≪横島≫
「……ここが、Murai Ghost Sweeper Office。由美さんの事務所か」
横山は名刺に書かれていた住所をもとに群井の事務所を訪ねる。
Murai Ghost Sweeper Officeが何故人外に対してあれほどの攻撃性を見せるのかを知るためにだ。
作中ではMurai Ghost Sweeper Officeは新進のオフィスだがその実力、構成メンバーの質、数共に業界では有数の事務所にあたる。
実際問題、うちもそうなのだが事務所に三人以上のG・Sが所属している事務所というのはかなり稀有なのだ。
「あら、本当に来てくれたのね」
アポイントをとると由美が迎え入れてくれた。
「ヘッドハンティングに応じてくれるということかしら?」
「いや、……今日は話を聞きに来たんだ」
「そう。いいわ、兄さん、所長の群井慎二のもとに案内してあげる」
由美の後をついて事務所の中に歩を進めるとそこにはMurai Ghost Sweeper Officeに所属するG・Sがこちらを見やる。
「あそこにいるのがうちの所属のG・S青嶋(雪之丞)と宇尾(タイガー)よ。奥にいるのは正式にはうちの所員ではないのだけど協力者のドクトルロウとその娘さん達」
青嶋と宇尾が軽く会釈をする。
ドクトルロウ(カオス)は鷹揚に頷き、娘達(マリア・テレサ)は優雅に会釈をした。
「兄さんは奥にいるわ」
由美の後についていくと所長室に案内された。
……エミにしても、雪之丞、タイガーにしても代役の俳優を使っていない。唐巣神父もだ。……まさか俺も?
「ん、どうした? 由美」
俺もそのまま使われている……。
「和玖事務所の横山君よ。話は聞いているでしょう?」
「あぁ、君が。話は聞いているよ」
由美が席を外し、慎二(俺)はにこやかに……感想を出し辛いな。まぁ俺にできる限りの笑顔で横山を迎え入れた。
横山と慎二は最初はにこやかに談笑している。
息が合うらしく短い時間だったがまるで十年来の親友のようになるまでには支障がなかった。
「……じつは、貴方に聞きたいことがあって来たんです。……この事務所は人外に対する攻撃性で知られていますが何故なんでしょう? 何故そこまで人外を排斥するんでしょうか?」
「人外はね、危険なんだよ」
横山は少し悲しそうな顔をしてみせる。
「君は、警察官が怖いかな? 警察官は君を簡単に殺すことができる拳銃を携帯している。その気になればすれ違いざまに君を殺すことができるね。でも警察官を怖がる人間はいない。それは無意識に警察官が自分に危害を加えないと知っているからだ。……でも人外は違う。彼らは人間とは違う価値観を持ち、人間を簡単に殺す手段を持ち、霊能力者でなければ倒すことも、身をまもることも不可能だ。君だって、少なくとも自分に理解できない理由で殺されたり、大切な人を奪われたくはないだろう?」
「でも、言葉を解せるのなら判りあえる事も可能でしょう?」
「人間同士でさえ、同族どころか親子でさえくだらない理由で殺しあうこの世界でかい? それは……あまりにも楽観視というものだ。まして相手とは価値観も生きる時間も異なる異種族だ。……繰り返すが人外は危険なんだよ」
慎二の言葉に嘘はない。
だが、マイヤの存在を知る横山にはそれを了承することはできなかった。
俯く横山。
そして顔を上げた時、以前由美の傍らにいた少女が悲しい瞳で慎二を見つめていることに気がつく。
しかしそのことを慎二に伝えても慎二はそんなものはいないというし、自分の霊感にもひっかからない。
ただ、横山の目には悲しい瞳の少女が映っていた。
そのまま話は平行線をたどり、二人はお互いの存在に興味を惹かれ、好ましいと考えながらも人外に対する思いの違いから二人がそれ以上の接近をすることはなかった。
心残りがありながら事務所を後にする横山。
『ありがとう』
少女の声が聞こえた気がした。
・
・
「貴様、群井の事務所から出てきたな」
横山がMurai Ghost Sweeper Officeの帰り道、見知らぬ女性(五月)に声をかけられた。
普段はザンバラ髪というか無造作ヘアの五月も監督の意向できっちり髪をセットして出演しているのだがこれが元々可愛らしく可憐な容姿をしているために等身大の市松人形のような容姿になっていた。……まぁその口から紡がれる言葉はいつもどおりなのだが。
「あなたは?」
「霊能力者か……群井の仲間であるのなら覚悟してもらおう」
いきなり殴りかかってくる女性の拳を咄嗟にかわす。
女性の拳はアスファルトを叩き、それを砕いた。
この辺りは実際に五月にアスファルトを手加減して殴ってもらい撮った画像だ。
五月が本気で殴ればここまで派手にアスファルトが飛び散ったりしない。穴が開くだけだからな。
「な!?」
いきなりの攻撃と、そのあまりの威力に言葉をなくす横山。
「かわしたか。だが次でしとめる」
五月の手加減をした(本気でやったら銀ちゃんが殺されてしまうからな)動きを派手に、実際問題大きく避けなければ銀ちゃんじゃあ避けることはできないんだが。派手に避ける横山。
その動きの差は歴然で、横山の命はわけのわからぬままに殺されてしまいそうになるのだが、それを押しとどめる声がかけられる。
