≪かおり≫
結果から言えばお兄様の言うとおりだった。
いや、それ以上だった。
雪之丞さんの魔装術は私の水晶観音に似ていたが使い勝手というか性能がぜんぜん違っていた。
悔しいと思うことすらできないほどに。
青い鎧を身にまとい、翼を生やした雪之丞さんは驚いたことにその翼で空を飛んだ。
人間が生身で空を飛び、三次元的な動きで高速飛行することに慄いた先輩方はそれでも霊波砲など遠距離攻撃のできる者や霊具を使った遠距離攻撃を仕掛けるが、よくても各クラス単位ででしか連携が取れていなかったために同士うちが相次ぎ、いえ、おそらくそうなってしまうように雪之丞さんに誘導され、攻撃を一度もされないうちに約半分が同士うちで倒れ、残りの半数も攻め疲れや味方の攻撃をよけるのに体力を消耗させられた所で空から雪之丞さんの翼が巻き起こした暴風に押さえつけられ試合場に横たえられた。
「やり過ぎだ……馬鹿」
解説席のマイクからお兄様の呟きがこぼれる。
レベルが違いすぎる。
その後、お兄様の口から先ほど私たちになされたのと同じ様な説明がなされるが。
「まぁ、結果についてはどうこう言うつもりは無いけどクラス単位以上での連携が一切取れなかったことは課題だろうね。それと雪之丞の行動に驚いて判断力を失ったことも」
「横島君は~、今日の練習試合を見てどう思ったかしら~。素直な感想がほしいんだけど~」
「……二、三年生はG・S資格試験に的を絞りすぎだと思います。あるいは校内戦に。そのせいで想定外のことに対処が遅れ、他のクラスの生徒と協力するという発想が出てこなかったんじゃないでしょうか? 確かに皆さんの目標の中にはG・Sになるということ自体が重要な部分を占めると思いますがそこが終着点ではないことを忘れないでください。個々の実力は二、三年生のほうが高くとも、勝負としてはそういった意識の低い一年生のほうが形になっていたのはそのあたりが原因だったのだと思います」
とはいえ、それができたのは氷室さんのおかげね。
皆が、私も含めて混乱しているときに的確な指示を出してくれたんだから。
「みんなも良く覚えておいてね~。それじゃあ、次は横島君の修行を見せてもらえるかしら~?」
横島除霊事務所の?
あの方たちの強さの秘密の一端を垣間見れるというの?
嫌が応にも高まる期待の中、試合場の中にお兄様とタイガーさん。雪之丞さん。それから見知らぬ少女が二人。
理事長からの説明によると一人は人狼の、もう一人は妖狐でお兄様が保護をしているとのこと。
「氷室さん。あの子達は強いのかしら?」
「直線移動速度と単発の近接攻撃力だけならシロちゃんは雪之丞さん以上ですし、タマモちゃんの幻術はタイガーさんの精神感応以上だといわれてます」
嘘でしょ!?
「あ、でも戦えば雪之丞さんたちのほうが強いそうですよ。シロちゃんもタマモちゃんも能力的に一つに特化してるそうですから総合力では」
それでもあの精神感能力とスピード以上だなんて。
そうこうしているうちに修行が始められた。
実戦形式で4人対お兄様!?
