≪横島≫
傷つき今にも倒れそうなマイヤとそれに対峙する慎二。
「何故なの? 何故貴方は私たちを狩ろうとするの?」
「別にお前そのものに恨みがあるわけではない。だが人間と人外は共存などできない。お前のように一見人間に協力的な人外は返って人間にとっては危険なんだ。人外への警戒心を薄れさせてしまう」
「そんな! 私たちはただ平和に暮らしたいだけなのに」
「……そうだな。お前達の生活圏を奪ったのも人間なら、俺のこれだとて八つ当たりに過ぎない。でも俺は、……俺は己を止めることはできないし、止めるつもりもない!」
慎二は剣(アロンダイトではなくゼクウの神剣を借りた)を構えるとマイヤの心臓に突き立てた。
ドアが吹き飛ぶように開けられると多喜が、遅れて横山が入ってくる。
多喜は慎二を警戒しながら、横山は一目散にマイヤに近寄る。
慎二は瞳を閉じて三人の会話が済むのを待っていた。
「マイヤ!」
「多喜、それに横山さん。何で? ……騙していてごめんなさいね、横山さん。でも、最期に貴方に会えて嬉しかった。多喜も早く逃げて。群井の力は異常よ。貴女でもかなわない……」
マイヤはそれだけ言うと事切れる。
後には僅かな灰が残るばかりだった。
「一応言っておくが、如何に吸血鬼とはいえ俺の剣で貫かれれば復活するのは不可能だ。故にその灰を棺桶に持っていっても無駄だぞ」
「あぁぁぁあぁ!」
神通棍を抜いて慎二に切りかかろうとする横山。
慎二はその一撃を受け流し手にした神剣で横山を打ち据えた。
その一撃で昏倒する横山。
「貴様ぁぁあ! 俺の一族に続き、親友までも手にかけるのか!」
「鬼? そうか、あの里の生き残りか。……済まなかったな。愛するものに先立たれるのは辛かっただろう? 今、同じ場所に送ってあげよう」
一種の優しさのようなものすら滲ませて慎二は言葉を放つ。
「ふざけるなぁ!」
慎二に向かって多喜が殴りかかる。
それは横山を相手にしたものよりも更に激しいものだった。
まぁ、相手が銀ちゃんじゃなく俺だって言うのが主な理由なのだが。
お互い魅せる戦闘などとは無縁な、どちらかといえば武骨な戦闘法を得意としているのだが言ってみれば総合格闘技(それも実際にそういう試合の映像よりもはるかに高度な)の映像を見ているようなものなので下手に魅せる戦いをするよりもその迫力は伝わるようだ。それに武骨とはいえ無駄のほとんどない五月の体術は結果的に舞に通じる洗練された動きに近いものがある。その容姿と組み合わさって十分に魅せることができるだろう。
実際に試写会場に訪れた観客から息を飲むような声や感嘆の声が上がっている。
某打撃系格闘大会の日本人チャンピオンが席から半ば身を乗り出してその攻防を見ていた。
純粋な武術的な腕前は俺よりも五月にまだ分がある。
こちらは剣を使っているが使い慣れた霊波刀やアロンダイトではないためにあまりそれを有効に使えず、映画にも関わらず大真面目に戦って映像を撮っているので徐々に慎二が押されていく。
そしてとうとう多喜の拳が慎二の腹を貫いた。
一瞬喜色を浮かべるがその表情はすぐさま驚愕に変わる。
腹を貫いた(映像を撮る時は特殊なオカルト的な効果を使っていると嘘をついているし、身内は五月しか撮影に立ち会っていないのだから五月以外は知らないが本当に五月の拳が俺の腹を貫いていた)その腕を慎二が掴み取ったからだ。
「……なかなか良い狂気だ。……だがな、その程度の狂気で……俺の狂気が止められるかぁ!」
慎二は多喜を抱きしめると手にした神剣で多喜の背中から自分のほうに向かって貫いた。(これには特殊効果というか俺の霊波刀とタイガーの精神感応を使っている。五月は自分も神剣でかまわないといっていたが流石に神剣で貫通はまずいということで納得してもらった。拳の方は貫通させなくてもよかったしな。出血は派手だが実際には皮膚の部分以外は極細くした霊波刀で貫通させているためそれほどの怪我ではないし怪我は文珠で完全に治した)
慎二は貫かれた腹を押さえながらよろよろと横山に近寄った。
「横山君、起きているかい? 身体は動かないかもしれないけど意識はあるんじゃないかな? 俺の剣は人外にはことの他効くが、その分人間は斬れないようにできている。……由美には悪いが、どうやら君と俺の運命という奴は一瞬だけ交じりあうだけだったらしい。残念だよ。……俺にとっての人外が、君にとっての俺とはね。……皮肉な話だ。もしも敵を討ちたいというのなら、彼女の故郷で会おう。俺は近々その島に攻撃を仕掛ける。……俺を止めるというのなら止めて見せてくれ」
