≪横島≫
「……と、いうわけで武戦闘派魔族たちが何故美神さんを狙うのかということを調査するために神界の上層部の命を受けて私が調査をしに来たのね~」
……来たか。
この件に関してはいろいろ考えたが制約が多すぎて二進も三進もいかなかった。
正直、出たとこ勝負な感がある。
「それで、老師のアドバイスもあって美神さんの前世を見せてもらいたいのね~」
「……しょうがないわね。正直気が進まないけどここまで皆を巻き込んじゃってるし。チャッチャと済ませちゃってね」
「OKなのね~」
例の鞄で令子ちゃんの前世を調べるヒャクメ。
その顔が曇る。
今回も、見えなかったのだろうか?
「美神さん。申し訳ないけどこの前世の記憶は皆に見てもらった方が良いと思うのね~」
え?
「……いいわ。見せてもらいましょう」
ヒャクメが鞄を使って見せた映像は俺が過去に実体験したものとそっくり同じだった。
俺とヒャクメがそこにいないことを除けば。
「つまり、私の前世が魔族で、そのとき偶然現れた時間移動能力を持つ私そっくりの女が現れたせいで命を狙われる羽目になった。そのために魔神アシュタロスのもつ魂の加工物質である結晶を自分の魂に取り込んだせいで、それを取り戻そうとするアシュタロスに命を狙われている。……音声がなかったけど概ねそういうことだったのね?」
「そうなのね~。ついでに言えば美神さんの前世、メフィストの傍にいた陰陽師は横島さんと西条さんの前世みたいなのね~」
それを聞くと令子ちゃんの顔に赤みがさす。
その後、皆はアシュタロスとも戦う決意を見せその場は終わった。
それはいい。
しかしこの過去の改変はなんなんだろうか?
キーやんやサっちゃんの差し金か?
……一度確かめた方がいいのかもしれないな。
他の面子が仕事に出払ってた後、愛子を残して一人部屋に戻ると文珠の複数同時展開。
かつて未来から来た俺のように文珠による時間逆行を行う。
それにしても何故、今回に限ってヒャクメは令子ちゃんの記憶を探れたのであろうか?
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平安京。
四神相応という強力すぎる結界と、それゆえに内部からの腐敗が外で浄化されることとなく魔都化した都市。
現代では南の鴨池が存在しないために、西の山陰道、山陽道等、大宰府へと続く道より東の東京、大阪に続く道の気が強いためにその結界は良い意味で崩れ去っているがこのころはまだ結界も陰気も全盛。以前は気がつかなかったが、度々はやり病や飢饉が襲うのもこれでは当然なのだろう。
同様に厳しい結界を張り巡らせた都市に江戸=東京が存在するが、あそこには悪霊、死霊の王である将門公が存在し、丑寅の方角では寛永寺、浅草寺のラインの他にも東叡山(上野公園にある小山だが、天海上人の言霊により、東の比叡山=東叡山とされた)上野東照宮(日光東照宮の他にもあちこちに家康を奉る東照宮は存在する。元々は浅草東照宮が消失したために建立されたもの。また、東照大権現=東から世界を見守る仏=薬師如来という変換説もある)などで厳しい結界が張られているだけでなく、吉原の遊女が陰気を外に流しだすという役目を担っていたために(娼婦と宗教の結びつきは世界各国で見られる。日本最古の商売と言われるものは娼婦であったというし、それは歩き巫女が行っていた)陰気がこもることも少なく、京都ほどに災害に見舞われることはなかった。
簡単に言えばそこかしこに餓鬼をはじめとした低級の妖怪や悪霊、死霊、怨霊が存在しているのだ。
「ユリン、メフィスト達を探してきてくれ」
ここでのミスは絶対後々まで響く。
とにかく慎重に行動しなければ。
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≪高島≫
言葉は最も初歩的な呪。
命名こそ最も簡単で最も強力な術式。
天皇は天照大神から連なる神の家系にして現人神。
俺たちからすれば常識。
でもそんなものは嘘っぱちだと思う。
言葉が力を持つのなら、命名が術式だというのなら、そしてソレを発したモノが現人神たる天皇であるのなら。
どうしてこの平安京にその力を発しない!?
