≪勘九郎≫
あたしは母子家庭で育った。
あたしの母親はおよそ母親とはいえない生き物だった。
いつだって酒といやらしい香水のにおいをぷんぷんさせていた。
その手があたしに触れるときはあたしを殴るとき。
時には何日も放置され、やっと帰ってきたときの第一声は
「あら、まだ生きていたの」
だった。
そしてあたしが8歳の誕生日を迎えた日、母親はいつものごとく外に出かけていき、帰ってこなかった。
餓死しかけたあたしは空き巣に発見され、一命を取り留めた。
あたしを助けてくれた空き巣は警察に捕まり、牢に入れられた。
生まれてはじめてあたしを助けてくれた男性は、あたしを助けたせいで牢につながれてしまった。
あぁ、なんてあたしは無力なのだろう。
無力はいやだ。
力がないのは首がないのと一緒。
白龍寺に入った後、狂おしいばかりに力を求めた。
あたしのほかにもう一人、あたしのように力を求める子がいた。
伊達雪之丞。
死んだ母親に誓ったために力を求めたという。
理解できなかった。
でも、母親のせいで力を求めるという共通点を見出したあたしは雪之丞とつるむようになった。
時折、無性に苛立つことはあったけど。
なんてことはない。
あたしは雪之丞に嫉妬していたんだ。
あれほどに想うことができる母親がいたということを。
でもそれも、雪之丞が白龍寺を出て行くまでのこと。
雪之丞は横島除霊事務所に行った。
ただ一人の友人とも呼べる子があたしに相談することもなくそのことを決めたことに腹を立てたあたしは誘ってくれたあの子の提案もにべもなく断った。
そこが運命の分かれ道。
それからもひたすら力を求めたあたしは白龍寺に敵がいなくなっていた。
そのころだ。あの女、メドーサが寺に来たのは。
「強くなりたいものはあたしに従いなさい」
と、メドーサは言った。
逆らった坊主たちは力でねじ伏せられた。
あたしは更なる力を求めるがために彼女に従った。
魔装術を学んでいる過程で、あたしはメドーサが魔族であることを知ったがそれでもかまわなかった。
無力はいやだ。
G・S資格試験の日、あたしは雪之丞と再会した。
そのときのあたしにあったのは優越感。
あなたがあたしのそばから離れた間にあたしはあなたよりずっと強くなっている。
その自負がそうさせた。
けど、結果は惨敗。
嫉妬に狂った。
何で何もかも捨てて修行に励んだあたしよりも強くなっている!
何であたし以上に魔装術を扱えている!……と。
嫉妬に狂ったあたしはあの子が差し出してくれた救いの手をまた振り払ってしまった。
そしてメドーサ共々負けたあたしはメドーサに使い捨てられた。
無力はいやだ。
あたしを拾った、いや、目をつけたのは魔族のマッドサイエンティスト、プロフェッサー・ヌルだった。
あたしは奴の甘言に惑わされ、本当に何もかもをなくしてしまった。
そして今のあたしがいる。
原因はあの男。
横島忠夫。
雪之丞の師匠。
でたらめな強さを持った存在。
彼があたしを救って、いえ、つくりあげてくれた。
意識が覚醒する。
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「……目が覚めたか」
「ゲソバルスキー。どれくらい寝てたのかしら」
「さぁな。だが奴さんたちがまだ動き出していないことを見るとそれほど時間はたっていないんだろうさ」
そうね。
「だが、本当にいいのか? 俺は目的さえ果たせればそれでかまわんがお前はそうではあるまい?」
ゲソバルスキーが上空に浮かぶ怒露目を見上げる。
あたしも見上げた。
「きっと大丈夫よ。考えるのも馬鹿らしくなるくらい強くて、あたしを切り捨てることにすら後悔を見せるお人よしが向こうにいるんだから」
「……戦いたかったな」
「今のあたしたちじゃ瞬殺よ? 戦いにもなりはしないわ」
「それでもだ」
「武人ね~。今のあんたは」
いずれにしても、結果は向こうしだい、か。
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≪横島≫
「向こうの提案をのむしかない。いけるか?」
雪之丞は好戦的に、令子ちゃんは任せてと大きな胸をさらに張って答える。
……結局、雪之丞に勘九郎を殺させてしまうのだろうか?
俺は神無の方にむきなおる。
「この二人が出て行くときに開く穴からおそらくベルゼブルが進入してくるだろう。月の警官隊と冥子ちゃん、ユリンにはその駆逐を頼みたい。中に入ってくるかどうかはわからないがベルゼブルの本体はおそらく月に来ているはずだからな」
「われわれの任務だから当然だな」
「相手は魔族だ。冥子ちゃんにしても一体ならともかく集団でこられると分が悪い。言っては何だが月の警官隊で魔族と正攻法で戦えるものはいまい?」
「我々には月の主権を守る義務がある!」
「あぁ。だからつまらぬ誇りは捨てて月の平和を守ることを最優先してくれ。幸い、ベルゼブルのクローンは攻撃力とスピードは本体と変わらない反面、魔族とは思えないほど打たれ弱い。攻撃があたりさえすれば倒せる相手だ。そして、冥子ちゃんはそういう相手との戦いに向いているし、罠を張るためのアイテムも用意してきているからうまく連携をとってくれ」
「……了解した。だが、あなたたちは大丈夫なのか?」
「信じている」
俺はただその一言だけを紡ぐ。
「マリアとテレサはあのアンテナ兵鬼の方を頼む。おそらく自立行動をしてくるだろうが」
「私と姉さんならシステムをいじって無力化させることも可能ですわね」
なにしろカオスとリンクしているからな。
「しかし、あなた方にとってはあの怒露目とかいう兵鬼のほうが懸念だろう?」
「あぁ。だから俺が向こうに行く。対応できる手段を持ち合わせているのでね」
神無と朧に協力してもらい、戦闘能力をあまりもたない月神族や迦具夜姫の警護。トラップの設置なんかを手伝ってもらう。
朧が言っていたように月には女性しかいないので俺や雪之丞は嫌でも目立っていた。
すべての準備が終わったのはそれから(地球の時間感覚で)10時間ほどたった後。
竜気の補充を十分にしてもらい、ユリンを城の各所と雪之丞、令子ちゃんの影に隠して軽く睡眠をとる。
さてと、やるか。