≪横島≫
場所を外に変えてシロに犬飼対策を教え込む。
「八房の特徴は一度振るえば八度斬る。そうだな?」
「ハイでござる」
「大切なポイントは『一度振るえば』と、言うところだ。いいか? 八房は八振りの太刀が存在するわけでもないしその使い手が八人いるわけでもない。振るうのは八房ただ一振り、使い手は犬飼ただ一人だ。……なら八房を攻略する一番単純な方法は犬飼が八房を振り切る前に倒せば持っているものが八房であろうと竹刀だろうとなんらかわりが無いということだ」
「なるほど。だから最速の一撃というわけでござるか」
「本当なら罠を張る、不意をつく、隙を作る。奇襲奇策も刀を振るわせないための手段に数えるんだが……シロに今から教え込んでも本来の資質からあまりにかけ離れているから無駄に終わるだろうしな」
「拙者は武士でござるから卑怯な真似はできないでござる」
「宮本武蔵なんかは結構そういう手段を得意にしていたがね。兵法と言い換えれば歴史上の剣豪、武将はそういう卑怯な手段を非難する立場にはいなかったと思うがね。……まぁどの道今から教え込んでも次の満月までには間に合わない。生兵法は怪我の元と言うしな。とにかく、今のシロにできるのは犬飼を越えるスピードで最初の一太刀を浴びせることに集中することだ」
シロは神妙な顔で頷く。
「それで、最高の一振り。……霊波刀で八房を超えろ」
「そんな、無理でござる」
即座に否定するシロの目の前で俺は『憎悪の瞳』を作り出した。
近くに落ちていた小石を拾い上げる途中に投げソレを斬りつける。
切りつけた瞬間石が黒い炎に包まれ燃えた。
物理学的な常識を一切無視して。
黒い炎に包まれた剣をシロが、人狼達が驚いた表情で見つめる。
「……これでもか?」
「それも……霊波刀なんでござるか?」
「特殊ではあるがな。大切なのはイメージだ。八房を超えるイメージと集中力を持ってすれば八房を超える霊波刀を作り出すことは不可能ではない。八房を超える霊波刀で八房ごと犬飼を叩き切る。それがもう一つの手段だ」
「しかし、八房を超えるイメージといわれても……」
……まぁついさっきまで無敵の剣と信じていたのだから無理も無いか。
荷物の中からアロンダイトを取り出すとシロに手渡した。
「それはアロンダイト。ブリテン最強の騎士と言われたサー・ランスロットの所持していた剣だ。知名度は低いがエクスカリバーに匹敵すると言われる剣。格で言えば八房を越えている」
「確かに。凄い力を感じるでござる」
「そいつが日本刀なら貸してやってもいいんだが使い慣れてない剣では実力は出せんしな。ゼクウ」
影の中からゼクウを呼び出す。
「某は緊那羅族がゼクウと申す。以後お見知りおきを」
突然の神族の出現に驚く人狼をとりあえず無視してゼクウから神剣を借りてシロに手渡す。
「ゼクウの剣も神剣。やはり使い慣れないだろうがイメージの手助けになるか?」
「ハイでござる。ゼクウ殿、剣をお返しするでござる」
「お役に立てれば幸いでございます」
「ゼクウは正統な剣術の使い手、俺の我流剣術よりも役に立つだろうから後で教わるといい。……最後にとっておきだ。これも剣で刀じゃないが、その在り方から侍とは相性がいいはず」
予てよりシロと会った時のために用意していた【模/造】の文珠を解放した。
それは全長2mを超えるの巨大な剣となってその役目を終える。
それが二振り。
「これは?」
「布都御魂剣、火之迦具土、十拳剣、天尾羽張、天羽々斬、天蠅斫剣。異称はたくさんあるが俺が知る限り日本神話上最強の剣だと思う。これに匹敵する武具は壇ノ浦に沈んだ本物の天叢雲剣か八洲を生み出した天之沼矛くらいか? この剣は古くは国生みの神、伊邪那岐命が所持し、火の神、迦具土神が伊邪那美命を焼き殺してしまった時にその首を落とし、黄泉の国に伊邪那美命を迎えに言って失敗した折に黄泉軍や黄泉醜女から身を守るのに使った剣でもある。時代は下って高天原から追い出された健速須佐之大神が八岐大蛇を調伏したのもこの剣なら、国譲りの際に建御雷神が用いたといわれる剣でもある。いわばこの剣は神殺しの剣であるわけだ。神武天皇の東征中に授けられたのもこの剣だ。さらにはこの剣には火の神迦具土神。古流剣術の開祖にして雷神、軍神の建御雷神。同じく軍神、武神、剣神で日本刀の産みの親とも言われる経津主神。岩と剣の祖神天尾羽張神。これだけの神々の分霊が宿る剣でもある。まぁ、ここに二振りあることからもわかるようにこの剣は複数あったらしくてここにある剣がそれであるかはわからないが、それらと並び称される剣ではあるわけだ」