物心ついたときは羅生門の外れに仲間である孤児と共に暮らしていた。
どうして俺が孤児になったかはわからない。
戦かもしれん。飢饉かもしれん。流行り病かもしれん。
盗賊に切り伏せられたか、魑魅魍魎にとって食われたか、あるいは生活苦から捨てたのか?
俺が孤児になった理由なぞ、思い当たりすぎてどれかはわからぬ。
それほどまでに平安京の都を少しはなれた場所では俺達のような子供が多かった。
いや、これは少し違うな。
俺たちほどまで育つ前に、もっと大多数のようにのたれ死ぬか、人買いに連れ去られる可能性のほうが高いか。
俺は運が良い。
盗みを行いながらどうにかその日を食いつないでいた。
正確な歳がわからぬが、おれが12,3になったころだろう。
そのころには仲間の孤児の顔ぶれは以前と全く変わっていた。
餓死した奴。病死した奴。盗みに失敗して殺された奴。人買いに攫われた奴。仲間割れをして殺された奴。
俺たちが死ぬ理由なぞ、掃いて捨てるほどにある。
それでも俺は生きていて、孤児達の頭目に納まっていた。
俺は運が良い。
だがそれも、俺達の住処が百鬼夜行の道行きにぶつかってしまって全滅することで終焉を迎えた。
一番大きかった俺が一番遠くまで逃げることができた。
百鬼夜行が仲間の孤児を殺すことを楽しんでいる間に夜明けが来て俺は助かった。
俺一人だけが生き残った。
俺は運が良い。
そして百鬼夜行に行き逢って、生きながらえた俺は不思議な力に目覚めた。
今ならわかる。百鬼夜行の陰気が俺の中の陰陽の平行を崩し、ずらした事で気が発露できるようになった。
そしてそれを義父、下級貴族の高島小木に見つけられて陰陽師としての道を歩むようになった。
公家は元々、氏神を奉り、血筋を強めることで都の霊的守護を纏める役目。
故に血縁というものは絶対で、そこに庶民が入っていける道理はない。
たった一つの例外、陰陽寮を除いて。
陰陽寮は唯一、庶民が宮廷で成り上がる可能性がある場所。
俺のような突如として力に目覚めたものを受け入れ、その力が強ければ公家の血縁の中に入れてもらえる、更に力が強ければ初代になれる可能性が少ないながら存在するからだ。
だがその可能性は限りなく低い。
陰陽寮には下級貴族の子や相続権を持たない二子以降の子らが多く所属している。
下級貴族の子、相続できぬ子にとっても陰陽寮は成り上がりの唯一の機会。
突如として目覚めた力よりも、血の統制を行っている彼らの方が総じて力は強い可能性が高い。
だが、養父は俺が一端の陰陽師となったころにコロリと病で死んでしまった。
本物の家族も続けざまに死に、俺だけが残された。
血縁を伝う呪いをかけられていたらしい。
故に血縁を持たぬ俺だけが生き残り、俺は高島氏を継ぎ貴族の末席に名を連ねられた。
俺は運が良い。
突如として力を手に入れたわりに、俺の力は強かった。
陰陽宗家、加茂氏の中にも俺以上に力を持ったものは当主くらいしかいなかったし、それ以外の家でも一人しか思い当たらない。
陰陽寮では珍しい上流貴族の西郷氏の嫡子。
ソリはあわないが何かと腐れ縁でその力は認めている。
俺が持たぬものをみな持っている男とも。
俺が持たぬもの。
家柄、血筋、美貌、金、そして愛情。
俺は愛したことなどない。
愛されたこともない。
利用し、利用されることが俺の人間関係のすべて。
寒い。
平安と術式をうたれたこの都に住んでいながら、心に平安なぞ訪れぬ。
心が寒い。
なればその埋め合わせに、せめて身体だけでも温もりを求めただけのこと。
それがどれほど悪いというのだ。
そしてその心が欲するままに、藤原氏縁の娘に手を出して捕まり死罪を言い渡された。
だがそれも、メフィストとかいう妖が乱入したことで逃げ出すことができた。
その後、わけのわからぬことが続くが今度もきっと何とかなるだろう。
俺は運が良いのだから。