「止めて下さい! 多喜さん」
多喜(五月)を押しとどめたのは以前由美から逃げ惑っていた幽霊の少女だった。
「繭か」
「その人なんですよ。以前私を助けてくれたのは」
「なに? ……おい、人間。貴様は群井の部下じゃないのか?」
「あ、あぁ、そうだが」
いつでも自分を殺せそうな女性を前に緊張を隠せない横山。
しかしその瞳はすでに廃人の瞳ではなく、戦士の瞳に変わっていた。
敵わない。だがただでは済まさない。
それを決意ととるか、開き直りととるかは別にしてもだ。
「……誤解だったようだ。済まなかった。俺は鬼の多喜だ」
「何故あんたは群井さんの仲間を襲う?」
「群井は俺に、いや、俺たちにとって敵だからだ」
「確かに人外に対する異常な攻撃性で知られているが……」
「奴らがその程度ですむものか! ……貴様、真実……いや、現実を知る勇気はあるか?」
「現実?」
「繭を助けてくれた礼だ。貴様が望むなら群井が何をしてきたかを教えてやる」
踵を返し歩み去る多喜。
横山はその後についていった。
「……これから案内する場所は俺の親友が人間達の中に紛れ込んで、信用の置けるG・Sに頼み込んで用意してくれた隠れ家だ。他のG・Sども、特に群井たちには他言するな。もしそんなことをすれば繭の恩人だろうと貴様を殺す」
「……さっきから聞いていれば殺す殺すと物騒だな」
「そこに隠れている連中は戦闘能力がないものがほとんどだ。そいつらを守るためには多少乱暴でもそうする他にない。……俺は自身、強い自信はあるが他の連中を常に守ってやれるとは限らないからな」
それを聞いて横山はある意味で得心する。
「納得したのか? 珍しい人間だな」
「貴女ほどの戦士が自分の限界を認めて下した決断には敬意を払うべきでしょう?」
「……改めて詫びる。どうやら俺は余裕をなくしてしまっているらしい。……そんなことは何の言い訳にもならないが、誤解で貴様、……お前に対して拳を向けたことを謝罪しよう」
多喜は今までとは違いしっかりと横山の方に顔を向け頭を下げた。
これは鬼の価値観、戦士の価値観として多喜が横山を認めたことを表現したつもりなのだが観衆にはそれは伝わっているのだろうか?
横山が案内されたのは何の特徴もない雑居ビルだった。
しかし一歩中に入って横山が驚愕する。
「結界!? こんなに強力なのに外からはわからなかった」
「俺の親友が作った結界だからな。……ついて来い」
多喜の開いた扉の先にはかなりの数の浮遊霊(ご近所浮遊霊親ぼく会の皆さん)や猫又の親子(美衣さんとケイ)、机から上半身を生やした少女(愛子)などが寄り添っていた。
本来ご近所浮遊霊親ぼく会の皆さんはカメラに映るほどには実体化されてないのだが、ジェームス伝次郎がステージに立つときのように精霊石で存在を一時的に強化をして固着化している。
「ここにいる連中は皆、群井に追われた連中がどうにか逃げ延びた者達だ。だが逃げ延びれなかったものも大勢いる。俺の一族も俺を残して群井に殺された。まだ戦う力のなかった子供たちまでな」
「私は美耶、この子はコウと言う猫又の親子です。山の中で静かに暮らしていたのですが、突然奴らがやってきて親子命からがら逃げたところをここの皆さんに救われました」
「私は学校の机から生まれた妖怪のメグミよ。私はただ学生達を見守っていたかっただけなのに妖怪だという理由だけで殺されそうになったわ」
みなが口々に自分達が置かれた境遇を語る。
誰もが人外という理由だけで群井たちに襲われていた。
「これも現実だ。この中にはむしろ人間を守ろうとしていたものもいるのに……だ」
横山はここで自分がここわずかな間に起きたことに思いをはせる。
己の無知蒙昧のために壊してしまったカップル。
そして死んでしまった少女。
彼女は己の命をかけるほどにあの幽霊を愛していた。
そしてマイヤとの出会いと別離。
群井達との邂逅と、目の前にいる人外達の嘆き。
横山はゆっくりと目を閉じる。
「俺は人間だから、群井さん達が言うこともわかる。……でも、あなた達の話を聞いてやっぱり心のどこかで何か違うと訴えかけて来るんだ。いや、その思い自身はもっと前から持っていた。……ある二人の女性が教えてくれた。……今の俺ならはっきりわかる。……俺は人外の、吸血鬼の女性を愛してしまった」
決意のような趣で言葉を紡ぐ横山。
「ちょっと待て、吸血鬼の女だと?……まさかお前、横山駿作なのか?」
「ん、そういえば自己紹介がまだだったな。俺の名前は横山駿作だ。でも何故俺の名前を?」
「この結界を作った俺の親友の名前はマイヤ=アルリシアだ。まさかお前がマイヤの思い人であったとはな」
「俺が、マイヤの思い人?」
「……どうやらいらぬ事まで喋ってしまったようだな。許せ」
「そうか……俺は」
「お前に正体がばれてからマイヤは沈んでいる。会いにいってやってくれれば嬉しい」
「もちろんだ。俺も会いたい。会って、礼を言いたい。侘びを言いたい」
多喜が好意的な視線を向けるところに一人の浮遊霊が飛び込んできた。
「大変だ! マイヤちゃんの所に群井の奴が向かっている!」
息を呑む多喜と横山。