≪令子≫
時間があれほどもどかしいと思ったことはない。
ゲソバルスキーを倒した後、テレサに事情を説明された。
すぐにでも地球に帰りたっかたのだがテレサがあの兵鬼を処理する時間と日本付近に着水できる時間の都合でおよそ半日、月に滞在することになり、地球へのロケットの中でも空気は重苦しい。
いくら横島さんでも生身での大気圏突入。……いやな想像ばかりが頭をよぎった。
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「横島さんは大丈夫なの!」
テレサに教えられて帰還後すぐに私たちは馴染みの病院、白井総合病院の一室に飛び込んだ。
途中院長に文句を言われたが今回は完全に無視。
部屋の中にはママとおばさま、ドクター・カオス、唐巣神父、マリア、うちの事務所のメンバーが集まっていた。
「それが……」
言いよどむママに不吉な予感を覚える。
「……ウソでしょ」
「本当に信じられないことだけど……まったくの無傷なのよ」
「そんな!……って、え?」
……横島さん、生物ですか?
「外傷何もなし。地表と衝突して大きなクレーターを作ったって言うのに外傷どころか火傷ひとつおっていなかったわ。恐らく横島君の体を包んでいたあの模様が何か関係あったんでしょうけど今はもうそれも消えているし。ただね、意識が戻らないの。救出されてから今まで眠りっぱなしなのよ。院長先生の話だと医学的な原因は認められない。恐らく心因性のものですって」
「……ふむ。あまり大人数で病室にいるというのも感心できぬし、私たちはいったん病室を出るとしよう」
カオスの言葉に最初からこの部屋にいた皆はマリアをのぞいて出て行った。
ただ静かに、ベッドの上で眠り続ける横島さんを見て急に不安になった。
そういえば今まで横島さんが寝ている姿を見たことはない。
驚くほどに、自分は横島さんのことを知らない。
知らないことは不安を煽り立て、恐怖に変わる。
「忠にぃ、目を覚ますわよね」
同じように不安にかられたのだろう。エミが体を小刻みに震わせながら不安を口にする。
「……マリアのせい・です」
マリア?
「横島さん・大切な人を亡くして・います。横島さんを守って・亡くなりました。マリア、横島さん助けたかった。マリア、壊れるだけだから。横島さん、恐れています。また・大切な人・喪うことを。愛し合った女性、親友、それから……」
え、どういうこと?
「姉さん!」
テレサが聞いたことのないような厳しい声でそれを押しとどめた。
「……確かに、横島さんがああなったのは姉さんが捨て身で横島さんを助けようとしたからよ」
テレサの言葉にマリアの肩がふるえた。
いつもは感じる姉妹の情がその言葉には感じられない。
「……その上、姉さんは横島さんのことをすべて話す気?」
マリアの顔が狼狽する。
「おい、テレサ! それはどういうことだ」
雪之丞がテレサにつめよるがテレサは機械のような応対をした。
「もうしわけありませんが、お答えすることができません。私たちのセカンドオーナー、横島さんがそれを望まれぬ以上私たちはこれ以上一切外部にこのことをもらす気はありません」
「妹の私にも?」
「YES!」
「テレサちゃんたちは~、お兄ちゃんに聞いていたの~?」
「正確に言えば横島さんに直接横島さんの過去について説明を受けたのはお父様だけですわ。それについてもお父様であれば横島さんの秘密に自力でたどり着くであろうからうちあけただけの話。横島さん自身は誰にも知られたくないと思っていますわ。最も、自力でそれにたどり着いたのであれば仕方がないことなのかもしれませんけど」
部屋の様子はテレサ対私たちという構造になっていた。
「……まって、横島さんが何かを言っているわ」
本当に小さな声、悲しい声で横島さんは私たちの名前を呼んでいた。
その中に聞き覚えのない名前が含まれている。
「……ルシオラ……パピリオ……べスパ……」
毒気を抜かれるというのだろうか。
あまりにも悲しく弱々しい声で私たちの名前を呼ぶものだから、私たちは争うことができなくなっていた。
テレサは先ほどまでの鉄面皮をかなぐり捨てて、寂しい笑顔を浮かべた。
「……私たちはセカンドオーナー、横島さんの願いのためにこれ以上申し上げることはできません。……ですが、私があなたたちに感じている情は、あなた方に知ってもらいたいとも思っています。……今回のことばかりではなく、すでにいくつものヒントが示されています。横島さんの秘密にたどり着くために必要なヒントが。横島さんもご自分でその秘密にたどり着かれたのなら仕方ないと思っておいでですし、横島さんの秘密にたどり着いたのであれば、どうか心の内にしまっておいてください。お願いします」
テレサは先ほどまでの姿がうそのように頭を下げてきた。
マリアはおびえるように体を小刻みに揺らし続ける。
「忠にぃ、戻ってくるわよね?」
「ハイラちゃんにお願いすれば大丈夫かしら~」
「それはお勧めできませんな」
横島さんの影からゼクウさまが現れる。
「某がマスターの精神世界に入り込んだがために魔族であることができなくなったということをお忘れか? 眷属の某ならともかく、それ以外のものがもぐりこんでは即座に精神崩壊を起こすほどの闇がマスターの心の中にはございます。ですので、その手段はマスターの僕として断固として阻止させていただく。……某であれば壊れることなく中に入り込めますが、某が中に入り込んだとしても壊れぬだけで苦しみにはさいなまれましょう。それだけであれば問題はないのですが、そうしてしまえばマスターはさらに心の奥に入り込んでしまいます。ですので、今はマスターを信じ待つのが最良の手段となりますでしょう。……なに、マスターのことですから必ずや目を覚まします」
「結局、あたしたちは何もできないの? 横島さんに秘密を打ち明けられるほど信じてはもらえていないの?」
「私は横島さんの補助のために作られました。ですが、何もできませんでした。横島さんの抱える秘密は多くの人間の不幸がかかわり、……本当の意味で秘密を打ち明けられたものは誰一人おりません。お父様でさえ、情報として教えられただけのことです。ですが、横島さんが皆様のことを大事にしていることは本当です。それは信じてください」
……言われるまでもない。
「……事務所に行くわ。横島さんが起きたときに事務所がしっちゃかめっちゃかになってたら驚くでしょうし、仕事もたまっているから」
私を皮切りに、テレサたちをのぞく皆が部屋から出て行く。
外で待っていたママたちに挨拶をして私は事務所に出かけた。
私は美神の女。強く、気高く、美しく、タカビーにってね。
横島さんが弱っている今だからこそ信じる。
横島さんの帰りを、抱えている秘密を、横島さんを構成するすべてを。
だって、信じるだけの理由はごまんとあるんだもの。
後は私の心が信じきれるほどに強いかどうか。
だったら負けられない。