≪小竜姫≫
「やれやれ、横島に東京出張所をやらせたのは間違いじゃったかのう? 老人をコキ使いおって」
そのわりには嬉しそうですね、老師。
「長い妙神山の歴史の中でも極最近まで誰一人挑むことのかなわなかった老師の修業を一気に五人が受けようというんですからね」
「全く。何を焦っているのやら」
「それでヒャクメ、何かわかったの?」
「わからないのね~。少なくとも表面上は美神さんに特筆する何かがあるわけではないのね~」
「ふむ……あるいは前世に何かあるのかも知れんな」
「前世、ですか?」
「うむ。和平推進派の魔族はワルキューレのこともありオーディン殿がかなり協力的に行動してくれているが、全ての情報をこちらにまわしてくれる訳ではないからな。独自に調べてみるのもいいのかも知れぬ、白龍の奴にでも相談してみてはどうだ?」
それも良いかもしれません。
「それに今まで中立を保っていた、というより一切興味を向けてこなかった魔王リリスもデタント推進派に推移しつつあるという話なのね~。反対派はかなり焦っているかもなのね~」
あの享楽的、もとい興味本位、もとい我が侭、……自由奔放な魔王リリスがですか? にわかには信じられませんが本当であったら朗報なのでしょうね。
「ところで老師、さっきから美神さんたち目を覚まさないんですけど大丈夫なんですか?」
「ん? 最後の方で雪之丞があんまりいい動きを見せたもんでの。……手加減を間違えてしもうた」
しもうたって……老師が手加減間違えたら私でも消滅しかねないのですが。
「……なに、命に別状はないよ」
老師、そういえばさっき持っていた文珠は何に使ったんですか?
エミさんの文珠の首飾りからひとつ抜け落ちているようですが。
老師がゴホンと咳払いをしてジト目の私とヒャクメから視線を逸らす。
「まぁ、五人揃って潜在能力にも目覚めたのだから問題あるまい。うむ。ないぞ」
いや、確かに命の危険を伴う修業ではあるのですが。
美神さんたちが目覚め始めて自分が得た能力について説明が終わったところでヒャクメが警戒をとばした。
「魔族がこちらにやってくるのね~。それもかなり強力な」
「もう来ちゃったのか。できればこの能力に慣れてからにして欲しかったんだけどね」
「ンな悠長なことを言ってたら師匠が全部かたつけちまうって」
あいも変わらず本当に楽しそうに戦場に赴こうとする雪之丞さん。
「私たちは余ほどのことがない限り人間界で魔族と戦闘を行うわけには参りません。ここは横島さんやワルキューレたちを待った方が」
「それじゃあ死ぬ思いしてここに修行をしに来た意味がないワケ」
「それじゃあ行って来ますね~」
「わっしも頑張りますケン」
教え子の成長を見守るのも師の役目……ですよね。
やはり横島さんたちを呼び寄せましょう。
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「へぇ。ターゲットの方からわざわざ表に出てくれるとは思わなかったよ」
憎げなる稚児の姿をしたソレが馬鹿にしたような態度で、こいつが魔族なのでしょう。
そいつが周りを見渡して、
「全員人間か。たかが人間が数をそろえたところで何ができるって言うんだい?」
「そのたかが人間を殺すためにわざわざ魔界くんだりから出てくる魔族くらいなら相手にできるわよ?」
うまい……のだろう。
あいにくこの手の手段は未だ苦手なのだがそれでも人間を見下している魔族への挑発としては十分な返し……だと思う。
駄目ですね。自分の苦手分野とはいえこの程度しか理解できないというのは。
少し自己嫌悪に陥っている間に口火が切られてしまったようだ。
「はじめたみたいだな」
「はい。横島さんは不安じゃないんですか?」
音も立てずに私の横まで来ていた。
まぁ、気配は感じていたから驚いたりはしないですけど。
「不安ですよ。今すぐ飛び出してあの魔族を引き裂いてやりたいくらい……でもそれをやったらいけないんですよね? 師としては」
あぁ、やっぱり横島さんも弱いんだ。そして強い。
「ワルキューレたちは周辺の警戒をしてくれないか? ベルゼブルがあっさり自爆したのが気になる。それとあの魔族は皆に任せて欲しい」
ベルゼブル。
蠅の王まで出張ってきていたのですね。
だとすればあの魔族も恐らくそれと同レベル。
つまりは私とほぼ同じランクにあることになる。
「了解した。だが、私の任務は美神令子の護衛だ。危ないと思ったらわって入るからな」
「あぁ。その時は俺もわって入る……だから俺たちがいることは極力悟られないようにしてくれ。安心は慢心を呼ぶからな」
「わかりました。横島さんも先走りませんように」
ジークの言葉に横島さんが苦笑する。
よくよく見れば塀の手摺が握り締められすぎて変形していた。
やってることは怖いが何かほほえましい。
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≪横島≫
デミアン。
俺の知る限りでアシュタロス陣営の尖兵の中では上位の能力の持ち主。
最も、アシュタロスほどの魔神の陣営としては元から所属している魔族が少ない。
前回もアモンのような存在はいなかった。
いたのはルシオラたちのようなアシュタロスに創られた者と、メドーサや菅原道真のような純粋な魔族でないもの。
そして人間で言う金で動きそうな連中ばかりだった。
裏切りを恐れてなのか? 古くからの部下を道連れにするのは忍びなかったのか?
