≪かおり≫
鬼道先生は光源を背後にし、自分の影に向かい夜叉丸と針を臨戦態勢で構える。
ライフルも火薬を詰め替え構えた。
影から黒い影が飛び上がる。
鬼道先生はそれに向かい一斉に攻撃を開始した。
影は鴉だった。
これはお兄様の使い魔、ユリン。
影から飛び出し続ける鴉の中でもひときわ大きな鴉の背に、お兄様は乗っていた。
「やっぱりな。横島君も式神使いやから影から自力で脱出できるんやないかとおもっとったけど」
「それを見越しての一斉攻撃か。やっぱお前は最高だよ」
「横島君かてそれを見越しとったやないか」
「あぁ、まさかユリンの手を借りる羽目になるとはな。だが、出した以上はお前の数の優位はなくなったぞ?」
「言うたやろ? 僕かていつまでも立ち止まってるわけやないんやで!」
鬼道先生の合図で針が試合場に突き刺さる。
「翼を禁ずれば飛ぶことをあたわず。堕ちよ!」
鴉達が次々と落ちていく。
そしてお兄様の影の中に消えていった。
「禁術だと!」
落下しながらも体勢を整えるお兄様に夜叉丸と針が襲い掛かる。
凄い。
鬼道先生はこんなに強かったんだ。
霊気の盾を作り出すお兄様。
「臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前!」
「早九字も!?」
鬼道先生から放たれた強力な霊波砲を自分の霊波砲で相殺し、更なる霊波砲で追いうちをかける。
「物忌鬼招守!」
それも防ぎきる先生。
お兄様は若干の手傷を負ったが体勢を立て直し、睨み合いに入った。
「そう言えば、式神使いの前身は陰陽師か。まさかここまで使いこなすとはね」
「鬼道や」
「ん?」
「僕の家はもう少し古いで。名前のとおり鬼道が発生源や」
「するってえと呪禁道や大陸の道術なんかもかじっているわけか」
「さぁ、どうやろうな」
「あんま余裕かましてられないようになったし、きついのいくぞ」
「僕もとっときをだすさかい」
お兄様の左手が巨大な爬虫類の黒い手に変わる。
「南無本尊會界摩利支天來臨影向其甲守護・レン・ア・ヂ・チャ・ヤ・マリ! いったれー!」
鬼道先生の号令とともに針と夜叉丸が鳳の姿を象り空を駆けた。
同時に鬼道先生が地面にまいた札から石でできた三つ首の犬が4匹お兄様に殺到する。
だが、お兄様の黒い腕が一振りされると動きが止められる。
その隙にお兄様は急接近をすると黒い腕での攻撃をフェイントに鬼道先生に当身を食らわせた。
倒れる鬼道先生。
その横で座り込むお兄様。
「前も疲れたけど、今回はさらに疲れた」
凄い試合だった。
私たちはものすごい誤解をしていたらしい。
鬼道先生は横たえられたまま、お兄様の解説が始まった。
「俺と、っと、私と鬼道先生は今回が初対戦ではなく以前鬼道先生が妙神山修行場の上から2番目のコースを収められたときに手合わせしているし、私と鬼道先生がイギリスに留学中に高位の魔族に対し共闘したりしていたのでお互いの手の内はある程度知っていたので、と、言っても私は鬼道先生も妙神山の最高難易度の修行を納めていたとは知りませんでしたが。ともかく軽い牽制から試合を始めました」
あれが軽い牽制ですか。
「その後、私は霊波刀による直下からの奇襲、包囲という私が得意としている戦術を取りましたが、以前それを見ている鬼道先生は自分の周囲に漂う針をレーダー代わりにすることで奇襲を防ぎました。その後の鬼道先生の攻撃はその改良前の姿を見たことがありますが、防ぐことが困難、かつ、蓄積するダメージのせいでこちらの行動を制限する攻防一体の攻撃になっています。特に、攻撃に夜叉丸が加わったことで私も攻撃に転じることができませんでした。その直後私の作り出した霊気の盾は全周囲を覆い、高速回転をさせることで針と夜叉丸を防ぎましたが鬼道先生が霊符で粉塵爆発を起こしたために回転が止められ、ライフルの一撃を通す羽目になったのです。粉塵爆発というのは空気中に一定の割合で可燃性の粉末が漂った場合、そこに火種があるとそれは急激な燃焼、いわゆる爆発を起こすことを指しますが、鬼道先生は霊符を針を用いて霊力の伝導率の高い割合で漂わせたことで安い霊符で擬似的な粉塵爆発を起こしました」
