≪横島≫
前回は美神さんが核攻撃を行ったためになし崩し的にベルゼブルとの戦闘が始まってしまったが、今回はテレサが周辺の警戒。マリアが軌道計算、着地準備と分業制で専念しているためにベルゼブルの警戒網をかいくぐって月の宮殿へとたどり着いた。
「ようこそいらっしゃいました。地球の武士たちよ。私が月神族の女王、迦具夜です」
……虫が一匹入りこんでいるな。
潰すか? いや、せいぜい利用させてもらうとするか。
「この城は物質界と霊界の境目にある亜空間に存在していますからあの悪魔たちも手出しをしてこれません」
うん。だから入り口が開いたときに一緒に進入したんだろうな。
トロイの木馬みたいなもんか?
ってえことは俺たちが木馬なわけね。
「地球より参りました横島忠夫と申します。彼女たちは私の大切な仲間で美神令子、六道冥子、伊達雪之丞、マリア、テレサ。よろしくお願いします」
彼女たちが挨拶を交わす間にも蠅への監視を怠らない。
嬉しいことにうちの連中は気がついた時間の早いおそいはあれど蠅の存在に気がついていながら手出しを控えている。
理由はそれぞれだろう。
警戒しているのか? 俺を信用してくれているのか? 俺のようにかけひきに使おうとしているのか?
とはいえこのかけひき、下手をうてばかえって月警官の長の神無さんのプライドを傷つけるだろう。
司令官が冷静さを欠けば被害は広がるし、俺達がこの月神族のすべてを救ってもいけない。
あの蠅を利用して彼女達の信頼を得ること。
彼女達に自分達の力で戦ってもらう……少なくともそのつもりであってもらわなければならない。
「どうしましたか?」
思考の海に埋没した俺に訝しげに問う姫。
「火浣布(火鼠の皮衣。かぐや姫が阿部右大臣に要求した宝)でも用意するべきだったと思いましてね」
「まぁ、千歳を超えるおばあちゃんにご冗談を」
あ、あの時メドーサにおばさんと呼ばれて美神さんと一緒に怒り心頭だったけど自分で言う分にはいいのか。
人影が二人。
「朧! 神無! ご挨拶を」
「迦具夜姫つき官女の朧にございます」
「月警官の長、神無にございます」
「月にいる間はこの二人をおそばに……何なりとお申し付けください」
チッ。
蠅のやつ、朧さんにとりつく機会をうかがっている。
考えているのは皆同じなのか、ピンポイント攻撃のできる俺と雪之丞がベルゼブルの背後を向いた瞬間、複眼から捉えきれない角度から朧さんに被害が及ばないように攻撃で撃墜。
メキラの短距離瞬間移動能力で冥子ちゃんと令子ちゃんが朧さんを、マリアとテレサは迦具夜姫と神無さんの間に体を入れて守る。
突然のことに驚いた月神族はベルゼブルの死骸を見てさらに驚いた。
「まさか。この城に侵入していたなんて」
「この悪魔はベルゼブル。クローンによる集団攻撃や情報収集を得意としていて小型化、高速飛行が可能な中級の魔族です。ここにいるのもそのクローンのひとつでしょう。私達がこの城に招待されたときに開いた穴に一緒に紛れ込んでいたのは知ってはいたのですが狙いもわからないので監視行動にとどめておりましたがそちらの朧さんにとりつこうとしていたので退治しました。早速で申し訳ありませんがこの城、いえ、この亜空間全域に対する広範囲霊視と月神族の中にすでにとりつかれたものがいないかどうかを調べる許可をいただきたい。私達が来た以前に開いた穴から進入していた可能性もゼロではないですから」
前回、俺にとりついて進入したメドーサの例もあるからな。
許可をもらった俺達は広域調査をユリンに頼み、月神族は二列に並んで心見と冥子ちゃん(クビラ)に霊視してもらう。
ユリンと心見、クビラの存在に驚かれた。
思うに、月神族は地上の神々と比べて魔力的に恵まれていたからか技術力的には高いけどここの能力はそれほど高くはないようだ。
そうでなければ前回、俺や美神さんが呼ばれるはずもないか。
霊視をしてもらっている間に俺達は神無達から敵、魔族の情報を得ていた。
神無さんはもしかしたら迦具夜姫が取り付かれていたかもしれないと青くなる。
今回は朧さんのあのおちゃらけを入れる余裕もなく姫も交えて情報を整理した。
「月に進入した悪魔は三体。これがその映像です」
一体はベルゼブル。だが残りの2体は……。
「勘九郎!」
「こいつ、ゲソバルスキー!」
「知っているのですか?」
「ええ。いずれも地上で戦ったことのある、いえ、本体ではなかったとはいえ退治したことのある相手です」
神無さんの表情が変わる。
無理もないか。
これまでにも月警官の中に被害が出ていたのだろうから。
だが、勘九郎はあそこで殺したクローン以外がいたのかもしれないが、ヌルの脚の分身であったゲソバルスキーが何でここにいる?