いくらお兄様でもあんな実力のデタラメな人たちを4人も相手にするなんて。
あの二人の異常な実力を目の当たりにした皆が固唾を飲む。
結果は杞憂というか。
まず真っ先につかまったのはタイガーさん。
私たちを相手に手加減しながら完勝した実力者はおそらく精神感応を使ったのだろう。動きが止まった瞬間を見計らってお兄様の体の各所から伸びた棒状の霊波によって攻撃されるもそれを虎人に化けて防ぎきった。
それのどこが気に入らなかったのか顔をしかめたお兄様は飛来する火の玉と霊波砲を掻い潜りながらタイガーさんに肉薄すると突きを放った。
私の渾身の一撃をものともしなかったタイガーさんがただの一撃で体をくの字に折り曲げ倒される。
残された3人のうちに真っ先に狙われたのが髪を九重に束ねた女の子。
お兄様が接近のそぶりを見せる前に彼女の姿が9人に増えた。
そしていっせいに火の玉をお兄様に向けて放つ。
空中から雪之丞さんの炎をまとった霊波砲が援護射撃とも、しとめにきたともつかない数と速さで放たれる。
流石にお兄様も盾を複数出してそれを回避し、回避しきれないものは受け流した。
「ウオォォオオオオォオン!!」
狼の咆哮。
会場の片隅でひたすら戦況を見守っていた少女。
彼女が好機とばかりに疾走する。
その姿は残像でしか私の目に捉えることはかなわなかった。
しかし、彼女は横島さんに身をかわされざまに足をかけられ転倒。
追いうちに霊気の盾を投げつけられそのまま動かなくなった。
妖狐の少女は森林の幻影を作り出しその中に隠れる。
だがそれも数瞬の間を稼いだだけで横島さんが森に突っ込むと数秒後には倒れた彼女と消える森林。そして雪之丞さんを見つめるお兄様の姿があった。
上空から連続して、それを見ただけでも私たちでは戦意を喪失しかねない威力と数の炎の絨毯爆撃。
それをお兄様は巨大な盾を作ることで受け流す。
埒が明かないと見るや今度は二、三年生との戦いで見せた三次元的な動きで接近戦を仕掛けるがお兄様はそれを紙一重でかわし続ける。
そしてほんの僅かに大振りになった攻撃をかわしざま、雪之丞さんを掴んで投げ落とす。
接地と同時に膝を落とされた雪之丞さんはそれでも立ち上がる意思を見せたが背後から首筋を掴まれ降参の意を示す。
私たちが傷一つつけられなかった相手をまとめて傷一つおわずに完勝してしまった。
これが現役最強といわれる人の力!?
これが人間の力なの?
四人を介抱して意識を取り戻させると講義が始まった。
「タイガー。お前の精神感応は見事だが頼りすぎるな。霊波の消し方が未熟な今の状態ではそれを頼りにお前を見つけるのはたやすい。感覚を霊波でコントロールすれば三半規管を狂わせられても少しは耐えられるしな。それと攻撃は防ぐな! 避けろ。いくらお前がタフだからって斬撃、刺突、侵食、剄、生身の防御が意味をなさない攻撃などいくらでもある。シロは居合いに頼りすぎだ。元より初太刀に全てをかける抜刀術では次が続かない。そんな戦い方をし続ければ近いうちに死ぬぞ? ましてお前の居合いは直線にしか動けないんだ。いくら速くてもカウンターをあわせるのはそう難しくない。タマモは幻術は見事だがあそこで森を出したら雪之丞との連携が難しくなるだろう? ましてお前は術は強くてもスタミナと耐久力で皆より大分見劣りするんだから。雪之丞は全体的によくなってきているが最後の最後で大振りはいただけない。霊的格闘と霊力をもう少しうまく使いこなせばもう少し強くなれる」
叩かれた直後に欠点を明確にされる。
素直に聞く気があれば効果的な教育法だと思う。
素直に聞かないはずも無い。
毎日これをされたら強くなるはずだ。
「横島君ありがとう~。でも~、私は横島君の修行を見せてほしいといったのよ~」
お兄様が驚いたように目を見開く。
「……正気ですか?」
理事長先生はニコニコと微笑を絶やさない。
「私のお願いよ~」
お兄様は嘆息をする。
「五月、頼む。ゼクウ、相手をしてくれ」
客席からまるで日本人形をそのまま大きくしたような可憐な女性を呼び出し、影の中から馬の顔をした方。あのお方がうわさに聞く横島お兄様の眷属であらせられる仏尊、是空様なのでしょうか?
実家が寺の身としてはなんと恐れ多い。
「いつも通りで良いのか?」
可憐な容姿を裏切るかのようなぶっきらぼうな言葉で尋ねる。
「あぁ、まずは頼む」
剣を取り出すとお兄様のほうから礼をし、お二方がそれに応じる。
つまり指南を願うのはお兄様のほう。
消えた。
そうとしか見えない。
次の瞬間お兄様の首のあった場所に是空様の神剣が薙ぎ払われる。
それをかいくぐったお兄様の元に五月さんの拳が殺到した。
それは地面をうつとそこが綺麗に陥没する。
あの細い腕からどうしてこんな力が?
