≪横島≫
「シニョリータ芳川、お久しぶりです」
イタリアの空港で三人を迎えたのは金髪の青年だった。
「お久しぶりですピエットさん~。紹介しますね~。こちらはゴーストスイーパーの苅田神父と横山君よ~。それで彼がマイヤちゃんのお兄さんで吸血鬼のピエットさん~」
「ピエットといいます。正式名称は違うのですが長いし覚えにくいのでピエットと呼んでください」
「苅田です。よろしく」
「横山です」
「……お二人とも、ボクが吸血鬼だと知っても態度を変えないんですね」
「おかしいかい?」
「珍しいですよ。大抵の人は僕が吸血鬼だとわかると忌避するか、ボクを殺そうとするかでしたから」
ピエット(ピート)は半分諦観の交じった笑顔を向ける。
横山は意を決したように素焼きのつぼをピエットに差し出した。
「連絡は受けてます。……お帰り、マイヤ」
マイヤの灰が詰められた壷を笑顔で受け取るピエット。
「……何で、何で笑っていられるんですか! マイヤさんが殺されたのに悲しくはないんですか!」
「……横山さん。ありがとうございます」
涙交じりにピエットを非難する横山にピエットは深々と頭を下げた。
「え!?」
「長く生きてきて、学んだことがいくつかあります。人間は容易く嘘をつく。でも、怒りにだけは嘘をつかない。……横山さんはマイヤのために本気で怒ってくれた。だからマイヤのことを本当に大切に思ってくれていたということがわかったんです。だから、ありがとう。……ボクはこれでも700年以上生きてきているんです。同族の中では比較的若い方ですけどね。700年の間にボクの父を含めて人間を殺める側に回った同族も、妹のように人間と親和を図ろうとした同族もいました。吸血鬼であることを隠して人間の中に暮らしたこともありました。それから人間と敵対した同族、親和を図ろうとした同族を問わず人間に滅ぼされる同族もね。……長く生きていればそれだけ別離も多く経験します。いつからか諦めてしまうようになったんです。人間に忌避されることも、親しい人との別離も。……だから、せめて死んでしまった者達が安心して神の身元にいけるように心安らかに送ることにしたんです。別離の悲しみは誰かに殺されるまで死ぬことのない不老のボク達には避けては通れない道ですから」
ピエットは胸元から銀の十字架を取り出すと黙祷した。
「だからと言って悲しくないわけではないんですよ。吸血鬼と言う理由だけで今まで誰一人人間から直接血を吸ってこなかった妹が殺されたことに対して怒りを覚えてもいます。でも、横山さんや皆さんは妹のために悲しんでくれている。怒ってくれている。ボク達の危機を知らせるためにわざわざイタリアまで来てくれている。……だから、ありがとうなんです」
「横山君。私たちと彼らでは生きてきた時間も、常識も違うんだ。抑えたまえ」
「すいませんでした。……自分ばかり悲しいものだと錯覚を起こしてしまって。そんなはずないのに」
「横山さん。妹は殺される前にあなたのことを手紙で母に残しているんですよ。妹が最後に、あなたのような人間に恋をすることができて本当によかったと思います。……すいません、貴方の気持ちも考えず」
「ピエットさん~、そろそろ行きましょうか~? ブラドー島までは遠いでしょう?」
「大丈夫ですよ。……確かにブラドー島は何もない島なのでこの後小型飛行機に乗りあえた後、更に船に乗り換えなければいけませんが今回は父親から使い魔を借りてきましたから」
「カー」
ピートの影から一匹の鴉(ユリン)が飛び出した。
「流石に人目のあるところだとまずいので海岸線まで移動しましょうか」
海岸線まで移動したあとピエットはユリンを巨大化させて驚く横山達をその背中に乗せてブラドー島まで飛び立つ。(イタリア政府の許可は取って撮影した)
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「余がブラドー伯爵だ。見知りおき願おうか」
ブラドー島の映像を二分間ほど流した後、場面はブラドーの居城、玉座の間に移る。