このために鹿島神宮の宝物庫と石上神社の禁足地に忍び込んだのはやりすぎかと思うが……日本刀の開祖と古流剣術の開祖の剣。シロの役に立つと思うのだが……。
シロは二振りの剣に触れた瞬間手を引っ込めた。
「せ、拙者には過分の差料にござる。ですが先生。拙者、八房を越えるイメージ、必ずや作り出して見せるでござる」
まぁ、所詮は模造品。あまり長くは持たないだろうから犬飼との戦いで貸そうとは思わなかったが。
思った以上に復讐心で眼を腐らせていたわけではないのか。
普通、復讐心に囚われては強いもの強いものを求めていって、自分の分を超えるものを用いて自滅というのがパターンなのだがな。
「ゼクウ、シロに稽古をつんでやってくれ」
「わかり申した」
「ゼクウ殿、よろしくお願いするでござる」
里の若衆も口々に参加を申し出るとゼクウはそれを快諾する。
ゼクウも楽神であるが、八部衆の武神としての側面が強いからな。
村の若衆やシロが意識をゼクウに向けている間に俺は長老を離れた場所に導く。
「……これから話すことは、特にシロには内密にお願いしたいのですが……」
「どうしたというのじゃ?」
「つい先日、俺はこの近くで血まみれに倒れていた一人の人狼を保護しています」
「なんと!?」
「話の流れからして彼が犬塚ジロウなのでしょう。……ですが、彼の負った怪我はひどい。俺の知る限りの治療を施していますが助かる確率は……五分あればいい方かと」
「……」
「下手に希望を与えて駄目だった時にはその格差は大きい。くれぐれもシロには内密に」
「わかり申した。横島殿、何とお礼を申し上げてよいやら」
「礼はジロウさんが生還した時で結構です」
「それ以外のことも含めてです。礼を言います」
長老が深く俺に頭を下げた。
・
・
≪魔鈴≫
「ごめんなさいね。魔鈴さん。お店もあるのに」
「いいんですよ、美智恵さん。人の役に立つ魔術を行使するのは白魔女のつとめですから。それに、月は魔女ともかかわりが深いんですよ。ボルボ=ヘカーテは月の女神ですから」
オカルトGメンが用意した空き地に巨大な魔法陣。
私はお店を休んで終始これの作成に取り組んでいた。
「横島君たちが人狼の里に行って三週間。ソロソロ戻ってくるころだと思うけど頼りきりというわけにも行かないからね。人狼の守護女神、月の女神アルテミスを呼び出すことができればかなり有利にことが運ぶはずよ」
「フ、なるほどな。確かに今の霊力の足らん拙者では脅威となるだろう」
茂みの奥から着物を着て刀を指した侍が一人。
「貴方が犬飼ポチね!」
「いかにも」
私に反応できない速度で犬飼の持つ刀が振るわれた。
斬られる。
そう思った瞬間。
「魔鈴ちゃん!」
「猫か。つまらぬことを」
ノワールが私を庇って凶刃をまともに浴びる。
お陰で私は左腕を浅く切られただけで済んだけど。
「ノワール!!」
「魔鈴ちゃん。……無事でよかったにゃあ」
ひどい傷。
「クワァアアアアァ!」
ユリンちゃんが犬飼に向かって飛翔していく。
「鴉?」
犬飼はそれすらも一刀で切り伏せた。
オカルトGメンが放った銀の弾丸もその刀ではじき返しオカルトGメンの皆さんや西条さんまで手傷をおってしまう。
「クッ! ……撤退します」
美智恵さんの放った精霊石を眼くらましに大急ぎでこの場を離れます。
「クックックック。これだけ霊力がそろえば狼王の復活も近い」
犬飼の台詞を後ろに聞きながら。
霊力をごっそり持っていかれて痛む腕を無視して両腕でノワールとユリンちゃんを抱えて逃げます。
……ノワール。ユリンちゃん、無事でいて。
安全な場所に逃げて必死のヒーリングを行いますがノワールの傷は芳しくなく、ユリンちゃんはそのまま息を引き取ってしまいました。
幸い、美智恵さんの撤退命令が早かったお陰で死者こそ出ませんでしたが完敗です。
魔法陣もおそらく壊されてしまったでしょう。
……ノワール、ユリンちゃん。
ごめんなさい。