≪令子≫
いきなり横島さんが殺虫剤、……魔族コロリなどというわけのわからないものを窓の外にまいた。
「ぐわぁああ!」
いきなり苦悶の声が上がると何か、あれはベルゼブル……っつうか、殺虫剤でやられるなんてまんま蠅ね。
「春になると悪い虫もわいてきて困るなぁ」
そういう問題でもないと思うけど?
一応中位の魔族よ? 多分クローンだけど。
そのまま何事もなかったように事務処理を始める横島さん。
日常の風景が続けられる。
わけもなく。
妙神山から小竜姫さまたちがやってきた。
「実は至急いってほしいところがあるんです!」
「わかった」
あまりにも簡単だ。
さすがにそれでは私たちがついていけないので詳しい説明をもらった。
横島さんは身内は無条件で信頼する悪い癖がある。
もっとも、横島さんの身内で横島さんに仇なそうなんて考えるやつはいないだろうけど。
「つまり、月に行ってほしいってこと」
「その通りだ。一部の交戦派の魔族が月に入り込み、月の魔力を地球に持ち帰ろうとしているのだ。リリシア姫の母君、魔王リリスがデタント派についてくれたおかげでわれわれ和平派のほうが数は多いとはいえ、主戦派の勢力もまだ侮れないためわれわれが月に出向いて交戦することも神族が出向いて交戦することも主戦派にとっては開戦を推し進める口実になってしまう。それに月は完全なる中立地帯だ。月神族もわれわれの干渉を嫌っている」
「月神族?」
ワルキューレの説明に聞きなれない言葉を聞いたので聞き直す。
「月の精霊たちのことです。日本人のあなた方には馴染み深いと聞きましたが」
ジークが特殊な映像機を展開するとそこに一人の美女の立体映像が現れる。
『私は……月世界の女王、迦具夜。その者たちが侵略者を討つ武士ですか?』
「はっ! 人間世界で考えうる最高の人材です」
横島さんまだ引き受けるとは一言も言ってないんだけど。
いや、引き受けないはずがないんだけどね。
『侵略者は凶暴で強力です。我々の主権を犯し、無法を続けており手がつけられません。一刻も早い救援を要請します』
「【なよ竹のかぐや姫】おとぎ話に出てくる永遠の美女なのね~」
「女王、今しばらくのお待ちを。必ずやその侵略者を排除して見せましょう……私たちのために」
「……ありがとうございます」
映像はきれた。
「お前らしいな」
ワルキューレが微笑む。
「女王が恥を忍んで他国のものに救援を求めているわけだしなぁ」
あ、かぐや姫の心労を和らげるためか。
「とはいえ月か。全員でいけるような場所じゃあないよな。足の都合はできているのか?」
「あぁ、某国のロケットを買い入れしている。もっとも、それだけでは不安なのでカオスの手を借りたいところなのだがな」
「あぁ、あそこは金がないって理由で原子力潜水艦を何の処置もしない上で海に廃棄するような国だからなぁ……核ミサイルも格安で購入できるって話だし。ま、カオスが手を加えたなら安心か。もともとの宇宙技術は世界一だったんだし」
「とはいえ、やっぱり人数は限られるのね~」
「俺と恐らくマリア、テレサは外せないとしたら後は何人乗れる?」
「3人というところでしょうね。それ以上は宇宙戦用の装備も用意しきれませんでしたから」
小竜姫が4組の竜神、魔族の装備を出す。
「なら雪之丞と令子ちゃん。冥子ちゃん。来てくれるか?」
雪之丞は好戦的な笑みを浮かべてそれに応じた。
「エミちゃんにお土産買わなきゃいけないわね~。ウサギさんのついたお餅は売ってるかしら~」
冥子、それ、不老長寿の妙薬よ? 頼むから万が一売ってても買ってこないでね。
……冥華おばさまとうちのママと、多分横島さんのお母さんが欲しがると思うから。
(精神力の)命が惜しいから巻き込まれたくないし。
いや、気持ちはわからないでもないんだけどね。
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48時間後、私たちはロケットの中にいた。
何? 普通ロケットの打ち上げってもっと入念な準備しない?
カオスが一枚かんでなかったら私降りたいところよ?
「安心しろ。軌道計算を含めすべてはマリアとテレサが即座に対応できる。ロケット自体を破壊されん限り何の問題もないワイ。たとえロケットが破壊されても月神族の元なら人間も生活できよう。必ず迎えに行くから安心して戦ってこい。……地上での作業がなければ私が行きたいところだったぞ?」
いや、本気でこういうときは頼りになるわ。
そして一路月へ。
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≪サっちゃん≫
ジークの報告を受ける。
概ねは歴史どおりやな。
良くも悪くも。
ジークが退席したのを見て本題に入る。
「で、どうなんです?」
「メドーサがおらへんになったけど、アシュタロスの奴が送り込んだ魔族は3体や。まぁ、単純な実力で言えば横島の敵やないと思うけどな」
「それ以上のことはわからなかったんですか?」
「あまり露骨に探りいれられへんし、アシュタロスにかかわる上級魔族を主に観察しておったからなぁ」
「つまり、上級魔族は動いていないと?」
「あぁ。よくても中級のはずや。いくらアシュタロスでもそう簡単に上級魔族は作れんはずやしな」
「……彼女たちという可能性は?」
「推測やけどたぶん違うと思う。ま、決定的な証拠はないけどな」
「……動き出しましたね」
「動き出しとるんはとっくや。……抜かりはないやろうな?」
「万全、とは言いがたいですが」
「ま、仕方ないな」
やれやれ。また横島に苦労をかけてしまうな。
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≪???????≫
月の警務官か、雑魚だな。
「もう終わったの?」
「あぁ。いつもどおりの嫌がらせだ。ベルゼブルに衛星軌道上の守りは任せているが、月の警察は雑魚ぞろいだから何の問題もない」
「そうね。でも、気をつけて頂戴。失点続きで私たちにはもう後がないんだから」
「もとより承知だ。俺も、貴様も母体が失われている以上、ここで居場所を確保するしかないんだからな」
「わかっているならそれでいいわ。交代の時間よ。ゆっくり休んで頂戴」
母体を失ったからこまめに魔力を補充しなければならない。月にいるからまだいいようなものの、不便なものだ。
だが、それももうすぐ終わる。