良く見ると五月さんの頭から角が伸びている。
彼女は鬼なんだ。
先ほど完勝をしたお兄様があからさまに遅れをとっている。
お二方の武がお兄様に匹敵しているかそれ以上な上、数が倍で連携をとっているためそれ以上の力でお兄様に襲い掛かっているからだ。
レベルが高すぎて詳細がわからないが雪之丞さんやお姉さまが解説を加えてくれているおかげでどうにか理解できた。
「五月は本物の戦の鬼よ。それも将門公の血をひく極めて高位の戦の鬼。基礎的な能力は神・魔族に劣るけどその武術は下手な神・魔族を圧倒するほどに優れているわ」
「是空の旦那は正真正銘の武神だ。その上楽神でもあるからこちらの攻撃パターンを簡単に読んでくる厄介なてあいだ」
そんな方を二人相手なんて無謀すぎる。
僅かな隙を見つけたのかお兄様が反撃に出る。
しかしそれは非常に巧妙な誘いであった。
是空様に対して攻撃を仕掛けるために伸びきった腕めがけ、五月さんが試合場の床を蹴り飛ばした。
試合場の床にも当然結界を張るための術式が刻まれているので結界内でも攻撃能力を持つ。
それが散弾のようにお兄様に殺到し、そのうちの一つは肘関節を的確に狙っていたために体勢を崩してもかわさざるをえない。
いえ、あの距離、スピードの攻撃を避けられること自体が神業なのだが体勢を崩したお兄様の腕をつかんだ五月さんが関節をひねりあげそのまま投げに移行する。
地面にしたたかに打ち付けられ、同時にいれられた膝のせいで吐血をするお兄様。
「肩を外された!?」
生徒の誰かが叫ぶ。
「いや、肩を外して関節が砕かれるのを防いだんだ」
雪之丞さんの解説の通りなのかすぐさま反撃に出るお兄様。
だがそれも、是空様の剣がお兄様の首筋にあてがわれたところでとまる。
攻防のレベルが雪之丞さんたちよりもさらに高いところにある。
解説があってかろうじて理解できる(ような気がする)それはほとんどの生徒には何があったのかもわからないもののようだ。
次いで二人がお兄様に向かって礼をし、お兄様がそれに答礼する。
指南役が変わった?
お兄様の周囲に無数の円盤のようなものが浮かび上がる。そして突如地面から先ほども見た棒状霊波がお二方を襲う。
「あれは霊波刀なワケ。霊波刀を精緻なイメージによって形状を変化させている上に、体の手以外の場所から複数、この場合足の裏から展開しているから反応しにくいワケ」
「宙を舞っているのは霊気で作られた盾よ。霊気を一点に集中させて作った攻撃にも転用できる高密度、高硬度の霊気の塊。さらにはそれを高速回転させることで攻撃力防御力ともに上昇しているわ」
先ほどまでは霊力をまとってはいたものの純粋な近接戦闘。
そこに霊能力が加わると攻守が逆転した。
五月さんはともかく是空様も霊波砲やシタールをかき鳴らす(解説によると音波攻撃らしい)などの攻撃を取っているが悉くがあの盾にはじかれる。五月さんの動きをもってしても地面から無数に、そして予想もし得ない動きで伸びてくる霊波刀と唸りをあげ乱舞する霊気の盾の前にせめあぐねている。
時折盾が破裂し、その破片を周囲に撒き散らす。
お二方はかろうじてそれをかわすものの、そのたびに浅くは無い傷を負う。
そしてそこから先は解説があってもほとんど理解できない内容の戦闘が繰り広げられたうえで、是空様は神剣を持つ手を蹴り飛ばされ、五月さんは背中から伸びた霊波刀に閉じ込められた。
凄い。
人が神を超える。
そんな奇跡を目の前で見ることができるなんて。
「……化け物」
信じられない呟きが聞こえた。
目を輝かせているのは極少数。
大半の生徒は恐怖におびえる目で横島お兄様を。
さらに極小数は忌むべきものを見る目で睨んでいた。
誰が最初に呟いたかまではわからないが、誰かの呟きは水面に落ちる雫が作った波紋のように広がっていく。