≪令子≫
「つまり、私の護衛のためにわざわざ人界に降りてきたって言うの?」
「その通りだ美神令子。私も理由は詳しく教えられてはいないが魔族の中にお前を殺そうとする勢力の存在が確認された。ことを表立たせるわけにもいかないし、人界留学中の私とジークがお前の護衛を命令されたわけだ。デタントの存在がある以上人界で魔族と神族が表立って抗争するわけにはいかないから小竜姫達は妙神山にいるがな」
ワルキューレがこともなげに言う。
「期限はこちらで人界に紛れ込んだことが確認された三鬼を倒すまでに限られますがよろしくお願いします」
礼儀正しく接するジーク。
でもちょっと待て。
「それって私限定なわけ? ママやヒノメは関係なしに」
「その通りです。連中は時間移動能力者を危険視してお前達を探していたのではなく、時間移動能力者を手がかりにあなた、美神令子を探していたというのが我々情報部が得た結論です。実際問題あなたの存在が連中のリストにのって以来、魔族は時間逆行者探しをやめていました」
「南部グループの一件でプロフェッサー・ヌルと令子ちゃんが遭遇して以来だろう? 確かにアレ以降、監視も襲撃もなくなっていた」
「その通りだ。実際問題時間移動能力というのは高位の魔族にとってはさほど恐ろしい能力ではないからな。私程度の魔族であれば殺すことも可能だろうが、上級以上の魔族。例えばリリシア姫のような魔族であれば世界意思の修正が働くだろうし、これほどに大規模な反逆行動が取れるほどの相手であれば時間の復元能力が絶対に殺させはしない。時間移動能力は世界の、時間の流れを阻害しない程度のことしか変えられないのだ。まぁ、それでも十分に厄介な能力といえるかもしれんがな」
なんか複雑。
ママとヒノメがこれ以上狙われなくてもいいという事に安心する反面、巻き込んでしまったという負い目をかんじる。
「……でも、何で令子なワケ? 確かに優秀な霊能力者ではあるし、時間逆行能力者が特殊かつ、厄介な能力かもしれないけどそれだったら冥子や雪之丞、忠にぃの方が狙われてもおかしくないはずよ」
「そのことは魔界、神界で共に現在調査中だ。我々は軍人であるから軍務機密を教えてやることはできないが……神界になら口の軽い情報官がいるかもな」
これは……任務に忠実な軍人、ワルキューレとしては破格の厚遇なのだろう。
「……まぁ、人間界にもぐりこめる魔力量の持ち主はリリシア姫が、武闘派としては私や小竜姫、ゼクウ辺りが最高位に当たる。まぁ、斉天大聖老師のような例外中の例外もいないではないが。恐らくこの三鬼は私と同レベルを上限と見てかまわんだろう。相性の問題も残るが私とジーク、横島、ゼクウ、五月、ジルと揃っていれば負ける可能性は極端に低い。慢心せぬ程度に安心してもいい」
そりゃあ横島さんが護衛に回ってくれるのは心のそこから安心できるけど……。
「……いやよ!」
あぁ、言い切っちゃった。
ワルキューレが微妙に眼が点になってる。
「私は美神令子よ! いつまでも守られっぱなしじゃいられないの。私の命を狙う相手がいるというのなら自分の力でねじ伏せて見せるわ!」
「……美神令子、それはあまりにも危険だ。現実問題としてお前に私が倒せるとでも思うのか?」
「……ワルキューレ……令子ちゃんが決めたことだ。俺たちが口を挟むべきことじゃない」
「横島。お前はむざむざ美神令子を見殺しにする気か!」
「……令子ちゃんも戦士なんだよ。令子ちゃんは殺させはしない。でも、令子ちゃんが自分で立ち向かうと言っている以上はその意思を無碍にするのではなく、何とかしてかなえる方法を見つけるのが……先生としての俺の役目だ」
横島さん……ありがとう。
「……何か手はあるのだろうな?」
「即効でできる案としては一つしか思い当たらないがね」
横島さんは机から書類を取り出すとそこになにやら書きつけはじめる。
「……令子ちゃん。もし、自分の意思で戦い抜くという気があるのであれば、これを使うといい」
それは契約書だった。
妙神山の修業コースの中でも最も過酷なウルトラスペシャルデンジャラス&ハード修業コース。
かつて横島さんが斉天大聖老師と死闘を繰り広げたあの修業の。
そういえばこの事務所は妙神山の東京出張所を兼ねていたんだっけ。
「知っての通り危険を伴う方法だが、今の状態でワルキューレクラスの魔族と渡り合うよりは多少は安全なはずだ」
「お兄ちゃん~。冥子にもそれ頂戴~」
冥子がいきなりそんなことを言ってきた。
「ちょ、ちょっと冥子。あんた自分が何を言っているのかわかってるの!」
「わかってないのは令子、あんたよ! そういうわけだから忠にぃ、私にもお願いね」
「あ、後二枚追加頼むわ」
「お願いしますジャー」
「了解だ」
あっさりと四枚の契約書を作る横島さん。
「横島さん!」
「魔族と戦うより、命がけの修業より令子ちゃんの窮地に何もできなくなることの方が怖かったんだろうよ。……誇って良いと思うぞ? 本当に危険の前に身をさらせる友人なんて希少種を持ってることを」
「ふむ。戦友という奴だな。そうであれば大事にするのだな」