「それと連中は大質量生命体、それを2体持ち込んでいます」
……これも俺達のときとは違う。
一体は俺の知っているアンテナ型の兵鬼。もう一体はまるで烏賊と蛸の中間のような姿をしたアンテナ型よりさらに大きい、恐らく全長は2kmを超えるのではないだろうか?
「いずれにせよ、時間も限られているな。地球のピンポイントへの照射なんていう調整がすぐに済むとも思えないが巧緻よりも拙速が求められるだろうからな」
「お兄ちゃん~。霊視が終わったわよ~」
「憑かれていたものは幸いいなかったが、ホレ、こんなものが仕掛けられておったぞ」
「これは……ヌルのもっていたホログラム」
それにあわせたかのように、ホログラム装置から映像が発せられる。
「ハーイ! 元気にしていた?」
「勘九郎!」
「あら、雪之丞じゃないの。こんなところまであたしに会いに来てくれるなんて嬉しいわ」
勘九郎の挑発にどうにか耐える雪之丞。
「ま、こっちも何かと忙しいし用件だけいうわね。あたし達の邪魔をしないで頂戴。もしそれが守られなかったら結界兵鬼、怒露目を使わせてもらうわ。怒露目の能力は自分の周囲に極めて強力な結界を張るだけ。だけど、この子が自分に結界を張ったまま地球に向かって超高速で飛んで行ったらどうなるかしら? ちなみに目的地は日本よ」
あれだけの巨体が大気との摩擦の影響を受けずにその質量を保ったままに移動速度と重力加速度を加算されて地表に落ちたら。氷河期の到来とは言わないまでも、洒落にならない被害が起こるのは間違いない。
「こんな場所から日本なんてピンポイントにそいつを落とせるとは思えないがね?」
時間稼ぎ、兼探りをいれてみる。
「そうね。射出のタイミングはそっち任せだしそこまでピンポイントに狙いをつけるのは難しいわ。でも、北半球を狙うのなら簡単よ? 運良く太平洋の真ん中にでも落ちれば津波程度の被害で済むかもしれないけどね」
どこに落ちたってまずいものはまずい。向こうもそれがわかっているからの脅迫なのだろう。
「だからその城から出たらだめよ。出てきたら問答無用で怒露目を地球に落としちゃうから」
怒露目を封じる手段はある。
だが、ここから怒露目を押さえに行ったのでは時間的に間に合わない。恐らくこちらのロケットよりも速いだろうから。
月神族の城を俺たちを監視するための檻にしたのか。
さて、どうするか。
「でもそうね。雪之丞なら相手をしてあげるのも楽しいかもね」
!?
「いいわ。雪之丞の相手をしてあげたいから雪之丞一人なら出てもいいわよ」
「だったら俺はミカミレイコを所望する」
「そういうことだから雪之丞と美神令子だけは外に出てもいいわ。アンテナ兵鬼ヒドラの下で待ってるから殺されるつもりならいらっしゃい」
おかしい。勘九郎は少なくとも愚か者ではなかったはず。
なぜこんなまねをする?
罠……かもしれないが乗るしかないだろうな。