あの大爆発はそれがからくり。
「さて、鬼道先生がライフルで私を撃ったことでそれを卑怯だといった生徒もいたようですが……私はそうは思いません。最初の時点で私たちは開始の合図を守ることと、皆さんの理解の範疇のうちで試合を行うこと以外のルールを設定しなかった以上、鬼道先生の行為は与えられた条件の中で最も効率的な行動をとったに過ぎません。現に俺は手傷を負いましたしね。そしてフラッシュグレネードで影を伸ばし、式神使い特有の影の中の亜空間に私を捕らえると、同じく式神を使える私が影の中から自力脱出を行えることを見越して攻撃を仕掛けてきました。幸い私の使い魔、ユリンは分裂を行えるのでそちらを囮にしましたがそうでなければなすすべもなく攻撃を食らっていたでしょうね。その後数の優位を得た私に対し、鬼道先生は禁術を持ってその優位を消し去りました。その後も陰陽術や符術。鬼道先生の話では恐らく鬼道、呪禁道や大陸系の道術なども使えるのでしょう。それを駆使してこちらの行動を制限し、私は対魔族用切り札の霊波刀を使用する羽目になるまで追い詰められてしまいました。……鬼道先生は自分のことを凡才、よくても秀才程度の才能と考えていたようです。実際、式神使いとしての素養で言えば六道家には及ばないでしょう。ところが、鬼道先生は式神使いとしてではなく、霊能家としての道を選び、凡夫が天才を超えるための努力を続けてきました。……ですが、今の試合を見てもわかるとおり鬼道先生は紛れもなく天才です。私の周りには戦術、戦略、戦略眼の天才と呼べる人が何人もいますが少なくとも、相手の実力を発揮できないようにさせ、自分の実力を100%以上に発揮することに関して言えば私は鬼道先生以上の人を知らない。自分に足りないものをほかから持ってきて、かつそれを完全に使いこなせるようにできる人間も先生の他には美神親子位しか知りませんね」
「横島君。そら褒めすぎや」
鬼道先生が起き上がった。
今までと違い生徒から送られる視線に蔑みのそれはない。
「そうでもないだろう? 正直お前とやる以上にしんどそうなのはカオスくらいしか思いつかないぞ? 人間では」
結局のところ、横島除霊事務所と六道女学園の練習試合はうちの全敗で終わった。
恐らく、これは練習試合ではなく講義だったんだろうと思う。
試合が終わって帰ろうとしている雪之丞さんを捉まえて頼む。
「お暇なときでいいんですの。稽古をつけてくださいませんこと?」
「ん? いいぜ」
驚いたことにあっさりと承諾を得た。
「いいんですの?」
「あぁ。おキヌちゃんの友達だって言うし、あんたの水晶観音と俺の魔装術は近いみてえだからな。本当なら俺なんかより師匠に習ったほうがいいんだろうが弟子入りの条件は俺も半年近くかかったからな」
「でも、そんなにあっさり」
「タイガーと戦ったあんたらの戦いっぷりが気に入ったからな」
氷室さんに感謝ですわね。
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≪美智恵≫
西条君の手元のコーヒーがカタカタと震えている。
その瞳に宿るのは恐らく嫉妬。
いいえ、羨望ね。
六道先生から送られてきたDVDを見たせいだ。
手加減しているとはいえ横島君と互角に戦う青年。
しかもお互いに顔見知りの中だ。
「……先生、頼みがあるんですが」
「長期休暇なら却下よ。西条君にはやってもらわないといけないことがいっぱいあるんだから」
私のせりふに悔しそうなうめき声を漏らす西条君。
その西条君に一枚の辞令を渡す。