慎二はそれだけ言うとその場を去っていった。
横山の傍にあの少女が残された。
「……ごめんなさい。それと勝手なお願いだけど、どうか慎二を止めて欲しい。慎二も、由美も何かを滅ぼす度に心を磨り減らしていっている」
「……君は、何者なんだ」
「……私は残留思念。故に波長の合うものにしか私の声は届かない。群井慎二と由美の縁者よ。……本当にごめんなさい。無理なお願いかもしれないけどどうか慎二を恨まないであげて欲しい。慎二がああなってしまった原因は私にあるのだから」
それだけ言うと少女の残留思念(心見)は消えてしまった。
そして横山は様子を見に来た美耶(美衣さん)と繭に助け出されるまで身体を動かすことはできなかった。
マイヤや多喜のことを思い涙を流すことしか。
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彼らの流儀で行われる鎮魂がしめやかに行われる
マイヤも多喜も彼らの中心であり、彼らの庇護者であった者たちであり、その席は悲しく沈んでいた。
横山もマイヤだった灰の入った骨壷を抱えてその席に加わった。
多喜の遺骸はすでに埋葬されている。
その席に一人の女性が駆けつけてきた。
「芳川さん」
「話は聞いたわ~。協会とオカルトGメンのほうには連絡を入れておいたから当分はここは安全よ~。だからここから出ないで欲しいの~」
人外たちを保護していたG・S、芳川多恵子だ。
多恵子は繭や美耶と二言三言会話した後横山のもとに来た。
「あなたがマイヤちゃんの~。私はみんなの保護をしているゴーストスイーパーの芳川多恵子です~。この度は~残念な結果になってしまいました~。あなたも一緒にマイヤちゃんや多喜ちゃんの冥福を祈ってあげてくださいね~」
間延びした声を直すことはできなかったがそれでも厳粛な空気だけは出すことができるようになった。
「貴女が、彼等を保護していたゴーストスイーパー?」
「そうよ~。折角お話ができるんですもの~。お互いに滅ぼしあうなんて悲しいじゃないの~。群井さんの考え方は違うようだけどね~」
横山は慎二が話していたことを芳川に伝えた。
「それは問題ね~。でも~、法的に彼等を拘束することは不可能ね~。マイヤちゃんは正式に私の庇護下に会ったわけではないし~、仮にあったとしても襲われたのでやむなく対処したなんていわれたらそれを否定できる証拠はないもの~」
除霊を行って、仮にそれが悪霊なんかじゃなくてもよほどのことがない限りはそれを罰する法律はない。
俺がアシモト首相に頼んだあの法律でもなければ。
「とにかくマイヤの故郷に危機を知らせないと。芳川さんはマイヤの故郷をご存知ですか?」
「知っているわよ~。でも知ってどうするのかしら~? 敵討ちがしたいというのなら容認できないわ~」
「どうしても、俺の手でマイヤの故郷を守りたいんです。俺の手で……。群井さんに復讐するつもりは……ありません。俺にはその資格はもうありませんから」
「……いいわ~。私ともう一人、ゴーストスイーパーを連れて一緒にマイヤちゃんの故郷のブラドー島に行きましょう~」
芳川は携帯電話を取り出すと誰かに連絡を入れて横山を空港へといざなった。
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空港に現れたのは苅田神父だった。
「苅田神父!?」
「話は聞かせてもらったよ。私も協力をさせてもらうよ」
「神父はいつも私のお手伝いをしてくれてるんですよ~」
「芳川君の考え方はゴーストスイーパーの中でも異端だからね。協力者は少ないが私も無闇に滅ぼしあうよりは戦わない方がずっといいと思うから彼女に協力をさせてもらっている」
「神父は、俺のことを知っていたんですか?」
「……いや、マイヤ君と面識がなかったではないが最近は会っていなかったからね。君のことも知らなかった」
そういって済まなそうに謝る神父。
「謝らないでください。神父は何も悪くはないのだから。……行きましょう」
一路機上の人となる。