玉座に座るブラドー伯爵の傍らには美しい妃(リリシア)が控えている。
横山が伯爵に来訪の目的を教えた。
「……なるほど。マイヤを滅ぼしたものどもがこの島に来るか。時代が変わっても人間というものは変わらんな。……いや、少しは変化をしていると言うことか。……いずれにせよ礼を言おう。この島の住人は全て吸血鬼とヴァンパイア・ハーフだが、余の他に過去を含めて人間を襲い血を啜った者はいない。余とてもう700年は人の血を吸うてはいないがな。……そして戦う技術を持っているのも余と我が妻と、ピエットくらいのものだ。人間より優れた身体能力を持つとはいえ、不意をつかれてしまえば島民の被害は甚大であったろう」
「私はブラドーの妻でリーリエと申します。さぁ、皆さん。今日は慣れない飛行でお疲れでしょう? 部屋を用意しましたからそこでおやすみなさいな。吸血鬼の居城でも棺桶以外の睡眠設備はあるから安心なさって」
リーリエの案内で三人は奥の寝室に案内された。
「吸血鬼の居城と言ってもあまりおどろおどろしい雰囲気はないのですね」
「貴方は神父だから、いえ、普通の人間ならそう思っても仕方ないかしら。でも、さっきあの人が言ったとおり、この島の吸血鬼は人の血を吸わず、農業や漁業で生きる糧を得ているのよ。それがどういう意味かわかるでしょう?」
「太陽の光をものともしないということですか」
「夜のほうが調子がいいのは確かですけどね。ついでに言えばピエットや島民の一部はクリスチャンでもあるのよ。どう? 信じられるかしら」
常識的ではないな。
「我々は吸血鬼というものに大きな誤解があるようだね」
「あながちマチガイじゃない部分だってあるわよ。血を啜る吸血鬼があなた方にとって危険な存在だっていうことは間違いありませんもの」
リーリエは嫣然と微笑んだ。
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画面は切り替わってそこは飛行機(VTOL)の中。特別性の飛行機には座席が並ぶのではなく個室が用意されている。
青嶋は筋肉トレーニングを、宇尾は瞑想を行い、ロウは女性(マリア)の頭部を外してチューニングを行っていた。
その個室の一室で群井は仮眠を取っていた。そこに群井の妹、由美が訪ねてくる。
「兄さん」
「……由美か」
ベッドに横たわる上半身裸の群井の身体には大小さまざまな傷跡が刻まれていた。(霊気のコーティングで隠していた傷跡の一部を表に出した)その腹にはまだ新しい傷跡ができている。
「横山君のことはすまなかったな。おそらく彼が俺達の仲間になることはあるまい。……俺が横山君から大切なものを奪ってしまったのだからね」
群井は済まなそうに微笑んだ。
「横山君に惚れていたんだろう? 今からでも遅くない。由美、うちの事務所を辞めないか? そうすれば……少なくとも横山君と戦う理由はなくなる」
「兄さん!」
「由美が人外を滅ぼすたびに心をいためているのは知っている。そして、由美には俺や青嶋や宇尾のように人外を憎む理由はないはずだ」
「兄さん。もう止めて。……私は兄さんを独りにしないから」
「由美……。……俺は人外と倶に天を戴けない。全ての人外をこの地上から消し去るまで、きっと止まることはできない。でも、横山君になら止められても(殺されても)かまわないと思っているんだよ。その時、横山君を恨まないと誓ってくれないか? 憎悪の連鎖は必ず俺みたいな人間を作り出してしまう。俺みたいな愚か者をこれ以上作り出さないためにも……」
「兄さん。兄さんは横山に殺されるつもりなの?」
「まさか。俺はこの地上から全ての人外を消し去るまで止まれない。……止まらないさ」
群井はまっすぐに窓の外を見やる。画面はそこから映像を先延ばし、はるか先にブラドー島を映した。
戦いの時は刻一刻と近寄っている。
そのブラドー島の一角で、まっすぐにやってくる飛行機を悲しげに見つめる双眸があった。
その双眸の持ち主はまだ幼い少女、名はジリエラ。