アシュタロスならぬ俺には想像つかないがデミアンが令子ちゃんたちにとって強敵なのは間違いない。
戦闘能力ももちろんだが本体をいかに見つけるか? それがこの戦いを左右する。
初撃は雪之丞。
数は多いが何の変哲もない霊波砲を放つ。
距離が離れているうちに相手の能力を測ろうとしているのだろう。故に魔装術はまだ展開していない。
「子供にいきなりそんなものを撃つなんて、酷い奴だな。ま、無駄なことだけど」
いいんだよ。全く効果がないことを確認できただけでも。
ほら、冥子ちゃんがクビラを呼び出したし、エミとタイガーが何かしらか用意しはじめている。
「うおぉおおぉ!」
雪之丞がつっかけた。
デミアンは爬虫類型の頭を作り出して迎撃しようとするが即座に魔装術を身に纏った雪之丞は空中に飛び上がりかわすとそのまま急降下して頭を首の部分からへし折った。
「甘いんだよ」
雪乃丞の背後に生まれた子供の姿から強力な魔力砲で撃ち抜く。
そのつもりだったのだろうが。
「にゃろう!」
デミアンの予想を超えて雪之丞はピンピンしていた。
予想通り収束率を上げ、極意に届いた魔装術の堅牢な装甲と、意識的に張ったのであろうサイキック・ソーサーで背中をカバーしたお陰だ。
予想以上の攻撃力だったらどうすんだと突っ込みいれたいところだがその辺はガマン。
現にデミアンの思惑を挫いて隙ができた。
雪之丞の役割は囮。
相手の注意をひいて、攻撃を一身に受けて他の仲間のサポートをする。
そしてデミアンの注意がよそに向いたら魔族も殲滅しうる攻撃を飛ばす。
恐らくデミアンも囮と気がついているはずだが無視もできない一番厄介なタイプの囮だ。
「グルアオォオオォ!」
え? タイガーまでつっこんだ?
あの霊気の張り、あれはシロそっくり。
タイガーが雪之丞に気をとられていたデミアンにその爪をたてる。
引き裂かれるデミアン。
張子の虎の威力ではないぞ!?
「タイガーさんは老師との修業で古い血を自ら呼び戻しました。大陸における百獣の王、能力においても、神性においても人狼に勝るとも劣らない虎人としての力を」
人間離れした能力、容姿をしているからこそ人間であることに拘っていたタイガーがそれを抑えて古い血脈の力を求めたか。
お人よしのタイガーらしいな。
ん?
「小竜姫さま。もしかしてあの状態でも精神感応は?」
「もちろん使えますよ。それも以前より強力になって」
デミアンがタイガーに魔力砲を放つがタイガーが避けなくとも当たらない。
その隙をついた雪乃丞の攻撃にあせってタイガーから視線をそらした瞬間、タイガーが信じられないくらい馬鹿でかい剣、刃渡りだけで3mを超える大剣を作り出して振りかぶる。
斬った!
切れていない。
しかしデミアンはひるんでいる様子。
「金気に属する虎の特性か、金属だけは本物とたがわない幻覚を作り出せるようになったんですよ」
不足だった攻撃力を補って余りある虎人の能力と強化された幻術。
厄介に育ったものだな。
あれなら剣で斬って死ぬ相手なら幻覚に殺される。
雪之丞とタイガー。かつての親友の思いのほかの成長に目を見張ったが、驚きはそれだけですまなかった。