「西条君には研修に行ってもらうわ。場所は妙神山。期限は2ヶ月だから」
礼もそこそこに一転嬉しそうに部屋を飛び出す西条君。
西条君がいなくなる2ヶ月間のことを思うと頭が痛くなるけど。
きっとこれでよかったんだろう。
「……ふぅ、ほんとにもう。人誑しなんだから」
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≪鬼道≫
「結局のところ、信仰やったんやと思う」
なんで理事長が横島君の修行を見せたか。
その一点だけが腑に落ちひんようやったので僕の推論を雪之丞君に教える。
「どういうこった?」
「横島君はあらゆる意味で現役最高のG・Sや。しかも横島君が初代。霊能を伝える家からすればのどから手が出るほどほしいはずや。初代やったら家として吸収することはあっても吸収されることはないはずやから。娘をそそのかして既成事実を作る、とかな。うちの学園でもそういう動きがないわけやない。無論、六道家が牽制しとるし、そないなもんにひっかかる横島君とちゃうけどな」
それでひっかかるようならとっくに……
「同時に、横島君に嫉妬している連中もいっぱいいるんや。六道女学園からそれを出したくなかった理事長はひとつ博打をうったんや。もっとも、あの人のことやから自分が負けんように布石をいっぱいうってな」
いまいちわかったらんようやな。
「雪之丞はん。人間が自分より圧倒的に優れた生物に対してどないするかしっとるか?」
「集団による攻撃、および排斥だろ? だからわからねえってんだ」
「それがもうひとつあるんや。自分よりはるかに強い存在が、自分を守護する存在だと確信したとき、人間は排斥でなく礼賛を行う。即ち信仰や。理事長は横島君の強さとあり方を見せて横島君を信仰の対象に奉りあげた。意図的か偶然かはともかく、ジル先生のおかげで堅苦しいそれではなく、親しみやすい形でな」
「横島教?」
「そこまでいかん。ま、学園中の生徒を上っ面なそれでなしに強烈なシンパに仕立て上げたっちゅうことや」
ほんま、無茶したもんや。
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≪横島≫
「大きな絵を描いたもんですねぇ」
「それ、贋作よ~」
六道家の数ある部屋のひとつに大きな絵がかかっている。
俺は冥華さんと二人、その絵を眺めていた。
薬師如来とその両手に立つ十二神将の絵を。
「贋作……ですか?」
「実在する十二神将像や薬師如来像からポーズや表情をいただいたから贋作。でも、本物でもあるわね~」
あぁ、なるほど。
「……タイミングがよすぎた。あの子はいったい誰だったんです?」
「……六道家にも昔から伝わる掟があるわ~。六道家の家訓を破り、人の世の平和を乱したもの~。まして悪霊となり六道の名を汚したものは六道縁の施設に封じられ~、輪廻も許されずただ結界を構成する楔とされてしまう~。……ひどい話よね~、あの子はただ、皆にかまってほしかっただけなのに……」
「あの子は?」
「六道冥菜。私の双子の姉よ~」
「……監視がついていたんですか?」
「そうね~。六道本家には敵が多いから~。でも~、今回は授業中に起こったトラブルにたまたま居合わせたG・Sが解決したんですもの~。……ドクター・カオスが迷彩してくれたおかげで六道分家やご老人たちにはばれないと思うし~」
無理しているな。
もっと早く、どうにかしたかったんだろうに六道当主としての地位がそれを邪魔したのか。
「……ありがとうね~、横島君。姉さんを解放してくれて~」
冥華さんの顔は見えない。
見ない。
「……ずいぶんと大きな絵を描いたもんですねぇ。何もかも、八方丸くおさめる整合性を持った絵を」
「贋作よ~。横島君が書こうとした絵に、ほんの少し筆を加えただけですもの~」
かなわないな。本当に。