≪横島≫
「……ノワールの方はもう大丈夫だ。傷は文珠で塞いだし、しばらく安静にしていれば治るよ」
「本当ですか! ありがとうございます」
「クワァ~」
魔鈴さんがへたり込むように床に座り込んだ。
そして立ち上がるとノワールの看病に向かう。
ユリンは眠るノワールの枕元で心配そうに顔を覗き込んでいる。
「遅れてすいませんでした。魔鈴さんに預けていたユリンとは情報のやり取りを故意にカットしてあったためにユリンの分身が殺されるまで異変に気がつけずに」
「いいのよ。でも参ったわ。対策として用意していたアルテミス召喚の魔法陣は壊されてしまったし、オカルトGメンの怪我人も馬鹿にならないわ。西条君まで怪我をしてしまうし」
「犬飼対策はこちらのほうはボチボチうまくいっているんで任せてください」
「いつもすまないわね。……本当に」
本当に申し訳なさそうにしている美智恵さん。
……思うにこの美智恵さんは俺の知っていた美智恵さんほどには非情ではない。
いや、吹っ切れていないというとこか。
正義を信じ、勧善懲悪を夢見ていたころの名残があるというか。
自分を殺されたことにしなかった影響だろうか?
ありえるな。
「……はぁ、はぁ、はぁ、先生。ただいま到着したでござる」
思ったより三時間も早かったな。
……都市伝説を作ってなければいいんだが……200km/h少女とか。
「……横島君、その娘は?」
美智恵さんがシロの方を見て尋ねる。
「あぁ、シロですよ」
「え!?」
シロを見て眼をまん丸にする美智恵さん。
無理も無い。今のシロは外見年齢が令子ちゃんたちと同じくらい、俺が知っていたころのシロよりも更に大きくなっていたのだから。
「人狼は昼間は獣の姿になってしまうので修業がおぼつかず、精霊石を使おうと思ったんですが昔リリシアにもらった指輪のことを思い出したんで貸してみたらここまで成長しました。流石に古くは月の女神と同一視されたリリスの直系、リリシアの魔力を長年溜め込んでいただけはあるな」
唖然とした感じの美智恵さん。
やおら片手でこめかみを押さえて呟く。
「……横島君の所有するオカルトアイテムがどれだけ貴重かわかってる? 虹の女神の涙といい、アロンダイトといい、その指輪といい、文珠といい」
「つかわないほうがもったいないでしょう?」
「……そうかもしれないけど……まぁいいわ。それで、勝算はあるの?」
「全体的な強さで言えばいくら人狼とはいえそこまで急激には強くなりません。……ですが、犬飼対策はつませてきたつもりです。もしそれが駄目だった時は俺が相手をします」
「拙者は負けないでござる! 横島先生と是空師父の教えを無駄にはしないでござる」
「クワァア!」
ユリンが突然鳴く。
……。
「ユリン。お前の好きにするといい。その時は俺も協力する」
「クワ!」
ユリン……。
「とにかく、無責任な話だけど犬飼の件は横島君に一任するわ。正直これ以上隊員を投入しても状況を悪化させるだけだもの」
「そうですね。任せてください」
・
・
今宵は満月。
犬飼がフェンリルに変るとすれば今日。
犬飼が破壊した魔法陣の跡にシロと俺。美智恵さん。うちの事務所のメンバー。そして魔鈴さん。人狼族の長老だ。
「ほぅ、長老まで来ているとは……見ない間に随分成長したじゃないか。シロ、その姿見違えたぞ」
「……犬飼。父の仇、今こそ討たせてもらう」
「貴様らの切り札はすでに破壊したぞ? それにそこの人間。八房は十分霊力を吸って輝きを増している。いつぞやのようにはいかん」
「先生は貴様ごときにたおせんでござる。それに貴様を倒すのは拙者の役目!」
「ほざけ! いくら成長しようともこれほど短期間に拙者と八房を倒せるほどに腕をあげられるものか!」
この一月、シロに激さぬ様に教え込んできた。未だ精神修養は甘いが今はまだ闘志をうちに抑えている。
犬飼は余裕なのか八房を抜き、片手でダランと握っている。
対し、シロは斜の構え(脇構え)に霊波刀を構える。
「何のつもりかは知らんが、霊波刀で斜の構えとは恐れいる」
確かに、普通であれば役に立たない。
「横島君。大丈夫なの?」
「俺はシロに八房を越える霊波刀を作ってもらおうとしたんですが……うまくいきませんでした。でも、犬飼対策としてはあれで十分かと」
美智恵さんが心配そうに尋ねることに正直に答えた。
「シロは生粋の侍ですからね。刀に刀ができること以上のことをさせるのはどうも無理があったみたいで」
「感謝するぞ、シロ。貴様の血を吸い、八房は更なる力を手に入れる。最強の狼王の力をな!」
「……拙者はきっと、この戦いで得る物は何もないんでござろうな」
シロが眼を閉じ、そして見開いたのを合図に双方が真っ直ぐ突っ込む。
シロの方が数段速い!
そのスピードに驚きつつも八房を振るおうとする犬飼。
……しかしそれよりも速く、シロが鯉口をきった!
ポトリと思いのほか軽い音がして、八房が犬飼の腕ごと落ちた。
シロは犬飼が八房を振るう前にその腕をたたっ切ることで無力化することに成功する。
そしてシロは鞘から抜き放った霊波刀を犬飼に突きつける。
その切っ先は小刻みに震えていた。
「……一体何がどうしたって言うの?」
令子ちゃんの目には見切れなかったらしい。
常人では見ることもかなわなかっただろうが。
「種明かしはG・Sだ。G・Sは霊力を用いることで瞬間的に常人離れした動きをすることが可能だろう? だからこそ妖怪なんかと渡り合えるんだが人狼達は優れた身体能力を持ち合わせていたからかえってそういう発想がなくってね。そのことを重点的に教え込んだら直線的にしか動けないものの、通常より数段更に早く動けるようになったよ。霊波刀の方も刀にできることなら問題なくてね。抜刀術にすれば防御は捨てざるをえないが更に速度は上がる。今のシロは直線的な動きだけなら人狼最速だろう」
俺は説明しながらもシロから眼を離さない。
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・
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≪シロ≫
拙者の眼前にはこちらを憎々しげな瞳で見つめる父の仇がいるでござる。
拙者があと少し、腕を動かせばにくき父の仇をうつことができる。
……なのに、手を動かすことができない。
「どうした! 早く殺せ! 狼王になる野望がたたれた今、おめおめと生き恥をさらすつもりはない」
犬飼が吼える。
しかし拙者の腕は動かない。
動かせない。
頭に思い浮かぶのは尊敬する先生のあの瞳。
何処までも空虚な洞穴のような光のない瞳。
……拙者は怖いのか?
己がああなってしまうのが。
……違う。
でも、先生の教えを無駄にはできない。
父の仇、自然と涙が出てくるが拙者は目を閉じ涙がこぼれないようにして霊波刀を下ろし犬飼に背を向けた。
「……罪を憎んで、……人を憎まず。で、ござる。」
先生の教えはこれでいいんだ。
今は亡き父も褒めてくれるに違いない。
里を抜けたとはいえ犬飼はかつての父の剣友。
それを殺したところで父が帰っては来ない。
「残心!」
先生の叱咤が拙者に届くころには腹に熱さが広がっていた。
拙者の腹から……霊波刀がはえていたでござる……。