんなところに……」
あまりの唐突な出現に疑問をぶつける苅田神父。しかしジリエラはそれに応えずに小さく呟く。
「……哀しいね」
ジリエラの呟きに一同の視線が集中した。
「哀しいよね」
「そうだね。自らを守るため、自らの意思のために暴力を振るって解決するしかないと言うのは哀しいことだ」
苅田神父の台詞にジリエラはかぶりを振るう。
「違うのだ! それも哀しいけどこれは違うのだ! ここにいるのは皆大切な人と静かに、平和に暮らしたい人たち、暮らしたかった人たちだけなのだ。それなのに、それだけなのに憎しみあって、殺しあわなきゃならないなんて絶対におかしいのだ! そんなの絶対に間違っているのだ!」
絶叫ともいえる叫び。
「……皆、皆哀しいだけなのだ。争う理由なんて本当は何処にもないのだ。哀しみで前が見えなくなっているからそれに気がつかないだけなのだ。……こんな事で殺し合いなんてしたら絶対に駄目なのだ」
ジリエラは着ていたコートを脱ぐと苅田神父達の元から離れた。
周囲に真白い羽が舞い、その姿を見て苅田神父は十字を切って神に祈る。
「……神よ……」
その視線の先には、一人の天使が翼をはためかせ空を舞っている。
その姿に会場から息を呑む声が聞こえるほどその姿は神々しい。(全くの本人ではないにしろ、彼女はセラフ・ガブリエルなのだからそれも当然だろう)
「……聞こえていますか? 私の声が。届いていますか? 私の祈りは……」
祈り、組まれたジリエラがその小さな手の中に虹色の宝石のようなもの(イリスの虹の涙)を奉げもつと、その宝石から黄昏時には本来起こらないはずの虹が生まれ、その光がブラドー島を覆いつくした。
これは映画で、映像にすぎないはずなのにそれでも何故か心が安らかになるような温かい光に包まれる。
「……ママ」
虹の光の中、青嶋の前には美しい女性の姿が現れた。
女性は青嶋のことを軽く抱擁する。
青嶋だけではない。その場にいる皆の周りに何かしらの事象が起こり、その場にいる全てのものが争うことを止めた。
あるものは歓喜の声を上げ、あるものは静かに涙を流した。
虹の涙は争う理由を失わせる。
その光はジリエラよりも更に上空、横山達にも届いていた。