ホント、みんな馬鹿なんだから。
「さて、最早鬼門の試しは必要ないはずだし修業が長いか短いかは霊力の柔軟性にもよるが恐らくは長くとも十分くらいで済む。門を開くから行って来るといい。最も、あまり時間をかけているようでは三鬼とも倒してしまうがな」
私たちはそのまま横島さんが作った門を通って妙神山へと赴く。
横島さんの隣に立てるためにもね。
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≪ワルキューレ≫
「正直、足手まといではないのか?」
「現段階をもってすれば間違いないね。かろうじて雪之丞が合格ライン、冥子ちゃんが補欠合格ってとこかな? だが時間もないことだしな」
「どういうことです?」
「先方がこれだけ直接的な手段を講じてきたということは最早相手の戦略は最終段階まで達した、もしくは手段を選んでられない状況にまで追い詰められたかのどちらかである可能性が高いだろう? 俺は戦略が最終段階に至ったと踏んでいる。まぁ勘でしかないがな。その場合必然的に令子ちゃんはその中心にいるし、他の連中もかかわりあいを持つことになるだろうさ。ならこのタイミングで強くなった方が結果的に危険は少ないと判断したし、あの子たちはワルキューレが思っている以上に強いよ。ある意味俺以上にね」
「そこまで言うのならこちらも相応に対応しよう。……私も彼らのことを戦士と認めていないわけではないからな」
人間を戦士と認める。
神代の時代以来のことだな。
それもこれもこの不思議な男のお陰なのだが。
「それで、三鬼についての情報はどれくらいあるんだ?」
「恥ずかしながらあまり情報が集まっていないんですよ。かなり巧妙に潜伏したらしく」
横島が突然入り口の方を見やる。
程なくして入り口のドアが開いて巫女服を着た鬼、五月が巨漢の男を引きずって入ってきた。
あの男は!
「おい、外でこちらの様子を伺っていた魔族を見つけたぞ! とりあえず殺さない程度にボコってひきずってきたが」
「こいつは魔界の指名手配犯、グラシャラボラス!」
ジークの言うとおりだ。
筋肉質な身体に皮のジャケットだけを羽織、サングラスで目を隠したこの魔族は武闘派で知られる魔界の指名手配犯。
私が戦えば苦戦せずに倒せるかもしれんが、確実に中級の実力を持つ魔族のはずだ。
そして恐らく人間界に紛れ込んだ三鬼のうちの一鬼。
「とりあえずで気絶するまで殴るなよ」
横島が困ったような笑顔をすると五月は顔を真っ赤にしてあせったように釈明をする。
「し、しかしだな。明らかにこの男は悪者顔だぞ! それにかなり怪しい様子で事務所の様子を伺おうとしていたし。そう、現場の判断と言うやつだ! 事件は現場で起きているんだ!」
……こういうことを私が思うのは変なのかもしれないが、可愛い。
いや、やってることは全然可愛くないはずなのに。
だって引きずるために握っていた脚を離さずに手をワタワタさせているものだからグラシャラボラスが凄いことに……。
「いや、実際お手柄だったよ。情報が少なくて相手の出方を待つしかなかったんだがお陰でこちらから攻勢をかけることができるよ」
「フ、フン。だったら最初から素直にそういえばいいものを」
「し、しかし良く無傷で倒せましたね。グラシャラボラスも中級魔族なのですが」
「こいつがお前らや親父と同格なのか? 悪い冗談だな。確かにパワーだけはあったがそれだけだったぞ?」
いや、そのパワーが魔族としても規格外だからなのだが。
「……合気か?」
「あぁ。この手のパワー馬鹿をいなすのには便利だからな」
「合気?」
初めて聞く名だ。
「ん? この国独特の武術体系の一派だ。まぁ、元をただせば大陸系なのかもしれんがな。相手の勢いや力を利用して攻撃に、あるいは関節技などに移行する技術の集大成の一つの形だな。今の世ではせいぜい護身術程度にしか考えられないことのほうが多いが、五月くらいの達人が使えば相手の攻撃以上の破壊力で返すこともできるだろうよ」
そういう技術もあるのか。
北欧系はどちらかと言うとパワーや武器に頼る傾向があったからな。
横島が尋問するために【醒】の文珠を作り出す。
が、いきなりその文珠の文字が【縛】に変わった。
グラシャラボラスの身体が爆ぜる。
中から現れたのはベルゼブル。
しかしそれも束の間横島の文珠によって束縛されてしまった。
「ググッ何だこれは! 畜生、放しやがれ!」
「こちらの聞きたい情報を正直に話してくれれば解放してやっても良いぞ? グラシャラボラスはお前が殺してしまったからな」
「ケッ! 誰が人間なんかの言うことを聞くか! あばよ」
ベルゼブルはあっさりと周囲を巻き込んで自爆をしてのけた。
最も、それは横島の文珠のお陰でこちらに被害は及ばなかったが。
「二鬼倒れたが三鬼目の情報も親玉の情報も判らずじまいか。こういう時は決まって相手が厄介なんだよな」
横島除霊事務所。相変わらず凄い手並みというか……。
確実に人間界最強の戦力が揃っているな。
後は一鬼。
任せきりというわけにはいかないな。